部下の尻拭いは上司がする。それは当たり前のこと。

切り捨てる誰かを見つけられない限り、全責任を負わなければならない。

 

 

灰色の夢

 

 

 

「犯人を挙げることができたなら、謹慎程度で済むかもしれません。でも今回はそうじゃない」

 

 

 

この暗殺計画が情報部から出たものだと言えば、主任は必ず引退に追い込まれるだろう。

私達にとって、それは避けて欲しいことだった。情報部内に敵がいると分かった以上、穏健派は多いほどいい。

 

しかも彼は情報部最高主任、つまりトップなのである。頭が穏健派ならば、表立っての行動は出にくいはず。

 

 

(ボスが“情報部が一番安全だ”と判断したのも、多分この主任の存在が大きかったと思う)

 

 

裏で凄まじく悪質な計画が企てられていたことには少し目を瞑るとして、だ。

最も、彼が情報部最高主任という地位に少しも未練がなかったとすれば、この取引は無効になるけれど。

 

 

 

「私達は、今あなたを失うわけにはいかないんです―――」

 

 

 

頭の中で、次期主任候補と言われているであろう人物を思い浮かべる。確か、過激派だったはずだ。

もしこのまま主任が辞めることになれば、情報部全体が一気に過激派に傾くことになりかねない。

 

これから少しずつでものし上がっていくつもりがある私達にはとても生きにくい部署になるだろう。

 

 

 

「だから、取引です。情報屋『Xi』は盗まれた情報を取り返すことができなかった。ゆえにその分の報酬も諦めます」

「・・・・私に別の理由を作って、計画を伝えろというんですね」

「もちろん今ここで私の口を封じるという選択肢もありますよ」

 

 

 

出来るだけさらりと告げたその言葉に、ほんの一瞬だけ空気が固まるのが分かった。

視線が交錯する。しかし、緊張は数秒と続かなかった。直ぐに主任が硬い表情を崩して、ふわりと微笑んだからである。

 

 

 

「大変大胆なお誘いですが、私は暴力が嫌いでしてね。期待に添えなくて残念です」

「ほんのちょっとした冗談ですよ。あの、本気にされると私も困るので」

「ふふ、それを聞いて安心しました」

 

 

 

場の雰囲気が最初に部屋に入ってきたときのそれに戻る。・・・多分、気付かれたのだろう。

誰かは分からなくても、私が死んだところで計画が必ずボスに伝わるようになっている、ということくらいは簡単に。

 

 

(保険はあって悪いものじゃないし、ね。ハッカーもDr.シャマルの連絡先は知ってるっていうし)

 

 

私は内心溜息を吐きながら笑みを返す。こちらの要求を通すだけで精一杯な自分が情けなかった。

 

 

 

「ではこの取引、受けていただけますか?」

「そう、ですね。まだやり残していることがたくさんありますし、いずれ退くにしろ・・・今ではない」

「―――はい」

 

 

 

やっと得られたその言葉に、少し肩の力を抜く。何と言うか、ボスと相対するよりも数倍疲れたような気がする。

資料を丁寧に纏めていく主任の、しわの多い指先をみつめながらもう一度心の中で溜息を吐いた。

 

爆破事件に関しては、とりあえずここで終わりだ。細かいことはボンゴレの調査で明らかになるだろう。

 

 

 

「ありがとうございます。早朝にお邪魔した挙句、色々とお手数お掛けしました」

「いいえ、こちらこそお礼を言うべきでしょう。ハル、。ありがとうございます」

「は、はひっ!とんでもないです、本当にありがとうございます!」

 

 

 

邪魔にならないようにか、ずっと黙っていたハルも動き出す。申し訳ないと思うし、後で謝っておこう。

 

とにもかくにも。持てる全ての情報を使って、部長を告発し、暗殺計画をボスに伝える算段を立てられた。

しかし肝心なことは何も終わってはいないのだ。事件が片付いても、情報部に“敵”がいることに変わりはない。

 

 

(まあそれは、おいおい考えるとして―――次は)

 

 

話が終わったのが嬉しいのだろう、ハルは先程とは打って変わって明るい様子で主任に話しかけている。

その背中を見ながらふと思う。二人、いや三人でやってきたことは今ここでとりあえずの終着点を迎えた。

 

なら残されているのは、情報屋『Xi』としての仕事である。依頼の結果も、報告しなければならない。

 

 

 

「主任、部長のことがボスに伝わるのはいつですか?」

「え?ああ――昼前には報告できると思いますが、彼は今日出張なので、詳しく知るのは実質夜になるかと」

「夜・・・。そうですか、分かりました」

「報告に、行くつもりですね?」

「いえ、違いますよ」

 

 

 

私はわざとらしく指を鳴らして、薄く薄く笑う。ハルの心配そうな視線も、今の私を押しとどめる力はない。

 

 

 

「ちょっと――――喧嘩を売りに、行って来ます」

 

 

 

主任がまた小さく吹き出すのが目の端に映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボスに貰った黒い携帯電話を片手に弄びつつ、もうひとつの仕事用の携帯を耳に当てる。

ワンコールで即座に相手が出たのは、やはりずっと朝から気にしてくれていたのだろう。

 

 

 

『っ、か!!』

「いきなり耳元で怒鳴るなやかましい。・・・うんまあ一応終わったから、報告しようと思って」

『・・・そう、か。終わったか。てかおい、お前何か暗いぞ?』

「色々あってね。詳しい話は夜に。あ、ハルに行ってもらうから、彼女から聞いて」

『はあ?!待て一体なんだって―――』

 

 

 

最後まで聞く前に、ぶつりと電話を切った。部長のことをどうこう言って怒りを再燃させたくはない。

今私が考えるべきなのは、ボスのことだけだ。優しくて甘い、ハルを思っての行動が裏目に出るあの沢田綱吉。

 

 

(爆破事件の犯人に関する報告が行けば、必ず呼び出されて―――怒られる)

 

 

私達が口止めしたのは、暗殺計画のことのみ。部長に関することはむしろ私達が証拠を揃えたと知って貰う方がいい。

いつかの日のための周囲への布石、ボスの思惑など一切関係ない。でも、彼が怒り狂うのは目に見えていた。

 

ハルを巻き込むな、と暗に釘を指されたばかりである。今度はリボーンだって庇ってはくれないだろう。

いや、そもそも庇われる必要などないのだ。こちらはこちらで、彼の落ち度を追求しに行くのだから。

 

 

(そう、できれば、一対一がいい。誰にも口を挟ませるわけにはいかない)

 

 

どうぞ使って、と渡されたときに確認できた、唯一登録されていた番号。多分それは、ボスのもので。

手の中の携帯をぐっと握り締める。彼が帰ってくるのは夜―――ならば、留守電にメッセージでも残しておくか。

 

ボスのことを考えただけで湧き上がる苛立ちを抑えて、私は通話ボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

マスターにSOSを出されて仕方なしにボンゴレ本部に初めて足を踏み入れた、あの日と同じ服を身につける。

あの日と同じ髪型、あの日と同じ化粧。ここに立っているのは情報屋『Xi』であり、ボンゴレの一員ではない。

 

―――そういう心積もりで、私は待っている。これから何を言うかも、何度も頭の中で繰り返した。

彼の携帯に残したメッセージはひどく簡潔なものだった。それでも、滲み出るものは隠せなかっただろう。

 

とても重要な話がある、二人きりで会いたい、空いている時間を折り返し指定してくれ。

 

私は、待っている。ある意味彼が正しいのだということを知りながら。私は、待っている。

ハルはあの日、沢山のものを失いながらも変わることを決意した。だからこのままでは駄目なのだ。

 

 

(訣別すると、そう、決めたのだから)

 

 

全ての用意を終え最後に靴を履き替えていると、机の上の携帯が震えた。

あえて取らずにメッセージが残されるのを待つ。今会話してしまえば、何を言ってしまうかわからなかった。

 

 

 

『・・・・・・午後八時、いつもの執務室に・・・・』

 

 

 

残されたメッセージをそこまで聞いてから、携帯を閉じて鞄の中に放り込む。そして一歩踏み出した。

 

 

――――紛れもない、怒りと共に。

 

 

 

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