情報を得るならば、とことん最後まで。危険なものこそそうすべきだ。

 

中途半端な知識こそが――――己の寿命を縮めるから。

 

 

 

灰色の夢

 

 

 

「はは、ついに追い出されたか!こいつぁ傑作だな!」

「うるさいですよ、マスター。……っ…」

「動くなって。よし、………終わりだ」

「……………どうも」

 

 

 

馴染みの医者に行けない私は、マスターの店に転がり込んだ。自分ひとりで手当てするには微妙な位置だったからだ。

 

何も聞かず手当てしてくれるのは本当にありがたいがしかし、腹を抱えて爆笑されるのはいただけない。

ここに来ざるを得ない事情を話すと、まあよくも遠慮なしに笑ってくれたのである。忌々しい限りだ。

 

 

 

「そう睨むなよ、ジュース奢ってやるから」

「子供扱いしないでください。あ、グレープお願いします」

「お前、結局貰うのかよ!」

 

 

 

軽く言葉を交わしつつ、綺麗に包帯を巻かれた腕をそっとなぞる。くそ、あの馬鹿力どうしてくれようか。

今度サボってるところを見かけたら即獄寺隼人に告げ口してやろう、と陰湿な思考を巡らせながら目を閉じる。

本来ならばすぐにでもハルの家に帰って、用意してくれているシチューを食べたいところではあった。

 

だがしかし―――スーパーで会った連中のことが、いつまでも頭から離れない。正確にいえば、後から来たあの男―――

彼自身に含みはない。年齢からして、私が大嫌いな“マフィア”の中に入っていたとも思えない。

ただ、知らなければならないという根拠のない衝動が私を突き動かそうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

六道骸の情報を得たいと思ったのは、もちろん嫌がらせをされたから………では、ない。

あまり深く考えず容易に首を突っ込むと非常に嫌なことが起こるのは、カルロ達の死で十二分に理解した。

それでも尚彼について知りたいと思うのは、私自身の不調が恐ろしかったからだ。

対峙した時に感じる頭痛がもし彼の何かに起因するのものならば―――このまま放置しておく訳にもいくまい。

 

二度あることは三度あるという。今のうちに何らかの手を打っておきたかった。

しかしこの状況がとても個人的なものゆえに、気軽にハッカーに頼むことが出来ないのも事実。

 

 

 

「マスターは、マフィアに詳しくはないですよね」

「あ?いきなりなんだ、何を知りたいって?」

「……いえ。ここ数年のことなのでいいです」

「……………。マフィアのことならマフィアに聞きゃいいじゃねぇか」

「だからそれが出来れば苦労は――――」

 

 

 

しない、と言いかけて。私は今更過ぎるくらい今更なことに気付いてしまった。

そうだ、あの金髪ボスはボンゴレに入るきっかけになった事件の報酬で、ある権利を私にくれた。

 

『なお、先の生活について支障があった場合、やむを得ない場合を除き、こちらの力が及ぶ限りの援助を確約する』

ディーノがボスである間なら、何かあれば力になる―――と。それを今使うことはできないだろうか。

 

 

(……駄目でもともと。無理ならハッカーに押し付けて、と)

 

 

とりあえず行ってみる価値はあるだろう。そう考えた私はグラスに残ったジュースを一気に流し込み、席を立った。

 

 

 

「ごちそうさまです、マスター」

「ああ、行くのか。何かわからんが、気をつけろよ」

「はい。あ、でもこの傷は単に遊んでてついたものですけど」

「………。お前の遊びは分からん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い路地裏の一角で、私はボスに貰ったものとは別の携帯電話を片手に少し悩んでいた。

情報を得る場合、ディーノ相手なら直接会った方が安全だろう。だからいっそ本部に乗り込んでやろうかと

思ったのだが、いかんせん、警備が強化されたマフィア本部に侵入できるようなスキルは持ち合わせていない。

 

やはりここは電話で約束を取り付けるべきか―――しかし掛けた先に沢田綱吉が一緒にいたらどうしよう。

今の私の動きを知られると、今度こそ『余計なことをするな』と一喝されてしまいそうだ。

おまけにもし何度も繋がらなかった場合、キャバッローネの通信部の誰かに不審に思われかねない。

 

数え切れないほど嫌な“もしも”を並べてどれが最善かを考える。といっても、そうそう選択肢はないのだが。

 

 

(確かこの番号って、私的なものだからどうとか……)

 

 

嫌がられるだろうが、寝ていて人に会いそうにない明け方あたりにしてみるか。

そんなことをつらつら考えつつ携帯をポケットにしまおうとした、――――その瞬間。

鞄の中の、ボス直々に手渡された携帯に電話が掛ってきたことに気付き、私はすぐさまそれを引っ張り出す。

 

なんというタイミングだろうと思いながら出ると、耳元から意外な人物の声が流れてきた。

 

 

 

『……、か?』

「……………。………あの、もしかしてDr.シャマルですか?」

『ああ。いきなり悪いな、今大丈夫か』

「ええ、はい。構いませんけど―――」

 

 

 

ハッカーでもなく、ハルでもなく。もちろん二人は私の個人携帯の番号を知っているからそもそも違うとしても。

ボスでもなく、周囲の幹部でもない。Dr.シャマル。内心の驚きを押し隠して応対したが、本当に心底驚いた。

 

彼とはハッカーが退院した直後に会った時以来である。連絡用としてこの番号を知らせてはいたが―――。

 

 

 

「まさかまた、仕事のご依頼とかじゃないですよね?」

 

 

 

Dr.シャマルの声音が珍しく真面目かつ真剣そうに聞こえたので、半ば茶化すようにそんな台詞を吐いてみる。

すると思わぬ言葉が返ってきて、私は逆に真剣にならざるを得なかった。彼はいったい何の話をしているのだろう。

 

 

 

『そう取ってもらっても構わん。状況次第じゃ、報酬を出す用意はある』

「は――い?それはちょっと、怖いんですが……ボスはこのこと」

『俺個人の依頼だ。まあ、ちょっくら会って欲しい奴がいるんでな』

「……………?」

 

 

 

ますます訳が分からない。私はディーノに連絡を取ろうと思っていたことも忘れて、ふと黙り込む。

これはどう答えるべきだろう。マフィアの中に敵を持つ私は、安易な答えを出すわけにはいかなかった。

どういう理由で、どんな人間に会わなければいけないのか。会って、何をしなければいけないのか。

 

まあ、ボス相手ではないし断ったところで大したデメリットはないだろう―――――

 

否定しそうな空気に傾いたことを悟ったのか、シャマルは更に言葉を紡いだ。

 

 

 

『なら、交換条件でどうだ?』

「交換……条件?」

『先に何か、お前の望みを叶えてやる。それで受けちゃくれねーか?』

 

 

 

その言葉は。六道骸の情報が一刻も早く欲しくてあがいている私にとって、酷く興味をそそられるものだった。

 

私は、私自身に危険が及ばないように様々な情報を集める。時にそれを売り、生計を立ててきた。

眩暈を伴うあの頭痛は決して見逃してはいけないサイン。不確定要素は巡り巡って、いつか私を―――殺すだろう。

それだけは絶対に避けなければならないことだ。そこまで考えると、返す言葉は決まっていた。

 

 

 

「詳しいお話、―――聞かせてもらえますか」

『………。お前、意外に結構現金な奴だな』

 

 

 

やかましい、現実主義と言え。正直な話――利のないことはしないのだから。

 

 

 

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