いや、でも、そもそもの意味が分からない。

 

 

灰色の夢

 

 

「…。これの、……どこが、“無事”なんだ?」

「床に撒き散らさなかっただけマシでしょうが。口に入れれば味は一緒だし」

「馬鹿言え!撒き散らしたもんなんか食えるか!」

「ほら、だから無事なんじゃない。文句があるなら昼抜けば」

「………っ………お前な………」

 

 

 

蓋こそ開かなかったものの中身はぐちゃぐちゃになってしまった弁当を渡して、私は自分の席に腰を下ろした。

パスタオムレツに炒め物。私の分も悲惨な状態だった。スープが付いてなかったことは不幸中の幸いか。

 

ぶつぶつと文句を漏らすハッカーを無視して、私は弁当を机の隅に追いやりパソコンの画面へと向き直る。

八つ当たりしているのは自覚していた。苛立ちと焦りが全身を駆け巡って、今すぐ動かないと気が済まない。

まだ九班があった頃、ハッカーから無理矢理もぎ取った情報に守護者達のことがあった筈である。

 

 

隣から注がれる不審そうな視線は気にしない振りをして、私はあの青年に関する情報の特定に乗り出した。

 

 

 

 

 

 

――――――六道骸。

 

 

彼は霧のリングを持つ守護者で、やはり恭弥と同じく昔からボスの仲間の一人であるという。

特定の部署には所属しないボンゴレ直下の部隊、らしい。部下という位置づけで、他に三名が挙げられている。

 

しかし彼自身の経歴に関しては所々穴が開いており、ある一定期間はほぼ白紙にも等しかった。

 

 

(……これは…どういう、こと?)

 

 

分からない。だが不備ではあり得ないだろう。本当に分からないのか、意図的に隠されているのか。

隠されているのだとすれば、これ以上関わるのは危険だ、ということなのだろうか―――――

 

 

そこまで考えて、私ははっと我に返った。少し揶揄われただけでここまでする必要など、どこにもありはしない。

余計な情報は仕入れない、というのが私の信条だったはずなのに。

 

それを忘れて興味本位で探った為に巻き込んでしまった彼らのことは、いつまでも心の中で引っ掛かっている。

 

 

 

「―――?」

 

 

 

忘れよう。忘れるべきだ。五班に移って間もない新参者である私が問題を起こせば、ハルに迷惑を掛けかねない。

例え今夜の夢に出てきそうな気持ちの悪い似非雲雀恭弥を見せられたとしても、だ。……我慢しなくては。

 

 

 

「……ん、何でもない。それより今朝言ってた麻薬の話は―――」

 

 

 

またいずれ、と言っていたがその辺りは恭弥に一度釘を刺しておこう。本名を他人に言ったことも少し気になる。

 

向こうからの接触を消せば、守護者ほどの幹部だ。余程のことがない限りもう会うこともないだろうし、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

情報部情報処理部門第九班―――が、あった場所は空き部屋になっている。そこは人通りも少なく恰好の場所だった。

 

私は恭弥を呼び出し、もといかなり無理を言って連れ出してきた。部下の人とは顔見知りだったのも功を奏したのだろう。

もちろん気難しい幼馴染は、いきなり破壊屋の本部に乗り込んできた私にいい顔はしなかった。

 

しかし最初はかなり粘ったものの『六道骸』の名を出した途端、一瞬固まった後、渋々ながらも出てきてくれたのである。

 

 

――――やはり、結構仲が良いのだろうか?

 

 

 

「その…六道さん?とにかく絶対殺気出してた。しかも普通初対面でいきなり術かけるって、どういう神経?」

「……………」

「あと持って行ったナイフ返してほしいんだけど。当てるつもりで投げたけどあげた訳じゃないから」

「……………」

「あ、それと恭弥、人の本名勝手に流さないでくれる?偽名持ってる意味考えて。何の為の偽名だっての」

「……………」

「ああでも何よりもう一度会いに来られてまた幻術とか、無理!死ぬし!」

 

 

 

複雑な顔をして黙り込む恭弥に、これで縁を切りたいとばかりに私はまくし立てた。

体力を使う面倒事は押し付けるに限る。おまけに今は目立つことなく地道に自らの地位を確立する必要があるのだ。

ハルがボスとの関わりを断ち切った以上、暫くの間私も恭弥以外の幹部と会うつもりは、ない。

 

無論恭弥と会うこと自体、情報部の人間には極力悟られないようにしている。水面下で動くこと。それが重要だった。

 

 

そうだから今は、六道骸とかいう得体の知れない守護者とやりあうつもりは更々ないってこと!

 

 

 

「―――ね、恭弥。だから何とかして」

「何とかって……悪いけど、僕もアレとは関わりたくない」

「命の危機に瀕してる幼馴染を見捨てる気か!この薄情者!」

「は、ちょっと幻術掛けられたくらいで何怯えてるの。らしくないね」

「らしくないとかそういう問題じゃないわ――!」

 

 

 

こいつには分からないだろう。あの時胸に浮かんだ感情は、今でも心の底で燻っている。

それが恭弥の言う通り恐怖なのか、揶揄われたという行為に対しての怒りなのか。自分でも判断がつかなかった。

 

ただ、私はもう二度とあんな体験をしたくない。もう二度と、あんな気持ちの悪い『雲雀恭弥』に会いたくはない。

 

 

(……ん?…なんか、今……)

 

 

堂々巡りな思考がやがて妙な方向に転がりそうになるのを、恭弥の疲れたような溜息が遮った。

 

 

 

「第一、それはとアレとの問題でしょ。僕を巻き込まないでくれる」

「だから巻き込まれたのはこっちだって!仕掛けてきたのは向こうで、ナイフは正当防衛の範疇。そもそも私は

“恭弥の”幼馴染って認識されてたんだから。付き合い長いみたいだし、仲良いんでしょ?ちょっと一言くらい―――」

 

 

 

―――その瞬間、いやに懐かしさを感じる金属音が部屋に響いた。確かに久しぶりかもしれない。

 

どこにどう仕込んでいるのか知らないが、いつの間にか彼の手には見慣れたトンファーが鎮座している。

一気に周囲の温度を下げた我が幼馴染は、不思議なことに、些か引き攣ったような笑みを浮かべて言葉を紡いだ。

 

 

 

「ふぅん……、最悪に気持ちの悪い誤解だね、。……咬み殺されたいの」

「知るか。最強に気持ち悪いものを見せられた私の身にもなってみれば?」

「それこそ知らないよ。幻術ごときで、何でそんなに騒ぐのさ」

 

 

 

別に大したことないのに。などと小馬鹿にしたような態度で、恭弥は非常に腹立たしいことをのたまう。

 

さて―――。

 

今は二人きり、周囲は人通りもない寂れた場所、本部だけあって部屋の造りは丈夫、壊れそうな備品も既に撤去済み。

これだけの条件が揃っていて、一体何を躊躇う事があるだろう。六道骸という男の所為でストレスも感じていた。

 

 

 

「…恭弥が爽やかな笑顔で挨拶なんかしてくるから悪い」

「何それ。君、頭おかしいんじゃない?」

「そうかもね。そんな芸当が出来るなら、恭弥だってもっと真人間になってたわよね」

「………」

「あれ、否定しないの?」

 

 

 

語尾を伸ばしつつわざとらしく傾げた首すれすれを、銀色の何かが掠めていく。

 

――――私は内心ほくそ笑んで、手の中のナイフを握りなおした。

 

 

 

 

 

 

 

情報部情報処理部門、第五班にて。

 

 

 

「あ、ハッカーさん!差し入れのクッキー持って来まし……って、あの、さんは?」

「……知らん。あの馬鹿、就業時間内だってのに消えやがった」

「はひ!も、もしかして迷子になっちゃったとかですか?!」

「いや流石にそれはないだろ……」

 

 

 

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