それぞれの思惑。それぞれの目的。
交わり重なったその先に、待っている真実は。
灰色の夢
をあちら側に放り込んでからロックを掛けなおしておいたのを解除する為、シャマルは床の機械をいじる。
移動手段は骸に任せたところで、雲雀と共にの元へ向かうことにしたのだ。
彼女はもう彼の居る部屋へたどり着いただろうか?……廊下でぶっ倒れてなきゃいいんだが。
とその時、半開きの扉の側に立つ雲雀からあまりにも懐かしく、そして場違いなメロディが流れてきて思わず脱力した。
(並盛中の校歌かよ!……びびったじゃねぇか)
全く表情を変えることなく応答する様子に、改めて読めない奴だと感じる。妙なところで変に拘るからな、こいつは。
話の雰囲気からするに骸だろうと見当をつけたシャマルは、解除し終えてから、そのまま携帯を寄越せと手を振る。
「…………なに?」
「まあまあ。いいから貸せって」
それはほんの思いつきだった。勿論自分でやってもいいのだが、例の患者やに時間を割きたい。
連中が情報を持っているだろうことは最初に確認済みだったし、ボンゴレとしても逃す手はないだろうと思ったからだ。
「あー骸か。今どこだ?」
『Dr.シャマル……今は正門に居ますが、何か?』
「わりーんだが、地下に三人ほどちょい転がしてある。そいつら拾っといてくれるか」
『……………。あなたに使われる覚えは一切ないんですが』
「馬鹿言え。れっきとしたお願いだろーが」
『……ふう。仕方がありませんね……』
渋々、どころではない不機嫌な色を全く隠そうともせず、しかし事態の重要さは分かっているのだろう。
骸は了承の意味を込めた返事をすると、早々に会話を切り上げて電話を切った。
これであいつが起きたら何がどう困るのかを聞き出すことが出来れば、今後の対処が格段に楽になる。
(しっかし、マフィアと関わりがあったなんて本気で初耳なんだが……)
通話を終えてからほんの十数秒、携帯を握ったままそう思案していると、手の中からそれをもぎ取るように奪われた。
「っと、雲雀、助かったぜ」
「…………………」
「な、何だ?」
「………………べつに」
無言のまま温度のない視線を向けられる意味が分からない。携帯ならちゃんと許可取ったよな、と一瞬焦った。
だが彼は直ぐに視線を逸らすと、少し前にが通った、特殊技術で隠されていた通路へと歩き出す。
「あっ待て!お前病室の場所知らねえだろ!」
雲雀の行動を暫し呆然と見送った後、シャマルははっとしてその背中を追いかけた。
白く長い廊下を進みつつ、最後の治療をしてからもう数年は経つのだろうかと考える。
あの時の自分にはどうしようもなかった。そして、恐らくは他の誰でも。それだけの自負は持っている。
だが今シャマルが患者との共通点としている彼女の医療データは、治療の糸口と断定するには些か検証が足りない。
かといって彼女自身でどうこうするのは主義に反するし、そもそも許される訳がない。むしろ殺される。
(……さぁて。どうするか)
が自分の症状に心当たりがある、と雲雀に言ったのは、実はただの勘であり、ある意味はったりだった。
全く身に覚えがないにしては然程動揺していないように見えたという、本当にそれだけのこと。
実際意識していたかどうかは知らないが、あの時あの瞬間、彼女は全てを隠そうとした、と思う。
声を抑え、自ら膝を折ることで倒れることを防いだ。そこにこちらが気付くまでの数秒のタイムラグが発生する。
だから結局骸の攻撃は最後まで止まらなかった。止められなかったと、言うべきなのかもしれない。
それが骸の邪魔にならないようにという判断だったのなら、あまりにも冷静すぎはしないだろうか。
平常さを欠いて尚、今まで受けたことのない『幻覚』という環境に置かれた無知な人間が取れる行動には思えない。
あの時点では珍しくも酷く動揺していたはずなのだ。そう、他でもないシャマルの発言によって。
咄嗟の判断が示すことは大きい。は基本自分を語ることを拒むが、きっとどこかに嘘がある。
(ちと、きな臭ぇな……)
右目のことを口にした時の、彼女のあの態度。弱点をばらされるからというレベルの反応ではなかった。
もっとどこか深い、それこそ命を懸けて隠し通すとても言いたげな、訳の分からない激しさがある。
。情報屋『Xi』。時折こちらが気圧されるほどに成長したあのボスに対してさえ、彼女は駆け引きを恐れない。
だがしかし、唯一、彼女がそこまで強くは出られない例外的人物―――――雲雀恭弥。
その彼が「彼女は何かを知っている」と頭の隅でもいいから思うことは、シャマルにとって都合のいい手だった。
そう、これも彼女から何某かの情報を得る為の作戦である。最初から全てを知ろうなどと思ってはいけない。
ほんの小さな綻びで構わない。のような人間にとっては、そういった細かい瑕こそが致命傷になり得るのだから。
(あいつは治す。も治す。……それが俺の仕事だ)
意味もなく治すことを拒むようなら、容赦はしねえ。内心そう呟いて、シャマルは目的の扉の前で立ち止まる。
「お、中に居るじゃねぇか。感心感心」
「……なに?ここに行くよう言ったんじゃないの?」
「ん?あ、ああ、まあそういうことだがな」
あっぶねぇええ!思わず心の中で叫んだ。そういやを投げ飛ばした瞬間は見てないんだったな、こいつ。
つか見てないからこその態度か。これはまずい。何か不審に思ったのか、不穏な空気が背後から漂ってくる。
どうにかして誤魔化さなければと焦るシャマルには、再び突如流れたその平凡で脳天気なメロディが天の助けに聞こえた。
「はい―――どうしたの。……え?」
「…………?」
「そう。……まだ。……うるさい、言われなくても分かってるよ」
着信の相手はやはり骸だったか。と思うと同時に、ぴりりと空気が張り詰めたのを肌で感じ取る。何があった?
苛立った様子で半ば強制的に通話を終えた雲雀は、閉じた携帯を口元に当て、思案するような風でシャマルを見やった。
「君がさっきアレに頼んでた三人、……どうやら既に殺されてるそうだけど?」
「あぁ?!……って、マジ、かよ……」
当然ながら、彼らに施した“病気”は対象を直接死に至らしめるものではない。放置して餓死はあってもだ。
そして死んでいる、ではなく殺されているという表現から、第三者が手を下したと思うのが自然。
「仲間割れか…あるいは、口封じか?」
後から来た増援隊にやられたのだろうか。もしくは近くに仲間が待機していたのかもしれない。
確かにあの状態で転がっているのを見れば、敵に回収されることを恐れて殺してしまうのが一番楽な対処だ。
折角こちらの本題そのものに言及した、口の軽い連中だったのに。尋問出来ればさぞ容易く喋ってくれただろう。
「ま、能力者の方が地位は上だろうしな……」
「何でもいいから、そこ、さっさと開けなよ」
「はは、お前こんなのも開けられな……がはっ!」
「――――咬み殺す」
「だ、っから、しっかり殴ってから言うなっての!」