何も知らない。何も分からない。誰も、教えてはくれない。

 

 

 

灰色の夢

 

 

 

私はマフィアに属している。そして情報屋『Xi』は暫く休業、と宣言したのはついこの間のこと。

それ故にシャマルから受けた依頼は、『Xi』ではなく『』個人で受けたものであり。

よって、“依頼人には従う”以前の問題として――――私はボンゴレファミリーのことを忘れてはならなかった。

 

どちらかを選べと言われた場合には、やはり、所属する組織を優先するべきなのだろう。

 

 

だがしかし。

 

 

 

「なるほど。見慣れない格好をしていると思えば、デートとは。お邪魔でしたか?」

「………………」

 

 

 

反応を返すな。返したら負けだ。何度も自分に言い聞かせて、私は終始沈黙を保つ。

後ろから拘束されている現状は変わらないため、睨んだところで全く迫力がないのは彼の表情を見ても明らかだ。

不自然なほど自然な笑顔で、彼――六道骸は私ともう一人分の殺気をするりと受け流してしまう。

 

そう、忘れてはいけないことはもうひとつあった。骸が現れた時点で扉から距離を取った恭弥のことである。

彼は今部屋の隅に陣取り、構えてはいないものの武器をしっかりと握ったまま、いつでも動けるよう戦闘態勢だった。

びしばしと私に視線が刺さることを考えると、これ以上戯けた会話は続けたくないのだが―――。

 

 

 

「こうして見ると、まるで僕達が囚われの姫君を助けに来た気分になりますね」

「っ気色の悪いこと言わないでください!おぞましい!」

「何を仰いますか。大変お似合いですよ、その姿」

 

 

 

可愛らしくて、ね。にっこりとそう付け加えて笑う骸の肩は、未だ僅かに震えている。

馬鹿にされているのは考えなくても分かった。今の自分達がどれだけ滑稽に見えるかなんてことも。

 

それを一番助長させているだろうシャマルはあれから何の反応もせず、黙ったままだ。

いつまでもこうやって四人顔を突き合わせている場合ではない。敵がいるとなれば尚更、急がなければ。

このまま私を盾にし続けていれば全てが解決するとでも思っているのだろうか、そんな都合のいいこと、

 

 

 

「―――

「何でしょう雲雀さん」

「ふざけたら咬み殺すよ」

「至って真面目ですとも、恭弥君」

「………」

 

 

 

視線を交わさないまま会話する私達をよそに、場外からクハハハハ!などという奇妙な声が聞こえたが気にしない。

何がどうツボったのか非常に不思議ではあるが、当然、つっこんだら負けだと思い無視しておく。

 

長身をくの字に折って笑い出した骸から視線を外し、漸く恭弥へと身体を向けた―――いや、顔だけしか向かなかったが。

途端、強い視線に貫かれて、笑って誤魔化そうとした私は何も出来なくなり唾を飲み込んだ。

 

 

(……わあ。怒ってる)

 

 

最後に見たあの戸惑いが色濃く出ていた表情は消え去り、じっと据わった目でこちらを見やる、幼馴染。

 

 

 

「で?なんで君がここに居るのさ」

「Dr.シャマルの付き合いで。ここに来るのは正真正銘初めてだけど」

「付き合い?……それ、どういう意味」

「それは個人的な理由で――――」

 

 

 

報酬に対する仕事だから、と真実を言うのは簡単だった。それでも、じゃあその報酬とは、と聞かれては困る。

本人が居る前で『六道骸の情報を集めてました』なんて言えるほどの度胸はないし、そこまで無神経でもない。

例えそれが好奇心からなどではなく、存在し得る危険から自分の命を守るという大義名分があってもだ。

 

自身の情報を探られるということは最悪に嫌なことで、その内容が悲惨であればあるほど、不快感は増す。

訊かなければ良かった、とは思わない。私には情報が全て。情報だけが、私を守る。

だからといってそれを触れ回るのはやはり違うと思うのだ。隠し通すべきだと、思うから。

 

 

……と、こういった事情を全く、全然、これっぽっちも汲み取ってくれないのが雲雀恭弥という人間だった。

遠まわしに言葉を濁した直後、ひゅん、と鋭く風を切る音が聞こえて―――

 

 

 

「ああそう。じゃあ、利き腕とそうじゃない方、どっちがいい?」

「え、選んだら折るとか、そういう?」

「折って欲しいの?へえ、君ってそんな趣味があったんだ」

「―――…っ……!」

 

 

 

この野郎。今の流れでそう思わない人間がいたら連れて来い。というか、絶対何かやるつもりだったろう。

実際行動に移すかどうかは別として、奴は確かに本気だった。言え、そうでなければ、と。

 

 

 

「まあ、ちょうど医者も居るしね」

「折る気満々でしょうがっ!」

 

 

 

人の趣味じゃなくて自分の趣味だろう、といらぬ方面のアフターケア万全といった恭弥をねめつける。

第一、そんな心配して貰わなくても既に左腕があなたにやられていますが?と叫びたくて仕方がなかった。

しかしここで更に話を脱線させる訳にはいかないと、深呼吸して心を落ち着け、己の思考を整理する。

タイミング良く再び骸の笑い声が響き、恭弥の意識がそちらに逸れたのも幸いした。

 

 

 

 

言わなきゃ折る、という態度の半分――いや、強いて言えば三分の一程度が冗談だったとして。

そこまでして聞き出す義務があるとも思えないし、私がいることでボンゴレに被害が出るかといえば、そうではない。

彼らは仕事で、そして私は、一応プライベートで来ている。シャマルはどうか知らないが。

 

今までの道のりで見てきた屋敷の惨状を思い返せば、二人の仕事は恐らく“殲滅”か、それに準ずるもの。

私が意識して彼らの邪魔をしない限り、問題はないはずだ。ここで別れてしまっても、いい。

 

 

 

「それとも何か、知られたくないことでもあるの?だったら速攻で帰るわ。ええ喜んで」

「………不思議なことを言いますね、あなたは」

 

 

 

余計なことに首を突っ込むのは御免だしね、と独り言のように付け加えると、今度は骸が声を上げた。

笑いの衝動からは何とか逃れられたらしい。平常に戻った彼は、普段通りの胡散臭さを纏って、緩く笑う。

 

 

 

「情報屋、なんでしょう?」

「でも基本マフィアのことに興味はありませんから。その必要があれば、調べますけど」

「必要―――ですか」

「ボンゴレが今どこと敵対しているかなんて、どうでもいいことです」

「…………」

 

 

 

それが私の命に関わらないのならば。それが、ハルの行く手を阻んだりしない限りは。

この屋敷に今も残っているだろう敵が、何者であっても構わない。知るなと言われればそうしてもいい。

 

ただ唯一気になるのは、『病院』で眠り続けているという男性だった。シャマルが何故、私に会ってほしいと言ったのか。

彼はその事について何も語らない。男性とどんな間柄であるかを説明してくれただけだった。

 

 

……待てよ。最初、彼が居るのを知っている素振りを見せた二人なら、何か情報を持っているだろうか?

一か八か。後ろの医者が子泣き爺よろしく張り付いて何も言わないのが悪いと、問う意志をもって息を吸う。

 

まるで、私がそうすることをずっと前から知っていたような。まさにその瞬間、低い男の声が、静かに落ちる。

 

 

 

「………お前ら、俺を利用しただろう」

 

 

 

宥めるよう頭に置かれた手。―――黙っていろと、言われた気がした。

 

 

 

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