「鍵掛けてないんですし、普通にノックして入ればいいじゃないですか」
「は、十代目の命が危ないってのにんな悠長なことやってられっか!」
へえ、それはつまり貴方にも破壊魔の素質は十分あるということですね?
灰色の夢
「てめ、!十代目に何やってんだ?!」
「え、見てわかりませんか。ボスと喧嘩してるんですけど」
「喧嘩ぁ?訳分かんねえこと言ってんじゃ―――つーかいい加減離れろ!」
「嫌です。一発殴るか蹴るかしないと気が済まないんで」
「はあ?!」
全く、本当に余計な乱入者が来たものである。これでは一発殴るどころかダイナマイトを投げ付けられかねない。
暫く諦めきれなくて手を離さず黙っていると、獄寺の背後から新たな人間がぬっと姿を現した。
「お、随分元気そうだな、。あれから調子はどうだ?」
「Dr.シャマル……」
「つってもその分じゃ心配ねえか。また何かあったら言えよ」
頭をがりがりと掻きながら彼はそう言って笑う。ありがたいが、今は人払いの最中ではないだろうか。
疑問を浮かべてボスをちらりと見上げるも、さあ?と首を傾げられたのでもう一度締めておいた。消化不良だ。
ご無事ですか、という言葉を考えるなら、リボーンや恭弥にこの話し合いとも言えない喧嘩のことを聞いたのか。
その点は良くわからないがしかし、邪魔をされてしまったというのは明らかなことだった。
「それはそうと、。爆発物リストから販売者見つけたんだってな」
「……いえ。それは私一人の力じゃありませんから」
「しかも犯人まで挙げちまうとは……流石は情報屋ってか?」
Dr.シャマルの言葉が逐一心のどこかに突き刺さる。今こそ『彼』のことを報告しなければならないのは分かっていた。
でも、それだけでは弱すぎる。ただ報告するだけでは、“私達”にとってのメリットがあまりにも少ない。
(…って、あれ?今この人、何て言った?)
「部長の事、もうご存じなんですか?」
「あ?ああ、さっきな。山本の野郎が資料のコピー抱えて持ってきたぞ」
「一人で勝手に犯人挙げんな。つか情報部に渡すなよ!俺に渡せ俺に!」
「はあ、まあ、私にも色々と事情がありまして。ですよね、ボス?」
「あ、あはは……」
私がボスと話している間に、部長のことが広まったということか。多分リボーンや恭弥にも。
道理で二人ともやけに明るい顔をしていると思った。テンションも高めだし、煩さも数倍である。
何となく怨みがましい気持ちでネクタイを握る。さて、これからどうすればいいだろう?
(こちらから言い出す機会を作らなければ。…何かないか、何か…)
そうこう考えているうちに握ったネクタイでいつの間にか首を絞められたのだろう、ボスの掠れた悲鳴が上がった。
「さん手!手!締まってるから!」
「んなー!だからさっさと離せって言ってるだろうが!」
「………………えー」
「やる気のない声出してんじゃねえっ!」
「お願いさん!何でも欲しいものひとつあげるから!殴るのも蹴るのも勘弁して!」
その瞬間。――――天啓がひらめいた、ような気がした。
やけくそで言ったであろう文章が、頭の中で何度も繰り返される。欲しいものひとつ。何でも。
私はばっとボスに向きなおり、胸倉をわざわざ掴みなおして、オウムのように繰り返した。
「………何でも?」
「…え?」
「何でも…いいんですか、それ?」
「お、俺が用意出来るものだったら、何でも―――」
若干身を引いて答えるボス。私はこの時どんな顔をしていたのだろう。たぶん笑っていたのかもしれない。
何でも欲しいものひとつ。それはまさに私が待っていた言葉、そのものだった。
「ボス。言質とってもいいですか」
「へ?いいけど、あの、だからその、さん分かってる?俺が用意できる範囲の」
「わあホントですか、嬉しいです!私少し前からどうしても欲しいものがあったんですよね!」
私はあっさりと手を離し、迂闊なことを言ったかとでも思っていそうな表情のボスへと笑いかけた。心から。
あれはボスが用意しなくても、ただそこに存在しているものだから大丈夫だ。何としてでも、もぎ取る。
色々と興奮してしまった所為で乱れた髪を手櫛で整え、笑顔はそのままに私はDr.シャマルへと振り返った。
「Dr.シャマル!」
「な、何だ?誰かを暗殺してくれとか言うなよ?」
「何言ってるんですか、殺るなら自分の手で殺りますよ。……じゃなくて、大変遅くなりました」
「は?」
「ご依頼の件、漸く報告できそうです。お時間いただけますか?」
「――――はぁ!?」
依頼主を立たせたまま報告するわけにはいきません、と無理やり近くのソファに座らせ、その向かいに座る。
シャマルは一体何を言われているのか分からない、といった様子で言われるがままに従ってくれた。
その驚きから立ち直らないうちにと、前置きもなにもせず、私はすっぱりと本題に切り込んだ。
「残念ながら爆発のいざこざでデータは紛失しましたが、ターゲット本人の奪還には成功しました」
「……………」
「その際私よりも酷い怪我を負ったため、個人的に信用のおける病院に預けています。退院は暫く先になるかと」
「………ちょっと待て、」
「はい?」
「奪還した、だと?あいつをか?」
「はい。ジャックス・ハーカーさんですよね、名前は本人から聞きました」
渡された資料に書かれていなかった名前を言ったことで、それが嘘でないことを悟ったのだろう。
Dr.シャマルは大きく目を見開いて、ぽかんと間抜けな顔を晒した。嘘だろ、と小さく呟くのが見て取れた。
「今までご報告出来なかったことは謝罪します。ですが、あの状態では移送もできず、犯人が分からない以上
いつ誰に殺されるか分からなかったもので。――事実、犯人はボンゴレ内にいましたし」
「あいつ、生きて―――」
「ぐちぐち煩いので適当にボコって持って帰りました。まあ、その所為で私も火傷したんですけど」
ハル一人なら無傷で帰って来れたんですけどね、と誰に聞かせるでもなく付け加える。
(―――だから)
そして、シャマルと同じく呆気にとられて硬直しているボスに向かって、びしりと要求を突きつけた。
「だから、彼、ください。情報部情報処理部門、第九班に」
表向きは死人なうえ顔もろくに割れてないんだから、どうとでもなる。