どうしてあの時ああしなかったのか。こうしなかったのか。

意味はない。意味はないけど、言わずにはいられない。

 

 

灰色の夢

 

 

 

「今朝、部長が言ってましたよ。第九班はおかしいと思っていたって」

 

 

 

思わず浮かぶのは自嘲の笑み。爆破事件のきっかけはハッカーではあるけれど、そのきっかけの中に私も居るのだ。

あの時、ハルの部下になりたいと言ったのが悪かったのだろうか。素直にハルと同僚になれば良かったのだろうか。

 

 

 

「こんな時期に新たな班、しかも通常必要な試験もなし。ボス、これって傍から見れば贔屓に見えませんか?」

「俺は…俺は、そんなつもりじゃ」

「結果が全てですよ、どう言っても。最もこれは人によるみたいですけどね。ハルと一緒に働いたことのある方なら

当然のことだと抵抗なく受け入れた。―――つまり、共に働いたことがなければ贔屓に見えるということです」

 

 

 

その代表が、彼女が以前所属していた第五班の班長。やっと認めてもらえたんだ、と我が事のように喜んでいた。

五班の人間及び多少付き合いのある人間ならば何も思わない。ただ、それ以外の連中は面白くない。

 

 

(ハルが東洋人で、ボスや守護者達と一緒に来たという事実も、その邪推に拍車を掛けた)

 

 

 

「実際、部長にはそう見えたんです。……そして情報が盗まれ、あの爆破計画が立ち上がった」

 

 

 

彼にとっては降って湧いたという表現が正しいかもしれない。誰かが計画を立て、詳細は部長に一任した。

 

とにかく、自らの手を汚さず大量に殺せる機会を与えられたのだ。ハルを始めとした目障りな人物を。

悲劇は生まれ、沢山の仲間が死に、同僚を失い、憎い仇であるはずの部長は結局、捨て駒として切り捨てられた。

 

死にゆく激痛を堪えて生きようと必死に私の足を掴んだ、あの青年の手の強さは今もどこかに残っている。

 

 

私はあの日心に生まれた全ての感情を込めて、まず一歩を踏み出した。

 

 

 

「どうして正規の手段を踏まず、要るか要らないかも分からないような班を作ったんですか」

 

 

もう一歩前へ。彼だけを責めるのはお門違いだと理解している。でも、今、私が責めなければ何も変わらない。

 

 

「私がハルの部下になりたいと言ったからですか」

「…………」

「どうして、時期外れの班を作ることを何らかの形で周囲にフォローしてくれなかったんですか」

 

 

 

彼の、彼女に対する扱いはおかしい。けれど、彼女にその覚悟がなかったことも、事実。

情報部情報処理部門という砦に守られていたのも、事実。今まで無事に生きてこれたのも、ひとえにそれのおかげ。

 

 

(でも今は私が傍にいる。もう一人じゃない)

 

 

沢田綱吉が無条件で与えてくれていた庇護は、必要ない。甘えない。頼らない。だから。

 

 

 

「そもそも時期が違うからと言って義務である試験を省略したのは何故ですか。

それが彼女に対する妬みを生むとは思わなかったんですか――――ほんの少しでも!」

 

 

 

ボスの、胸倉を、全力で掴む。こんなこと、リボーンや獄寺の前では到底できないことだった。

これ以上ないくらい怒っているのは、私も彼も同じこと。……そして、少しだけ泣きたいと思っているのも。

 

 

 

「そういえば、私が来る前にも色々工作をしてたそうで。班長に昇進する試験を尽く邪魔したって聞きましたけど」

「え、ど、どこでそれをっ」

「その時に昇進していれば、こんな風に思われることもなかったかもしれませんね?」

 

 

 

今となってはどうしようもないことをちくちくと責める。しかし、本当に邪魔していたとは…つくづく情けない。

 

 

(気持ちは、分からないでもないんだけど―――)

 

 

ボスがハルに、何も知らず穏やかなままで生きていって欲しいと願うこと。それ自体が悪いことだとは思わなかった。

それでも、彼女自身がそれを望んでいないのだから。これからも尚強制するつもりならば、私が全力で盾になろう。

 

私はハルの第一部下で、彼女が主任になるまでのし上がる助けになると、誓ったのだから。

 

 

すっかり意気消沈した様子で項垂れるボスに、更なる追い討ちをかけておく。

 

 

 

「ボスがいつまでもフォローしてくれないので、自分達でやりました。これって一応手柄になりますよね?」

「…さんが、俺じゃなくて主任に提出しちゃったからね。評価は上がっても、下がることはないと思うよ」

「良かったです。これからも同じようなことを考える馬鹿がいないとも限りませんし―――」

 

 

 

うぐっと奇妙な音を発してどんどん縮こまっていくボスの姿に、漸く口元が綻ぶ。いい気味だった。

これでも混乱しているのだろう。私が言っていることの順序が逆なのだと気付いていないようだ。

 

妬まれてパーティー会場に送り込まれたことを知ったから、その妬みをかわすために手柄を立てたのか。

ボスの言うことなど気にせずただ単に犯人捜しをしていて、その結果妬まれていたことを知ったのか。

 

 

後者が正しいが、わざわざ言うつもりはない。無駄にボスが騒ぐだけだ。また監視を送ってこられても困る。

……今のところは、途中まではハルを関わらせていなかったことにすればいいだろう。

 

 

そんなことを目まぐるしく考えていた私の耳に、小さく遠慮がちな声が届く。

 

 

 

「あの、それで、さん。そろそろ離して………もらえる、かな?」

「もちろん嫌です」

「えっ!?」

「あ、一度殴らせてもらえたら喜んで離しますけど?」

 

 

 

至近距離で胸倉を掴んだまま、にっこり笑って小首を傾げてみせた。まだまだ、引き出せるものがある。

ボスは最初の勢いはどこへやらで小刻みに首を横に振るが、ぐっとネクタイを締めると途端に静かになるのが面白い。

 

 

 

「いやもう、この間からボスには散々厭味を言われましたし。ホント誰の所為だと思ってるんでしょうね」

「お、俺の所為ですゴメンナサイ」

「誰かさんが最初からちゃんと対処してくれてればねえ、こんなややこしいことには」

「全く以ってその通りでゴザイマス」

 

 

 

本気の本気、心の底からそう思っている訳ではないだろうに、さっと頷いてしまうところが正直ムカつく。

 

もしハルが正規の手続きを通して班長になったとしても、東洋人であることに変わりはない。

時期外れであることは変わらず、フォローがあれば絶対妬まれなかったとは、必ずしも断言できない。

 

 

(まあ、過去の仮定に意味はないし。現実的にボスのミスであることは認められるし)

 

 

文句を言われる筋合いはないということで、納得してもらおう。今ならそれも大丈夫そうだ。

 

 

 

「じゃあ、ボス。やっぱり最後に一発殴らせてください」

「ぅえ?!や、ちょ、いやそれグーだし、痛いって!無理!」

「私の受けた精神的苦痛はどうしてくれるんですか。ほら一発でいいんですってば」

「あああのさんなんか石とか握ってない?!」

「あ、石じゃなくて小銭です」

「やっぱり握ってる―!」

 

 

 

その気になれば逃げ出せるだろうに、まだ胸倉を掴まれているということは殴られてもいいということだな。

しかし顔はよろしくないだろう。対外的な会議もあるだろうし、あの煩い右腕が黙ってはいないのは明白だ。

 

 

 

「……。なら譲歩に譲歩を重ねて、蹴り一発でどうですか」

「いやだからどこ狙ってんの?!そこ急所!急所だから!」

「なるほど。お言葉に甘えて、ソコいきますか」

 

 

 

胸倉を掴んだまませえの、と足を振りかぶろうとしたところで―――背後で爆音が響いた。

 

それに紛れて聞き覚えのありすぎる声が大音量で執務室中に反響する。

 

 

 

「十代目ぇ!ご無事ですか――!!」

 

 

 

気配が近づいてたのは知ってたけど、ね。……邪魔すんなっての。

 

 

 

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