ボスの庇護が有効だったのは、私が彼女の部下になる前まで。

私が来たからこそ全てが狂いだしてしまった。それを、否定するつもりはない。

 

 

灰色の夢

 

 

 

「おい、。ちょっと待て」

 

 

 

さていざ出陣―――と、いきたいところだったのだが。ボスの執務室に辿り着く前に、厄介な人物に捕まってしまった。

リボーンと、なんと恭弥である。この二人は以前入り口で会ったときから妙に連帯感を持っていた。

 

流石に無視して横を通り過ぎることは出来ず、渋々ながら私は二人に向き直った。

 

 

 

「こんばんは、リボーンさん。ついでに恭弥も。じゃ、今とても急いでいるので失礼します」

「だから待てっつってんだろうが」

「君、何しに行くつもり?と話するからっていきなり追い出されたんだけど」

「………。もしかして、何も知らないの?」

 

 

 

不機嫌そうな声に思わず顔をあげ、愛想のない幼馴染を見つめる。苛立ったように睨み返されたけど。

もう既に時刻は夜であり、そうでなくても昼にはある程度の情報がボスに伝わったはずである。

 

爆破事件の犯人が見つかったという情報くらい、知っていてもいいようなものだが――――

 

 

 

「朝、報告書出したんだけど。爆破事件に関して」

「……?聞いてないよ」

「どういうことだ?報告書ってのは、爆発物リストのことか?」

 

 

 

完全に情報がシャットアウトされているようだ。主任に言った以上ボスに伝わっていないはずは、ないだろう。

では一体何のために?と考えて、思いついた答えはかなり不愉快なものばかりだった。

 

その資料作成にどれだけ私が関わっていようと、それを提出したのはハルなのだ。記録にも多分そう残る。

それゆえに、私の話を聞くまでは信用しないとでもいうのだろうか。ならば余計、苛立ちが増すだけだというのに。

 

何にしろ、どういうつもりだとかどういうことだ、とか怒鳴りつけられるのは覚悟しておいたほうが良さそうだ。

 

 

 

「リボーンさん。ボスの様子はどうでした?かなり怒ってませんでした?」

「………。俺は、お前が何をしたかを知りたいんだがな」

「ああつまりマジギレしてるってことですよね。ちなみに私もそうですけど」

…暴走するのもいい加減にすれば?いつまでも君に構ってられるほど、暇じゃない」

 

 

 

言葉を紡がれる度に、心が冷えて行くのが分かる。特に恭弥の言いようがやけに癇に障る。誰がいつ構えと言った?

 

つまりこの二人はボスの切れっぷりを警戒して釘を刺しに来たわけか。でももう遅いし聞く耳など持たない。

私は辛うじて浮かべていた愛想笑いを消して、立ち塞がる男共を半眼で見やった。

 

 

 

「私は二人で話がしたいと要請して、彼がそれを受け入れた。それ以外の理由が必要ですか?」

「っ、お前、」

「ボスが怒っていようがいまいが、どうでもいいですね。ああ、約束の時間に遅れます―――邪魔しないでください」

 

 

 

時計を確かめるふりをして、彼らの視線を流す。と同時に外側へ一歩踏み込んで恭弥たちの横をすり抜けた。

まだ何か言いたげに開いた口をすれ違いざま目で黙らせ、手をひらひらと振りつつ執務室の方へと歩き出して。

 

結局最後まで笑みを取り戻すことができなかった。二人に対しては、ただの八つ当たりだと理解している。

 

 

 

背中に痛いほど突き刺さる視線にも、振り向く余裕はなかった。、と、名を呼ばれたような気がしても。

 

―――追ってこなかったことが、怒りに震える私にとって、唯一の救いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドン・ボンゴレこと沢田綱吉は、いつもの執務机に凭れかかるような形で立っていた。

片手に見覚えのある資料を持ち、軽く顔を伏せている。その表情は窺えず、ただただ静寂が広がるのみである。

 

私は後ろ手にゆっくりと扉を閉めた。そして数歩分、ボスに近づく。やはり言葉は、ない。

 

 

 

「――――――」

 

 

 

マジギレしてるってことですよね、という私の言葉を、恭弥達は一切否定しなかった。

失礼なくらいぶしつけに、ボスを見る。しかしハルを巻き込むなと言われたあの日のような殺気は微塵もない。

 

 

(殺気は感じない、怒気もない、それでも空虚な感じはしない)

 

 

投げやりになっているわけではないと思った。逆に、言葉を探しているようにも見えた。

どちらも動かぬまま、十分以上が経過して――――漸く、ボスが静かに口火を切った。

 

 

 

さん。……これは、流石に酷いよ」

「どの辺りが?早々に犯人が見つかって良かったじゃないですか」

「っ、君は分かってたはずだ!分かっていなかったとは言わせない!」

「お言葉ですが、巻き込まないでくれと言われた記憶はありません」

「ふざけないでくれ!俺はちゃんと、忠告した!」

「はいわかりましたそうしますと私が言いましたか」

「―――――っ!」

 

 

 

 

ばん、と大きな音が響く。机に拳を叩きつけた拍子に彼の持っていた資料が床に広がる。

唇を噛み締めてこちらを睨んでくるボスは、怒りもさることながら、何故か今にも泣きそうにも見えた。

 

私はその強い視線を真っ向から受け止める。一歩たりとも引き下がるつもりは、ない。

 

 

 

「それに、巻き込んだという言い方には語弊があります。彼女は元々、“巻き込まれて”いました」

「……?なに、を」

「事件発生当初からです。ボス、あなたはそうと知らずにここまで来た。……私はそれが許せない!」

 

 

 

ハルを巻き込んだと言って彼が私を許せないように。ハルが巻き込まれる原因を作ったからこそ、私は彼を許せない。

ボスに対しての怒りをはっきりと露にするのは初めてだった。現に、彼もまた若干戸惑ったように黙り込む。

 

それをいいことに私は更に畳み込んで言葉を続けた。何もかも吐き出してしまいたかった。

 

 

 

「その資料、読んで貰えましたよね。書いてある通り犯人は“私達の”部長です」

「それは―――分かってる。でも今そんなことどうでも、」

「ではボス、人数が急遽足りなくなったからと言ってハルにパーティーへ行くよう命令したのが誰か、知っていますか」

「え……?」

「他にも数十名。親ボス派を選んでパーティーに送り込んだのが誰か、知っていますか」

 

 

 

あの男の、嘲りを込めた罵声が頭から離れない。追い詰められたあの状況でさえ、後悔はないと嘲笑っていた。

 

 

 

「――部長、ですよ。その爆破事件の犯人である、ね」

 

 

 

ボスの顔に驚愕の色が広がるのを見て取って、更なる苛立ちが湧くのを歯ぎしりして堪える。

こちらへと一心に向けられていた視線は泳ぎまくり、周囲をさ迷った挙句逃げるように眼を伏せられた。

 

 

 

「この意味が分かりますか、ボス。もちろん分かりますよね?分からないとか言うなら殴りますよ」

「待っ…そんな、だったら…」

「部長本人は殺すために送り込んだと、認めています」

「……………っ!」

 

 

 

ばきっと再び大きな音が響いた。ついでに木が軋む音も。繰り出された拳は寸分たがわず机のど真ん中に吸い込まれた。

かなり痛いだろうに顔には出さず、彼はただただショックを受けた様子で茫然と立ち尽くしている。

 

だからといって同情などはしない。気にも留めない。私は追及の手を休めないようにと言葉を続けた。

 

 

 

「最悪な話ですよね。でもボス、その理由を聞いてもそうやって怒ることが出来ますか」

、……さん?」

 

 

 

過去の仮定に意味はないと、何度も言ってきたけれど。

 

 

 

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