目を閉じても無意味なもの。

 

強制的に――――絶対的に、抗えない力で与えられるもの。

 

 

 

灰色の夢

 

 

 

降り注ぐガラスの破片から身を守るよう床に伏せた。音が収まった後直ぐに身を起こす。

追撃の気配がないことに一度息を吐き、そのまま髪の毛に絡まった小さな欠片をある程度振って落とした。

見事に粉々になった窓、綺麗に楕円を描いてくり抜かれた壁、けれども焼け焦げた跡は見つからない。

 

爆発物を投げられた、というよりはきっと……そう、私の知らない域で扱われる力によるもの、と言うべきなのだろう。

ボンゴレに守護者と呼ばれる連中が居るように。襲撃者もまた、それと同じような何か―――。

 

 

 

「っち、お前ら、撒いてこなかったのかよ!」

「ええまあ。その必要性を全く感じなかったので」

「君が余計なの連れて来なかったら問題なかったんじゃないの?」

「……………」

 

 

 

そもそも巻き込むつもりでいたのなら、そりゃもうシャマルの心配などする訳がない。あの雲雀恭弥が、だ。

最もそれは、彼の実力を信用しているからと言い換えることが出来る。………私とは、違って。

失礼な、とここで喚けるほど子供ではなかったし、恭弥を詰れるほどの力を持ち合わせてもいなかった。

 

あえて反論を控え、ひとつ溜息を吐いてから、身体にこびりついた破片を振り払う。

幻覚として現れた綱吉の言を思い返せば、今仕掛けてきた連中のことを推察するのは容易い。

 

雲雀恭弥と六道骸。そしてDr.シャマルの存在。

任務の内容は彼らの殲滅だったとして、なぜ守護者“ふたり”に任せる必要があったのか。

なぜ、わざわざDr.シャマルに共闘を要請しなければならなかったのか。

 

 

(………ああ、苛々する)

 

 

三人の邪魔になること。それを恐れず立ち向かえるほどの勇気はない。その実力も。

こういった連中を相手にして私に出来るのは、無傷で逃げ出すことくらいだ。

 

下がっていろ―――などと頭に来るような台詞を聞く前に、私は自分から早々に距離を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーくそ、しょうがねぇな。加勢してやる!」

 

 

 

床に伏せた際打ったのだろう腕をさすりながら、Dr.シャマルが言う。

その傍をすり抜けるように、面倒臭そうな素振りを見せながらもは部屋の隅へと移動した。

 

 

 

「っと、は……」

「私はもちろん後方支援で。あ、頑張ってくださいね。応援してます」

「盾にしますとしか聞こえねぇぞ、あぁ?!」

「えー、被害妄想ですよ?」

 

 

 

前線には出ない、隣で戦ったりはしない、でも自分の身は自分で守る、だから文句は言わせない。

そのきっぱりとした態度が、今の状況では紛うことなく正しいと理解していても何故か酷く癪に障った。

聞き分けがよすぎる。……ふと、そう思う。雲雀はどうにもさっきから違和感が拭えなかった。

 

 

彼がこの屋敷に眠り続けている“患者”とやらの治療に来たことは沢田綱吉から聞いている――――けれども。

を連れてきた意味、治療に役立つという言葉、………先程の奇妙なやりとり。

彼女の様子がおかしいことは分かっているのに、決定的な何かを掴み取ることが出来ない。

 

 

 

「おや……数が増えているようですね。増援を呼ばれましたか」

 

 

 

シャマルと言い合うその背中を何となしに眺めていると、視界の隅で骸が目を細めて笑う。

今更やって来た増援など当然何の脅威にもなりはしない。それはお互い分かりきったことだった。

 

―――問題は別にある。襲撃者の中にちらほら紛れている、能力者の存在――――。

 

今回限りと願いたい己のパートナーは、表情こそ笑顔だったが、その瞳は冷めた光を帯びている。

 

 

 

「とにかく、一気に終わらせるべきでしょう」

「僕の邪魔をしないでくれればそれでいいよ」

「いやはや、それはこちらの台詞なんですけれど、ね」

「は、どうだか」

 

 

 

自分が出る戦闘で幻術を使われることは非常に不愉快だったが、この際仕方ないと譲歩して骸の行動を黙認する。

雲雀は増援に紛れているだろう能力者を見逃さないよう、愛用の武器を構えなおした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数秒だけ、目を閉じる。準備万端といった三人の様子に、改めて自分の出番は無いのだろうと思えた。

動き回るよりは数段楽だろうとその姿を眺めていると、シャマルではなく、恭弥でもなく、骸が徐に動き出す。

 

それに合わせて一応私も申し訳程度に武器を構えた、その瞬間、…………突如空気の流れが止まった。

 

 

 

異様な圧力が六道骸中心に広がっていく。部屋を突き抜け、屋敷ごと全て飲み込むかのように。

幻覚だ。そう頭が理解するより先に、凄まじい熱気が全身を包む。床が私達の立つ場所だけを残して崩れていく。

ずくり、と頭の中で何かが軋んだ。痛みではない、けれど、もっと重く深く、抉られるように。

 

今まで二度見せられたそれらとはまるで比べものにならない、暴力そのものと言うべき“幻覚”。

飛び散る溶岩の破片、ある者は煉獄の海に落ちてのたうち回り、またある者は炎を纏った岩石に押し潰される。

視界一杯に広がる惨劇に、幻だと分かっていてさえ戦慄した。残忍で冷酷で、一片の容赦もない――――。

 

 

(……………え?)

 

 

ふと奇妙な違和感を覚えて、私は何度か目を瞬かせる。何がどう、と断言できなかったが、何かがおかしい。

六道骸が攻撃を仕掛けているのが連中だけという証拠に、私達の周囲は酷く静かだった。

もがき苦しむ敵を他人事のように眺められるくらいには。耳に届く苦悶に満ちた声も、どこか遠い。

 

では何が変なのだろう。単に幻術という技に慣れていないだけ?シャマルも恭弥も平然としている。

私だけがおかしい。私だけがどこかずれている。私だけがここに居るべきではなかった。そう、全て私だけ。

 

ぐるぐると廻る思考は、何の答えも見出せないまま、どんどん奇妙な方向に転がり落ちていく。

 

 

(……熱、い………)

 

 

こめかみからすっと汗が流れた。この熱も錯覚だというのに、息苦しくて本当に眩暈がしそうだ。

視界が揺らいだような気がして固く目を閉じる。けれどやはりその光景も熱も消えず逃げられはしない。

 

 

 

『――――堕ちろ。そして巡れ』

 

 

 

遥か上の高みから落とされたような声が、頭の中で反響し広がって私の全てを侵食していく。

逃げろ、違う私は攻撃対象じゃない、逃げなければ、早く、胸が苦しい、どうして、ああ、 あ つ い …!

 

 

 

「……、…………っ……!!」

 

 

 

悲鳴をわざわざかみ殺さなければならないほどの、衝撃だった。むしろ絶叫だったのかもしれない。

せめて彼の攻撃が終わるまではと必死で堪えた。その姿がどんなに無様で滑稽だろうと構わなかった。

がくがく震える両腕で何とか口を押さえ、けれども足も震えだしてしまってはその場に崩れ落ちるしかなくて。

 

物音にか振り向いた彼らの顔が驚愕に彩られていくのが見えた。しかし応える余裕などどこにもない。

膝を折って口元を覆い、その上目を塞いでも何も変わらず、凄惨な光景と熱は私を苛み続ける。

 

現実とは思えない異様な風景は、当然のことながら、真実そこに存在しているわけではない。

物理的に視界を閉ざしても逃れられないのは、幻術が、そもそも目ではなく脳に直接働きかけるものだからだ。

 

 

(………脳……。ああ、そうか……そう、だったんだ……)

 

 

分かった。分かって、しまった。私が六道骸に会う度に起こっていた症状。刺すような痛みと、吐き気にも似た気持ち悪さ。

 

ああ、やっと分かった……。……あれは“幻術”そのものに対する、私の身体の、悲鳴、だったのか―――――。

 

 

 

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