いきなりだったから驚いただけなんで、……いえ、悪ノリしました調子に乗りました。

 

ごめんなさい謝りますだからその物騒なものを今すぐ下ろそう、ね?!

 

 

 

灰色の夢

 

 

 

気付いた、のは。やはり扉が開かれてからであり、私はそれを視認してから動いた。

その訪問者―――が、非常に珍しいことに扉を壊さず驚くほどの慎重さを見せたのが予想外で、だから出遅れた。

 

それでも間に合ったのは、こちらは彼を知っていても、彼が私達のことを知らなかったからだろう。

 

 

 

「――――ていっ!」

 

 

 

ばきり。ごん。ばたん。向こう側から痛そうな音が響くのにもどこ吹く風。

ゆっくりと、中を窺うように徐々に開かれていた扉を助走つき飛び蹴りで閉めた私は、にこりとシャマルを振り返る。

彼は私の笑顔に目を瞬かせた後、割と早く状況を理解して口元を盛大に引き攣らせた。

 

 

 

「なあ、……今の、敵じゃなかったっぽくね?」

「いえ、これはただの現実逃避です」

「……………………言葉もねぇよ……」

 

 

 

胸張って言うことじゃねーだろ、とあらぬ方向を見つめながら青褪める医者には何のフォローもしない。

私はただ黙って来た道を引き返し、窓枠に足をかける。足場よし、敵影なし、高度……少々難あり。

 

さてここで深呼吸をひとつ。以前ビルから飛び下りたときのアレは修理中で今回は持ってきていなかった。

だからきちんと受身をとらなければ死ぬな、と思いつつ、このまま留まっていても同じ道を辿る気もする。

シャマルを囮にすれば逃亡の時間は軽く稼げるだろう。帰って全部なかったことにして忘れてやろう。

 

……と考えを巡らせていたのが悪かったのか、我に返った依頼人にがしりと右腕を掴まれてしまった。

そのまま部屋の中央へと引きずり戻される。女好きを自称するくせにレディに対してどんな扱いだ。

 

 

 

「っ、だから逃げるな!信条はどうした!情報屋のプライドとやらは!」

「これは明らかに契約違反です!あんなの相手にするなんて聞いてませんよ!」

「俺ひとりに押し付ける気か、事態を悪化させといて!」

「私は全然何も知らずに連れてこられたんですけど?説明ならそちらの方がお得意でしょう、っDr.!」

 

 

 

叫ぶと同時に右腕を回し、一本背負いの要領で投げ飛ばそうとして―――足を払われる。

何とか持ちこたえたものの直ぐ左腕が狙われていると悟り、逆に肘を背後に叩き込んでやった。

油断していたのか何なのかもろに入った感触がして、逆にこっちが驚く。それでも手の力は緩まない。

 

埒が明かないと更に文句を続けようとした、私の、前方から、ぞっとするような殺気が噴き出して思わず硬直した。

暴れたせいか、それともシャマルが私を人身御供のように差し出そうとしたせいか、手が届くところに扉があって。

人ひとり通れる程度に開いた扉に立つ、男。その額が薄っすらと赤くなっているのが見て取れる。

 

これは、まずい。非常にまずい。まずいどころの騒ぎではない。

 

背中にはシャマルが、右腕は拘束済み、両足は痺れ、唯一自由に動くとすれば、この力が入らない左腕のみ。

 

 

 

「………………君、一体……」

 

 

 

何してるの、という言葉を聞くや否や、再びこの幻覚を視界から追い出そうと速攻で扉を閉め――――られなかった。

分かり切ったことだったが、案の定と言わせて貰おう。隙間を支えるように真新しい輝きを放つ漆黒の武器が覗いていた。

私は即座に閉めることを諦め、速攻で左手を放した。今の自分に彼の攻撃を受け止める力はない。

 

そして目の前で武器を構える人物―――そう、私の幼馴染はといえば。

 

 

 

「だから、ここで何してるのかって聞いてるんだけど?」

 

 

 

不思議にもまず困惑を強く滲ませた口調で、先程と全く同じ問い掛けを繰り返してきた。

こちらを見据える彼の訝しげな視線。無論その裏に込められた怒気に気付かないほど鈍感にはなれなかったが。

 

しかし私はここで軽く首を傾げた。何だろう、この違和感は。――――何と表現すればいいものか。

敢えて言うなら、どうにも先程から恭弥は私しか見ていないように思うのだが。その問い掛けもまた。

後ろに居るシャマルには視線すら寄越していない。まるで、最初からそこに居ることを知っていたかのような。

 

私だけが異物であるとでも言いたげな表情に、例の三人組のことも相まって私の機嫌は急降下した。

とはいえそこはそれ、疑問は即効で解消すべしと遠慮なく口を開いたところで、背後から響いた声がそれを遮る。

 

 

 

「おう恭弥、奇遇だな。物騒なもん構えやがって、食後の運動か?」

「……。君には聞いてな――――」

「見て分からねーか。デートだよデート」

 

 

 

耳の後ろでへらりと笑ったシャマルが、右腕を掴んでいた手をすすすと動かして、私の肩を抱きしめる。

 

誤魔化したな、と、思った。それは間違いなく、“マフィア”から“患者”のことを隠す態度だった。

患者のことを隠す以上、私をここに連れて来た理由を話したくないのだろう。まあ、それはいい。

ただ、タイミングが偶然なのかどうか――――同時に私自身への牽制だったと思うのは、穿ちすぎだろうか。

 

 

(余計なことは言うな、って?)

 

 

シャマルがわざわざボンゴレを敵に回すとは思えないが、詳しい事情を知る立場にない私は敢えてコメントを控えておく。

恭弥が何の為にここに来て、尚且つどんな理由で襲撃者と相対しているかを知らない以上は動くことができない。

一応依頼を受けた身である私は、どんなに忌々しかろうとシャマルの意向にそって仕事を果たすだけ。

 

その代わりにと、肩に馴れ馴れしく、というかわざとらしく置かれた手の甲を申し訳程度に抓ってやったが。

 

 

 

「は、とんだランデブーですけどね!」

 

 

 

銃弾と爆風のオプション付きで本当に豪華ですよね、と嫌味を付け加えつつ。

つまりはシャマルの仕掛けた芝居に乗ったわけである。冗談………悪ふざけの意味も込めて。

 

ここで私が失念していたのは、今日この場で着ていた服が、一般人的なものだったこと。

分かりやすく言えば、仕事中には到底着そうにない類の比較的可愛らしい服を選んで来たわけである。

まるで本当にデートしているとも思えなくない――――いや、この状況でそう信じること自体おかしいのだが。

 

 

 

「……珍しく有給取ったと思えば、コレと、ね」

「有給は労働者の権利でしょうが。使って何が悪いのよ」

「お前今俺をコレ呼ばわりしただろ、もあっさり流すな!年上への配慮ってもんが」

「そんなことどうでもいいですから早く放してください」

「そんなこ……っ、………い、いや、断る」

「はい?!」

 

 

 

当初より密着した身体が不自由でそう願う。が、それ以上に強く引っ張られて今度は左腕を拘束されてしまった。

抱き込まれたことに少し混乱して声を上げると、耳元で、お前にはあれが目に入らないのか、と囁かれる。

 

うん、音は聞こえていたんだ。金属音とか金属音とか金属音とか。あと、周囲に漂う嫌な空気が濃くなったな、とか。

 

 

 

「とりあえず、咬み殺してあげるよ」

「何その無駄にいい笑顔!凶悪なまでに似合ってないし!」

 

 

 

爽やかとは絶対に言えないが、びっくりするくらい楽しそうな笑顔で恭弥は武器を真っ直ぐこちらへ構えた。

初撃は避けられない、絶体絶命とはこのこと―――。そんな一方的な空気を、あっさりと崩したのは。

 

 

 

「いやはや、まるで修羅場ですねぇ。見ている分には大変楽しいですが」

 

 

 

こんこん、と開いたままの扉を上品にノックして、爆笑寸前といった様子で肩を震わせ首を傾げる――――

 

 

 

「っ出たな、チョコレート魔人!」

「クフフ、せめて大魔王にしてくれませんか」

 

 

 

恭弥と違って、いつでもノリのいい六道骸の姿だった。

 

 

 

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