予想外にもほどがある。

 

 

 

灰色の夢

 

 

 

勢いよく扉を閉めてしまったため、結構な音が周囲に響いてしまった。当然すぐ息を潜めて誰かの気配が無いか窺う。

しかし幸いにもその音を聞きつけた誰かはいなかったようで、依然ただただ爆音が響くのみである。

そこまで確認してから私は再び扉の取っ手に手を掛けた。先刻ちらりと見えた銀色の何かが脳裏に焼きついて離れない。

 

 

 

「………何やってんだ?。大丈夫か?……頭打ったか?」

「今は切実にその方がマシだと思ってますよ、Dr.シャマル」

 

 

 

背中の向こうから飛んできた嫌味はそのまま流し、手首をゆっくりと回す。見間違いならいい。幻ならもっといい。

こちらから仕掛けた癖に油断した所為で左腕に怪我を負った、その元凶が落ちているなんて一体誰が信じようか。

薄く扉を開けつつ、私はそっと床に視線を落とした。……だが、しかし。非常に残念ながら、ブツは明らかに存在する。

 

 

(いやいやいや、いやいやいやいやいやいや!)

 

 

ありえない。冗談じゃない。私は扉を閉めて深呼吸した後、もう一度だけ、叶わぬ願いを込めて、右手に力を込めた。

 

――――当然ながら数秒経っても結果は変わらず、ぴたりと扉を閉めた私は念の為に内鍵をしっかりと掛ける。

あれは本物だった。この左腕の骨にひびを入れやがった恭弥が愛用する武器、そう、言わずもがな。口に出したくもない。

幼馴染のそれは特注品で、世界にひとつしかないことは知っている。ではそれが今ここにあるという意味は何なのか。

 

 

 

「あの……、その。……連中が襲撃されてるかもしれないって話ですが」

「言ったが、それが何だって?」

「それ、本当に本当かもしれません」

「――――あぁ?」

 

 

 

未だに続く戦闘の音が、明らかに私が知る恭弥のそれでないことはとりあえず置いておくとして。

その事実を知っていたとは思えないシャマルの態度にも目を瞑り、私は馬鹿正直に今見たモノを話すことにした。

 

 

 

「今、扉の外に妙なものを見つけたんですけど」

「妙なもの?」

「ええ、……物凄く見覚えのある武器が一本ほど」

「…………」

「すぐそこに転がってましたよ。真っ二つに折れた状態で」

「…………」

 

 

 

私のかなり遠回しな言い方に今一つ理解が進まなかったのか、彼は訝しげな表情を隠しもせず首を傾げる。

出来れば見覚えのある云々の件で気付いてほしかった。あるいは、そんな訳があるかと否定してほしかった。

 

ああもう、シャマルにそんな顔をされてしまったら、更に踏み込んで話さなければならないじゃないか―――。

 

口元が引き攣るのを止められない。私が、この私がだ。恭弥の武器を見間違えるとは絶対に思えないから。

 

 

 

「分かり易く言い換えれば、この屋敷に、雲雀恭弥がいるってこと―――ですよ、ね?」

 

 

 

あるいは、“ボンゴレ”そのものが。そう、仕事でなければあの幼馴染がこんな屋敷に姿を現すものか。

そして折れた武器を見れば何をしているかも自ずと分かる。闘って、いる、のだ。………恐らくは今もなお。

 

 

 

「な、っ……?!」

 

 

 

その仮定が正しいなら、連中が何とかシャマルを懐柔して帰らせようとしたのも説明はつく。

ボンゴレと見も知らぬファミリー。さあどちらにつくかと問われれば、特別な理由がない限り、答えはひとつだ。

最も私はシャマルとは立場が違う以上、忌々しくも無条件でボンゴレに従う義務があるのだけれども。

 

 

と、思考を巡らせている間中ずっと黙っていた彼だったが、突如意を決したように私を追い越し入り口の方へ。

そして折角掛けた内鍵を外して扉を開け放ち、現物を生で確認した後、わざわざ廊下に出たその状態でやらかしてくれた。

 

 

(わざと?!ねえ、わざと?!)

 

 

っ聞いてねーぞそんな話――!というやかましい絶叫は、私が立てた音より遙かに大きく、この東館全てに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのですね、敵呼んでどうするんですかっ!足音近づいてますけど!」

「いや、明らかに今のはお前が悪い。多少の前置きぐらいしたらどうだ」

「私は婉曲且つ柔らかに言いましたよ、汲み取ってくれなかったのは誰でしょうね?」

 

 

 

私がボンゴレに来てから共に武器を取って戦った、とはっきり言えるのは恭弥一人しかいないからだ。

幹部連中が使う武器などは情報として得てはいるが、それがいざ目の前に置かれたとして、その人物のものだときっぱり

言い切れるほど付き合いがある訳でもない。……まあ、改造トンファーを使う物好きなどそうそう居ないのだが。

 

しかし今はそれよりも近づく一人分の足音が気になって仕方がなかった。明らかに今の叫び声を聞きつけて来たのだろう。

そのしっかりとした足取りは、既に私達の居る大まかな位置を悟られていることを意味していた。

こちらが選ぶべき道は迎撃しかなく、当然、先刻は出来なかった情報収集のチャンスでもある。

 

Dr.シャマルは押し負けることすらないだろう。後は少なくとも私が、足手纏いにならないように気をつけるだけ。

動揺した自分を何とか抑えると、私は気を取り直して、今度こそしっかりとナイフを握り締めた。

 

 

 

「取り敢えず―――出ますか?少しでも移動しておかないと、その機械が見つかったら厄介でしょう」

「ん?別にいいんじゃねーの、ここで」

「はい……?でもここに屯ってたら、何か隠してるって公言してるようなものですよ?」

「来た野郎共を全員倒しちまえば問題ねーだろ」

 

 

 

へぇ、なるほど。やっぱりさっきの絶叫はわざとか。わざとなのか。

 

多分本気で驚いたことは確かだろうが、それにかこつけて囮になったと。……同伴者の同意も得ずに!

おまけにこの無性に殴りつけたくなる自信たっぷりの発言である。何人誘き寄せたところで決して揺るがない力。

 

 

 

「………そうですか。じゃ、頑張ってください」

「待て

「遠くから応援してますので。ええ、心の限り」

「てめ、逃がすか!一度依頼受けたら投げ出さないのが信条なんだろうが!」

「予期せぬ追加要素にまで責任は持てません!」

 

 

 

自分では勝てるかどうか分からない―――と、はっきり口に出すのは躊躇われた。あの三人組にさえ、遅れを取った私。

普通のマフィアにしては洗練されすぎた動きと、襲撃を悟らせないあの余裕っぷりは脅威ではある。

逃げられることなら必ず逃げて命を繋いできた私にとって、彼らと真正面から相対するには少し勇気が必要だった。

 

 

(………まあ、盾にしてもいいって話だったし?)

 

 

シャマルとの会話を自分に都合の良いように変換しつつ、正確に近づきつつある気配を探ってみる。

がしかし、上手く隠されているのか『こちらに向かっている』以外の情報を読み取ることは出来ない。

 

ただその足取りに一切迷いがないことから――――存在を確認でき次第殺せ、とでも言われているのだろう。

 

 

 

「正体不明の襲撃者にボンゴレまで。ここがマフィアに無関係な家だっていうの、嘘なんじゃないですか」

「富豪は富豪だが、妙な取引にも手を出してた様子はない上に、そもそも“こちら側”を忌み嫌ってる連中だぞ?」

「忌み嫌う……?でも現にマフィアがわらわら湧いてますけど?」

「だから俺に聞くな!―――っと、待てよ……」

 

 

 

ボンゴレが出て来たって事は、まさか。独り言のようにそう呟くなり、彼は入ってきた窓の外へと視線を投げた。

だが何の為に。無意識にだろう、ぽつりと零れた言葉に私は、何事か問いかけようとしていた口を静かに閉ざす。

 

 

 

自身が所属する組織と、未知の組織との対立。それにやむなく巻き込まれてしまった私と、Dr.シャマル。

存在を主張するかのように廊下に捨てられていた対のない武器。それを扱う幼馴染、雲雀恭弥。

 

 

足音はもうすぐ傍まで来ていた。襲撃者によってこの扉が開かれるまで、あと数秒――――。

 

 

 

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