どちらが不幸だったか、なんて。

 

 

 

灰色の夢

 

 

 

「六道骸、だぁ?」

 

 

 

予想外も甚だしい、といった表情でDr.シャマルが素っ頓狂な声をあげた。まあ、当然の反応だろう。

もう既に二度も接触があったなどと彼は知る由もないし、嫌がらせされたというのも普通に考えればおかしな話だ。

雲雀恭弥の幼馴染だから、というどうでもいい理由で興味を持たれたのはまだいい。チョコレートのことも既に忘れた。

 

ただ、あの頭痛は捨て置けない。もしも私の知らないところで彼が“あの事”と繋がっていたなら――――

 

……とにかくだ。私には情報を得たいと思うだけの確固たる理由がある。興味本位では、ない。

 

 

 

「ええ。出来る限り、ボスには知られたくないので―――お願いします」

 

 

 

結果如何によってはボンゴレを即出ていくことも視野に入れて、私は力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハルの家とシャマルの診療所が結構近い、というのは以前判明したことである。

それをいいことに私は、今晩の食事であるハル特製シチューを、“鍋ごと”そこに持ち込んだ。

 

折角作ってくれたものだから今日中に食べたかったし―――同時に出来得る限り早く情報が欲しかったから。

 

 

 

「で、スプーン以下皿まで用意してきたと」

「あるかどうか分からないじゃないですか」

 

 

 

この部屋の惨状だと。そう付け加えると、物凄く嫌そうな顔でシャマルは黙り込む。

相も変わらず乱雑に物が山積みにされている光景だが、不潔な印象を受けないのがたまらなく不思議だった。

多分探せば綺麗な状態で見つかるのだろう。ただ、探す手間の方が大きそうなので口にはしない。

 

 

 

「………お前、なんか最近遠慮なくねぇか?」

「気のせいだと思います。私、年寄りは一応敬うことにしてるので」

「…………………」

 

 

 

嫌味をぶつけられても胡乱気な視線を向けるだけでスルーするあたり、恭弥とは年季が違うということか。

なるべく隙は見せないようにしようと心に誓いながら、私はまだ温かいシチューを取り分ける。

腹が減ってはなんとやら。ハルには許可を取ったし、まずこの食事を平らげることから始めよう。

 

――――そうして私とDr.シャマルとの奇妙な晩御飯が、幕を開けたのである。

 

 

 

「六道骸、ねえ。ほんっとお前も妙なところに首を突っ込みたがるな」

「……必要に駆られて、ですけどね。とりあえずは。……無理ですか?」

「いや?別に、そういう訳じゃあねーが」

 

 

 

やけに歯切れの悪い返答だ。居心地の悪さを感じつつ、わずかに悩む素振りを見せたシャマルを一瞥する。

お前の望みを叶えてやる―――という言葉にほいほいつられてやって来た訳だが、本当に良かったのだろうか。

私はふと眼を伏せて、スプーンを口に運ぶ。六道骸の情報を得たとしても何かが変わる保証はなかった。

 

ただ……そう。例えるならそれは、直感のようなものだったのかもしれない。

 

 

 

「エストラーネオファミリーって、知ってるか」

 

 

 

少し、沈黙が流れて。漸く口を開いた彼が語るのは、聞いたことがない組織の名前。そのことに安堵を覚える。

私は今まで、“あの事”に関連する全てを調べあげてきた。その中にエストラーネオなどという単語はないはず、だ。

 

最悪の事態は回避できたかもしれない―――。幾分肩の力を抜いて、私はそのままシャマルに向き直った。

 

 

 

「………いいえ。マフィアにはまだ、そこまで詳しくは」

「そうか。……あまり気持ちのいい話じゃねーが、我慢しろよ」

「………………はい」

 

 

 

 

 

 

 

それから。

それから語られた物語は、確かに吐き気を催すような、胸糞の悪くなるものだった。

ファミリー再興のための、子供を使った人体実験。特殊兵器開発。その結果起こった惨劇と―――彼らの、復讐。

 

 

(………っ……!)

 

 

ずきり、と頭が痛んだ。否、右目が。光を失った瞳が何かを訴えている。ああ。これはいったい、誰の話だ?

事実を淡々と話すシャマルの声がぼんやりと、どこか遠い。人体実験。マフィアへの復讐。どこか懐かしいストーリー。

 

 

 

「あいつらはマフィアそのものを憎み―――滅ぼそうとした」

 

 

 

似ている。違う。似ている。……違う。………似ている。

私はマフィアに誘拐されて―――結果として両親と右目を失い、そしてフィオリスタファミリーを壊滅に追い込んだ。

 

これは、彼らがしたことと、何が違うのだろう。もちろんその規模は比べ物にならないかもしれない。

六道骸とその仲間は根本の原因である所属ファミリーを壊した後、更に何の関係もないファミリーをも潰している。

挙句の果てにはあのボスを狙って襲撃をかけたこともあるという。それらの罪ゆえに数年前までは牢獄に入れられていた。

 

結局様々な取引を経て、ボンゴレに従うことを条件に解放された―――――幻術使い。

 

 

 

「なんというか、……壮絶ですね。想像以上というか……」

 

 

 

当たり障りのない感想を言いながら、私は胸の奥底に生まれた奇妙な感情に戸惑っていた。

六道骸のしでかしたことは考えるだに恐ろしい。非情で冷酷極まりない行為。どれだけの犠牲が出ただろう。

しかもそれをしでかせるほどの能力がある、それほど強いということは、かなりの脅威だ。

 

ただ、よくよく突き詰めれば、私も同じ穴の狢だ。大人も子供も関係なく、全てを死に追いやったのだから。

 

酷いだなんだと言う資格はない―――そう結論付けてシャマルを見やると、驚くほど真剣な瞳にぶつかった。

 

 

 

。―――同情、するなよ」

「………は?」

 

 

 

同情。その奇妙な響きに思わず首を傾げる。……同情。胸の内に蟠るものが彼らへの同情だとでも?

しかし同情している、つもりは、ない。というよりそもそもどの点に対して同情するものなのかも分からないのに。

 

大人達の欲望を満たす道具として、激しい痛みを伴う、死と隣り合わせの人体実験に使われたことか。

それとも、その所為で一生消えぬマフィアに対する憎しみを心に深く刻んでしまったことにか。

 

彼の指し示すところが理解できず視線で問う。すると、彼は特に感情が伺えない声でさらりと言葉を続けた。

 

 

 

「さくっと殺されるぞ、さくっと。ってまあ、その様子じゃ心配ねーか」

「は?あの、意味がよく、分かりませんけど」

「マフィアに同情されたとあっちゃ、本気で怒るからなーあいつら」

「………はぁ……?」

 

 

 

殺される。そんな物騒な台詞をそうあっけらかんと言われては、全然深刻さが感じられない。

でも、なんとなく言っている意味が分かるような気がするのは―――私が似た境遇にいるからだろうか。

 

憎しみは簡単には消えない。消そうとしても消えないのに、消そうと思わないなら余計燃え上がるだけ。

 

 

(そしてどんなにマフィアが嫌いだろうと、マフィアに所属している以上はマフィアでしかないってこと)

 

 

最もそれは、彼ら自身にも言えることなのだが。他に道がなかったのだから仕方のないことだろうけれども。

 

 

とにかく。迷惑極まりない八つ当たりとはいえ、私は嫌悪される対象に該当するというわけだ。

ただ彼らが過去やらかしたことを考えれば、それが嫌がらせの範疇を出ていないことに感謝すべきかもしれない。

 

もしかしたら『雲雀恭弥の幼馴染』という事実が、あるいは、そうさせる要因となった可能性もあるにはある。

 

 

 

「六道骸の経歴に関しては以上だ。これでいいな、。次はこっちの話に移るぞ」

「話?―――あぁ!そういえばそうでしたね」

「てめーなぁ……今気付いた、みたいな顔すんなよ……」

 

 

 

でも結局、そもそもの目的だった頭痛の原因がさっぱり分からないままなんだけど。

 

 

 

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