この先情報部で生きていく為に、味方を一人でも多く作ること。
灰色の夢
セキュリティ部門所属のジャックス・ハーカーは、爆破事件に巻き込まれて死亡したとされている。
暗殺計画を立てた誰かがその生存を知れば、まず間違いなく消しに来ることは分かっていた。
ボンゴレはもう表立って彼を使うことはできない。とすれば、どこか別の所に籍を置く必要がある。
「まさかあの天才ハッカーが情報部情報処理部門の下っ端にいる、なんて誰も思いません。もちろん彼を頂けた暁には
随時貸出しを受け付けしますし。あ、その場合は有料ですけどね?別に給料出してくださいよ」
その点、私やハルは彼の事情をボンゴレの誰よりも理解している。隠蔽工作に積極的に関わってもいい。
こちらはこちらで最高のハッキング能力を手に入れたことになるし、ボス側にも然程害はないと思う。
「ちょ、さん!依頼は失敗したんじゃ」
「失敗したと、言いましたか?おかしいですね、そんな記憶はないんですけど」
「………っ、でも、『彼らを死なせたのは自分の責任だ』って」
「いやですねえ、勝手に勘違いしたのはボスの方じゃないですか」
ハッカーが死んだとは一言も言ってないし。私が謝ったのはあの三人を死なせたことだけだし。
そんな意味のことをぼそりと明後日の方を向きつつ呟くと、ボスはものすごい顔になって全身を震わせた。
何かを言いたいのに言えずにいる、といった感じだ。怒鳴りたいのにぎりぎり理性で止めているともいう。
すると、ぐっと言葉を飲み込んだボスに変わり、今度は獄寺が顔を真っ赤にして叫び始めた。
「そうだ!おまえ、パーティー会場で部長に会ったってこと何で最初に言わなかった!!」
「……?え、資料にそんなこと書いてましたっけ?」
「もう部長の取り調べは始まってんだよ。つかもうお前ほんと暴走しすぎだ。告発前に尋問すんな!」
「ちょっと何ですか尋問って乱暴な…。ご老体を労わりつつ優しく拉致って、ほんの数十分縛っただけです」
「アホかぁあああ!」
証拠をばっちり揃えたことを前提に、少し話を聞いただけだ。暴力に訴えなかっただけ褒めてほしいものである。
しかし獄寺はそうは思わなかったようで次々と怒鳴りつけてくる。ボスより単純なだけ、かわすのは楽だが。
「くそ、俺としたことが…っいいから答えろ、部長が思いっ切り怪しかったじゃねえか!わざと隠してたのか?!」
「人聞きの悪いことを言わないでください。ただ単に、立証できなかっただけです」
「立証だと…?」
「部長があの日あの場所に居たってことを、です。そんな物騒なこと、証拠もなしに口にしろと?」
最初から言うつもりなど毛頭なかったことはおくびにも出さず、事実だけを告げる。
あの状況で部長の名前を出せば、怪しいと告発するに等しい。それを証明できなければただの言いがかりである。
「無茶言わないでくれます?あの程度の報酬で」
「……よーし。今すぐ果てろ」
「執務室ですよ、ここ」
「…………」
自分が壊して入ってきた扉が、ボス専用執務室のものだということに漸く考えがいったのか。
十分気づいていただろうに、今更ながら獄寺はあからさまに落ち込んだ。いや、余りにも今更すぎると思うが。
まあこれで一人静かになったのでよしとしよう。私は残る二人の方へと体ごと振り向いた。
「それで、もちろん頂けるんですよね。さっき、何でもいいって言ってましたし」
「……、さん、は」
「はい?」
「さんは、それでいいの?」
一瞬、おかしなことを言うものだと思った。私は欲しいと言っているのだし、許可を出すのはボスの方だ。
彼らには、ハッカーほどの天才を手元に置けなくなるという点で、融通が利かなくなるデメリットがある。
危険があるとはいえ、厳重に保護してまたセキュリティ開発系統に据え置くことも不可能ではない。
(それでいいのとか、一体何が……?)
「『彼』は―――この爆破事件が起こるきっかけになった人間だよ。本当に、いいの?九班にいれるってことは、」
「………ボス」
「これからもずっと一緒にいるってことだよ。ハルだってあの三人を失ってる。君は―――」
それは私が、事件解決の道程を歩む上で何度も自分に言い聞かせてきたこと。
軽く息を吐いてから、ボスを見返す。感情と理屈とは決して相容れないものであると知っているけれど。
―――私がハッカーに対して、これ以上何かマイナスな感情を抱くことは、ない。
「彼は確かに事件の引き金になったかもしれませんが、それは彼自身が望んだことじゃありません」
穏やかな笑みさえ浮かべて私は言う。彼はきっかけだったかもしれないが、やはりきっかけでしかない。
ハッカーは天才かつ単細胞である意味馬鹿で全く学習しない、三十路前には到底見えない童顔。ただ、それだけだ。
「正直に言いますが、この資料。彼の協力なしには作れませんでした」
「………」
「部長を告発することも、できなかったと思います」
もしハルと二人だけでやったなら、証拠がどうしても足りず悔し涙を飲んだかもしれない。
それほどまでに彼の存在は大きいのだ。その功績も。だから情状酌量に訴えることはできるだろう。
私の言いたいことが分かったのかボスは少し難しい顔をして黙り込んだ。嘘だと疑う余地はもう、ない。
「付け加えるなら、あの事件でかなり重傷を負ってます。結構酷いですよ。まあ、むしろ天罰かもしれませんが」
「……?」
「それに情報部に来れば、明らかに給料が下がりまくりますし、待遇も最悪になります。私がいるので」
「あの、さん。それって……」
「こういった感じで、彼に対する処分を検討して貰えませんか?」
本来なら、死刑。ただしその才能を買われて殺されることはない。もちろん無罪放免というわけにもいかない。
幹部の地位をはく奪し、給料大幅カットで下働き。主に私にこき使われながら時折ボスからの仕事を請ける。
そうすれば今までのような快適な環境にはいられないだろう。その分、余計な暇つぶしをされなくてすむわけだ。
「私が責任もって、ちゃんと遊ぶ暇もないくらい働かせますから」
「……随分と彼のこと、気に入ったんだね」
「ええ。あ、私だけじゃなくて、ハルもかなり親しくなったみたいですよ?」
「……………」
「そういう確執はないと思っていいですね。どうぞご心配なく」
ご心配なく、に厭味なほど力をこめて強調する。今のボスにあれこれ口を出す権利など、ない。
ハッカーを欲しいと言ってから今まで一度も否定されなかった。だからこれは単なる悪あがきなのだろう。
「じゃあ、いいんですね?」
「……もし、問題があるようなら……」
「いいんですよね?」
「…………………ハイ」
力なく頷いたボスは、がっくりと肩を落として床にばら撒いた資料を拾い集め始める。
暗い影を負ったその背中を眺めながら、私はひっそりとほくそ笑んだ。