私達の中に、一体何が残ったのだろう。
灰色の夢
資料には、事件の経緯が時系列順で記載されていた。もちろんその発端から、である。
部長の供述とそれを裏付けした情報部によって作られたそれは、南支部会計の捏造事件から始まったと書いてある。
大筋はこうだ。部長は数年に渡り、自らが監督する部署の会計収支を誤魔化し、裏金を作っていた。
常に巨額がやりとりされるボンゴレ・ファミリーではかなりの額が部長の懐に入った、という。
(そしてその管理データを、ハッカーに引き抜かれた……)
もちろんここでの“裏金”は、メモリースティックに入っていた表とは比べるまでもなく減額されているのが分かる。
部長と、その周囲で集められる限界に近い設定だった。その裏金の用途は現在調査中、だそうで。
資料には、内乱を起こすためだったのではないかとの推測が書かれているが、証拠を挙げてはいない。
そのデータが外部に漏れることを警戒した部長は、情報を盗んだ本人を消すことを決意する。
ただそれだけを殺したのならばボスなどの上層部に疑念を抱かれかねないため、会場ごと巻き込むことに。
(無差別に全てを殺し、第三者を装うことで追及の目から逃れようとした)
盗まれた情報が最後まで何なのか分からなかったのは、やはりそれが“天才ハッカーの仕業”だったから。
もちろんこれも情報部の誰か実力者がひた隠しにした所為で分からなかった、のを誤魔化しているだけだが。
次に、爆破事件をどうやって起こしたか、について。
彼がまず用意したのは、会場すべてを爆破させられるだけの爆弾。壁に埋め込みやすいよう、小型化されているもの。
ハッカーがその製作者を見つけだし、その受注名簿に部長の名があったことから一気に話が纏まったが、
私が聞いた時部長自身はその事を知らないようだった。多分彼を切り捨てた誰かが、最初から用意していたのだろう。
ボンゴレに聴取された部長は、その店に注文し、品物を受け取ったことを認めているという。
(…まあこれも、一文くらい情報部の捏造が入ってるんでしょうね)
もうひとつ証拠となった、殺し専門の掃除屋についても同様。依頼をしたと供述しているらしい。
当日のパーティー会場の警備。約束の時間が来ると、全ての人間を殺すこと。それらが彼らの役目だった。
おまけに予想通り、掃除屋たちは爆発物が時限式であることを知らされていなかった。
ボンゴレの人間から依頼を受けたことを知っている以上、生かしてはおけないというのがその理由だそうだ。
(下でアレッシアを殺したのは部長であり、もし他の人間がいたとしてもそれは、彼の部下―――)
そして破格の値段でハッカーに取引を持ちかけ、親睦パーティーに呼び出す。
爆破リミットまで彼を一か所に留めておく必要がある。そこで部長はハルの友人である南支部の連中を使うことにした。
彼らを選んだ理由は、丁度いい数のグループであり、親ボス派で、“ボスからの命令”だと言えば素直に従うだろうから。
南支部収支疑惑をかけ、部下に監視させ、行動を逐一報告させる。一方で彼らには“仕事”と称して取引に行かせた。
ハッカーと会っている正にその瞬間までを映像に残し、そのままカメラを持ち帰った後で証拠として提出する。
連中のうち一人の手帳をくすね、家に放り込んでおくことも忘れずに。
結局盗まれたデータは何らかの機密だが詳細は分からないとし、爆発で全て消してしまう。
何もかも消えたのをいいことに、連中が金儲けのため取引したように見せかけた。その証拠としての、収支疑惑。
(確かにハッカーが生きていなかったら、その見せかけも通用した)
自宅からは手帳が見つかり、ハッカーと接触した映像も残されている。これでは疑うなという方が無理だ。
後は爆破したのは愉快犯、第三者として、暫く捜査が行き詰まった後でそれらしい人物を作るつもりだった、と。
これはもしかしたら本当のことかもしれないと思う。部長の性格を鑑みる上で、だが。
彼に命令した誰かも、その作戦が成功するなら部長を切り捨てるつもりはなかったかもしれない。
ただ保険を掛けていただけで。掃除屋も武器屋も、ハッカーやマスターが居たから部長の名前が出てきた。
(ボンゴレだけで捜査したなら、かなりの時間がかかるだろうし。その間に替え玉を作るくらい)
暗殺計画を無事闇に葬り去ることが出来ていたなら、上から更なる地位を約束されていた、とか。
今となっては意味のない推察だけれども、部長自身、何かメリットがないと動かないとも思うから。
最後に、部長の意志で巻き込んだ人間について。
そもそもの目的は、データの存在を知っているハッカーを殺害すること。
だからそのたった一人の殺人を誤魔化すために、どうでもいい人間達を巻き込むことにした。
いつでも取り換えのきく下っ端しか集まらないパーティーを選んだのもそのためである。
そして、どうせ殺すならば―――と、部長にとって目障りな人間を送り込めばいいと思いついた。
ハルを始めとした、親ボス派の人間を部長権限で送り込む。
当日彼女のように病欠した人間もいるが、本当に病気だったのかどうかは―――――
(それにしても、あの事件がこうも小さく纏まるとはね)
資料を一枚一枚めくりつつ、そんなことを考える。この裏にボス暗殺計画が立てられていたなどと誰が思うだろう。
物騒な計画は単なる内乱に変わり、裏金は規模を縮小され、全ての首謀者は部長であると締められている。
彼は従順に聴取に応じているという。暴れることもなく、嘲ることもなく、全てが終われば死が待つというのに。
それとも彼は、本当に満足しているのだろうか。周囲の親ボス派を随分と減らしたことで?ボスに打撃を与えたと?
(確かに“沢田綱吉”には衝撃的なことかもしれないけど、“ボンゴレ十代目”に損害を与えたとはとても……)
そう思えなかったのは、私がまだマフィアというものをよく知らなかったからだろうか。
「………さん?難しい顔してるけど、大丈夫?」
「いえ。あまりにも動機がくだらないので、笑いを堪えてました」
「そ、そう、なんだ?」
いきなり声を掛けられたことに内心驚いて、思わず口をついた訳のわからない理由を告げる。
正面に座る恭弥には注意していたのだがボスのことをすっかり忘れていた。思った以上に、資料に集中していたのか。
「―――ええ。本当に、くだらない」
それが暗殺計画のことでも、あの三人を失うだけの理由にはならない。生を願った青年の手を振り払うだけの理由には。
でも私は、受け入れなくてはならない。そしてボスの前ではこの資料が真実なのだと、心から信じなければならない。
これが情報部の出した答えなのだから。主任が選んだ、最善の道なのだから。
何度も自分に言い聞かせて、少し速くなった鼓動を落ち着かせる。と、そこに声が掛かった。
「…昨日、近くの倉庫で部長を尋問したのって君?」
「だから尋問って言うな。そりゃ色々暴走したのは悪いけど、別に―――」
「その部長から預かったものがあるんだけど。あいつに何か頼んだわけ?」
「……は?…部長?ちょっと恭弥、何言って」
「これ」
恭弥がポケットから取り出したのは、手の平サイズの透明なビニールに入れられた装飾品。
何らかの検査を行ったのか、幾つもの小さなタグが付いている。私は一瞬、“それ”が何なのか分からなかった。
(――――う、そ)
銀色の、コサージュ。女物の。一度だけ、見た。あの日。事件が起こった日。
カルロが運転する車の後部座席に乗って、ドレスに身を包み、私とハルを見て明るく笑っていた――――
彼女、の。
「……?」
アレッシアが部長に殺されるその瞬間まで身に付けていた、銀装飾のコサージュ。
目の前が赤く染まっていくのを、私はどこか遠くで感じていた。