せめて、穏やかな眠りを。

 

 

灰色の夢

 

 

潮の香りと、波の音。この景色が拝める緑溢れた小高い丘を探すのに、少し時間がかかった。

費用はボンゴレから支給されたものに色をつけて。そうそう、ハッカーからも援助をしてもらっている。

 

 

(もちろん無理矢理もぎ取った、なんてことはないから。ね?)

 

 

誰にでもなく呟いて、手に持っていたお酒と日本茶を置く。ジュリオの場所には甘いお菓子も添えて。

彼らの為だけに作られたもの。綺麗な景色。他の人間が入る余地のない、場所。

 

 

 

――――あの事件が起こってから今まで、時間は飛ぶように過ぎていった。

 

 

 

部長に対する捜査は淡々と進み、私達が捻じ曲げ押し隠してしまったことも闇に消え。

情報部最高主任からは“十代目に計画の事を伝えた”と一度だけ、簡潔な連絡があった。

 

どんな形でとか、ボンゴレがどういう対応を取るのかはちらりとも匂わせてはくれないあたり、食えない人間である。

 

 

(しかも今度食事でもどうですか、と来た。・・・このタイミングで)

 

 

ハルはあれからすぐ、省略されていた班長試験に合格し、きちんと“第九班班長”に就任した。

そして驚くほど熱心に勉強を続け、二ヵ月後、―――やけにあっさりと『代表』になってしまった。

 

主任が裏で手を回したとも考えられないし、普通にそれだけの実力は持っていたということだろう。

 

 

(言ってもたかが代表だから、そこまで手放しで喜べる状況じゃないけれど)

 

 

懸念していたボスの妨害は一切なかった。主任がガードしてくれたのか、単に反省したのかは分からない。

ただ、恭弥からの情報によれば『さんの陰謀だ・・・!』とか言って一晩自棄酒を呷っていた、らしいが。

 

最近執務室には出入りしていないのでボスに会うこともなく、文句を言うことも出来ない。

 

 

 

「あのしつこい小言聞かなくて済む分、楽でいいけどね?」

 

 

 

ボスと笑顔で対決していた頃が懐かしくさえ思えてくるから不思議なものだ。・・・またいつか。そう、いつかは。

 

 

 

 

 

 

私は四つ並ぶ墓の前に膝をつく。仲間だった三人と、“死んだ”ジャックス・ハーカーのもの。

少し前にあの天才ハッカーは別の名前と新たな戸籍を与えられ、第九班に新人として配属されてきた。

とはいえ怪我の事もあり名前だけで、本格的に仕事を始めるのは明日からとなっている。

 

最も私達が彼を“ハッカー”と呼び続けることに変わりはない。これからも、ずっと。長い付き合いになるだろう。

 

 

 

「じゃあ、報告。本日付けで、パーティー会場爆破事件は完全に解決しました!」

 

 

 

仇も取ったから喜ぶように。とあえて尊大な態度で続ける。

 

昨夜、ボンゴレの片隅で、ひっそりと部長の処刑が行われたのだという。やはりこれも恭弥からの情報だ。

部長は最後まで従順かつ素直に話し処刑の瞬間も落ち着いていたが、最後まで謝罪の言葉はなかったらしい。

 

どうでもいいことだと思いつつ、・・・・・・それでも部長の思考は理解に苦しむものだった。多分、一生かけたとしても。

 

 

微妙に暗い気持ちになった私の耳に、それを軽く吹き飛ばすような明るい声が届く。

 

 

 

、さ――ん!はひー、置いてかないで下さい!」

「待て走るなハル、転ぶぞ!・・・っ、ておい言ってる傍から・・・」

 

 

 

振り向けば笑顔で走ってくるハルと、その後ろからハッカーが早足で歩いてくるのが見えた。

自然と顔が綻ぶ自分を自覚しながら二人に手招きをする。やはりこういうのは当事者でするべきものだと思ったからだ。

 

 

 

「・・・、お前な、男にこんなもん持たせるな」

「んーでも案外似合ってるんじゃない?童顔だし」

「童顔言うな!つかこんなファンシーな花束が似合ってたまるか!」

「違いますよハッカーさん!これはキュートかつエレガントな、ハルハルスペシャル花束なんですよ!」

 

 

 

手に大きな花束を抱えたハッカーは、その色とりどりの花を見て首を傾げるような仕草を見せた。

何がどうスペシャルなのか分からないのだろう。実際、私も良く分からない。ただ彼女が満足しているなら、それで。

 

全員がそろったところで、私はまたその四つの墓に向き直った。この中のどれにも遺体は入っていない。

 

ジャックス・ハーカーの墓はもちろん空である。ハッカー自身けじめをつけるために作ったという。

カルロとジュリオの墓にはあの日ハルが着ていたドレスとハンカチを。二人の血が染み込んだものだ。

 

そして―――アレッシアの墓には、部長が寄越した唯一の遺品、銀装飾のコサージュ。

 

 

 

「で、何で花束がひとつなんだ?しかもでかい・・・」

「とーぜん、こうするんですよ。せーのっ!」

 

 

 

といやー!という意味不明の掛け声と共に、花が、舞う。比較的小さい花が多く、それは花の雨のようにも見えた。

 

―――残りの大きい花がびしばしと遠慮なく私の頭に直撃してくれたことを除けば、だが。

 

 

 

「・・・ハル。しかもこの薔薇、棘ついてるんだけど気のせいかしら」

「はひ?美しい薔薇には棘があるんですよ、さん!」

「いや、花束にする前に取れよ・・・」

「それ以前に降らさなきゃいいと思うけどね・・・」

 

 

 

それでも何故からしいと感じてしまって、それ以上文句を言う気が失せた。綺麗なのは間違いないから。

 

海の音を聞きながら、しばらく三人黙って佇む。何か思うことはあっても口には出さない。とても静かな時間。

私は、どんな形であれ全てを終わらせここに立っていることを、何よりも誇らしく思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・本当に、良かったんですか」

 

 

ふと、隣に座っているハルがそう口を開いた。私は閉じていた目を開けて彼女の方をちらりと見やる。

 

 

「ん、何が?」

「九班のことです。ハルが代表になったからって、何も―――」

「ああ、そのこと。一応考えて決めたことだし文句は言わないわよ」

 

 

 

ボンゴレ情報部情報処理部門第九班。せせこましいボスが表向き私の願いを聞き届ける形で作ったもの。

 

この間その班長であるハルが代表になったことにより、私とハッカーの二人だけになってしまった。

私の上司はハルである。それは変わらないし、変えたいとも思わない。だから新たな班長を迎えるのは嫌だった。

 

ならばどちらかが試験を受け、班長になればいいというのがハルの意見だったが―――

 

 

 

「私がボンゴレに来てからどれくらい経った?ほら、一年にも満たない。いくらマフィアが実力社会だからといっても

明らかに私は新参者だっての。あ、試験に落ちるとは絶対思わないけど。・・・確実に贔屓だと言われるでしょうね」

 

 

 

それでなくても第九班所属というだけで周囲からは色眼鏡でみられていたものだ。あまりよくない傾向である。

おまけにハッカーは“新人”として入ってきたのだから使いようがない。新参者と、新人。これでは班はやっていけない。

 

 

 

「だから、ハルの出身である第五班で手を打ったってわけ。暫くはそこで大人しくしてるわ」

さん・・・」

「まあ心配しなくても、私がハルの第一部下であることに変わりはないんだし。ね?」

「・・・・っ、はい!ハルも頑張ります!」

 

 

 

そう、事件は解決したけど何も終わったわけじゃない。敵は情報部に居る。むしろこれから始まるのだ。

ハルがその地位を上げていく度に危険度は増す。その時のためにも、今、水面下で力をつけていかなければ。

 

 

 

「ハッカーさんも五班で下っ端からやり直し、散々どうでもいい仕事でこき使われて・・・ああご愁傷様」

「お前それ本気で思ってないだろ。むしろこき使うのはお前がじゃないのか」

「はひ!気をつけて下さいね、ハッカーさん。さんには前例がありますから」

「前例?!何じゃそりゃ!」

「ちょっとハル、ばらしたら警戒されるでしょうが!」

「お、お前は俺に何をさせる気だ―――!」

 

 

 

 

 

 

 

力を合わせて、上を目指そう。そして、ゆっくりとでもいいから、変わっていこう。

 

短い付き合いの中でさえ、鮮やかな色を残していってくれた三人の仲間へ。どうか、この声が届きますように。

 

 

 

 ―――Buona notte, Sogni D'oro.

(―――おやすみなさい、良い夢を。)

 

 

 

 

 

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