命が潰えるまで眠り続ける、人、人、人。

 

そして目覚めるべくして目覚めた、自分。

 

 

 

灰色の夢

 

 

 

―――やはりまだ早かったか。原因は何だ?

身体が成長しきっていないと薬の作用する場所が違うのでは。あるいは、そもそもこれの体質が―――

 

様々な言葉が投げ掛けられる中で、片方の視界を失った私は身動きひとつせず、何も見ようとはしなかった。

……いや、ひとりだけ。地位が低い為か部屋の隅で静かに立っている青年。私はあいつだけに意識を向けていた。

 

イタリアに連れて来られてからいつでも傍にいて、私の監視という雑用を押し付けられていた、彼。どうしてだろう。

生まれてこの方他人の心など読めた試しがないというのに、そいつが今考えていることは手に取るように分かる。

 

 

技術者―――と名乗っている彼らの推測は、恐らく何ひとつとして正しいものはない。

真実を知っているのは私と、哀れむような目でこちらを見ている彼だけだった。哀れみ、同情、それに付随する何か。

その奥深くに彼自身でさえも自覚しているかどうかは分からない慈しみの色を見出してしまい、私は強く目を閉じた。

 

 

 

馬鹿な人。眠る前、私に触れた彼の手は驚くほどに震えていた。……偽善だ。

同じその手で私の両親を、もっと多くの人達を“死なない”よう管理しているくせに。

 

本当に馬鹿な人。こうやって目覚めてしまった私がどうするか、なんて。分からない筈はないだろうに。

分からないなんて言わせるものか。そして分かっていて尚――――そうしたというのなら、やはり偽善だ。

 

 

(それとも、出来る筈がないって思ってる?)

 

 

出来る。出来るよ。私はそんな状態を『生きている』とは認めない。絶対に。

閉じた瞼の下でじわりと液体がせり上がってくるのを、何とか堪えた。技術者達の無粋な会話が遠くに聞こえる。

 

ああ。こんな思いをする位なら、目覚めなければよかった。

こんな選択をするくらいなら、あんなことを問わなければよかった。

そして彼も答えるべきではなかったのだ。私の両親を含んだ、彼らは、もう二度と目覚めない―――などとは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………っ!」

 

 

 

がくんと全身がぶれて我に返った。何度か瞬きをして硬直した身体を少しずつ解いていく。

少し経った後、どこからか奇妙なメロディが聞こえてきた。明らかに場違いでどこかのっぺりとした音楽だった。

何?!と混乱すること数秒、扉の向こうに慣れた気配を感じて、私は瞬時に飛び起きた。

 

意識を……失っていた?あるいは眠っていたのだろうか?

部屋に入ってからの記憶が曖昧だったが、酷く懐かしい夢を見ていた気がする。

とにかく、彼らがここに来たということは全て終わったということだろう。早く状況を確認しなければ。

 

床に落ちていたナイフと携帯を拾って――――ふと、携帯のディスプレイに不在着信の文字を見て取る。

 

 

 

「え、……っハル?」

 

 

 

その相手にも驚いたが、それよりもこの私が電話に気付かなかったことが衝撃だった。

 

私が右目を失ってから………脳に障害を持ってから、自分でも気持ち悪い位に電波を感知してきた。

眠っていてさえ、である。これもDr.シャマルに知られた異常さの一種かもしれない。

個人的にはもの凄く役に立っていたので歓迎こそすれ、厭うことは殆どなかった。その特技を、失った?

 

 

 

「……って、いやいや。さっきのは電話でしょうが」

 

 

 

もちろん扉を挟んだ向こうの会話の内容など聞こえないが、声がしている以上電話している可能性は高い。

先程の妙な音楽は着信メロディ……だと思っておこう。うん。

じゃあどうして今は気付いて、ハルからの電話には気付けなかったのだろう。そう考えて、すぐ見当が付いた。

 

自分にとってあまりにも自然すぎて気付かなかったこと。十年間ずっとそうだったこと。

 

 

――――右目に暗闇が戻っている。ノイズもない。

 

 

と同時に、楽になってきてはいたが、あれだけ酷かった頭痛と吐き気が綺麗さっぱり消えているのが分かった。

すっきり爽快、少しだるさは残るものの体調はいたって良好。やはり幻覚の有効範囲から抜け出したのが良かったのか。

 

 

 

「右目が見えてると、こっちは無理ってこと……」

 

 

 

携帯にハルからのメッセージが残されているのを確認して再生の手順を取りながら、自分の身体のことを思う。

今までのことを纏めると、やはり原因は幻覚ということで間違いはないだろう。

そして右目が見える状態だと、私にとってデメリットが非常に大きいことも分かった。

 

克服…出来るようには思えないし、その必要性も感じない。今の方がこの世界で生きていきやすい。

当面の対処としては、六道骸を含めた幻術使いに近づかないことが一番のような気がする。

 

 

(あまり知られないようにしないと……とはいえ恭弥とかシャマルとか、そもそも六道骸本人にだって既にばれてるし)

 

 

言い触らしたりしないだろうことは分かっている。ただ、この中で最も厄介なのはシャマルだろうという予感はあった。

彼に個人ではなく医者として動かれると、こちらとしても強く反発はしにくい。

そうでなくても彼の本来の目的は、目の前にいる”患者”の治療である。それに協力しようものなら、いつか私は―――?

 

 

駄目だ、どうしても思考が止まる。私には、選べないことが多すぎた。

誰かを犠牲にしてでも譲れないものがあって、それは例えこの罪のない一般人であっても変わらない。

何も語らず静かに眠る青年を見ながら、そんな残酷なことを、思った。

 

 

 

 

こんなの、治るわけがない。頭の隅で声がする。あいつがそう言ったんだから。他でもないあいつが。

『もう二度と目覚めない、命潰えるまで』―――。果たしてそれは生きていると言えるのか?

身体だけ無理矢理生かされているだけだ、搾取され続ける為に。だからあの時切り捨てて来たんじゃないか。

生命維持装置を止めて、死体を残したくなくて全てを焼いて。連れては行かなかった、行けなかった、子供だったから。

 

そうして自分だけ逃げ出して結局は今も尚生き続けている。生き残れるなんて思わなかったけど。

 

 

(別に、後悔なんてしてない)

 

 

例え今あの時に戻れたとしても、私は同じことを繰り返すだろう。

それが私に出来る最善のことだったと今でも強く思う。それ故に、彼が治ることなどあり得ないと確信している。

Dr.シャマルには悪いけれど、でも事実は事実。どんなに願っても覆すことの出来ない現実なのだ。

 

……とりあえず私が今考えるべきなのは、襲撃者の方だった。彼が起きると困ると言った、マフィア。

十年前私が潰したフィオリスタファミリーは、やっていることと裏腹にマフィアとしては格下だった。

察するに彼らはただの実行部隊であって、その裏で全てを管理していた誰かが居るということ。

しかしそれは、私では到底手の届かないほど強大な組織なのだろうと理解している。

 

なぜなら、フィオリスタと関わりがあっただろうマフィアを過去何度も調査しても手掛かり一つ見つからなかったからだ。

そう、見事なまでに痕跡が残っていなかった。名前も構成も何もかも分からない。そもそも、存在するのかどうかさえ。

ボンゴレをも一時疑ったことはいい思い出ではある。それがこんな所で糸口が転がり込んできた。

 

慎重に動かなければならない上に、どう考えてもボンゴレに所属しながら本格的に調査するのは難しい。

ボスには何かと色々反発しているが、迷惑を掛けるようなつもりは毛頭ないのだ。ボンゴレに居る間は、絶対に。

 

 

 

 

 

手の中の携帯から、機械的なアナウンスが流れる。メッセージは一件です。

 

 

 

『ハルです。………さん、時間があったら、…………連絡ください』

 

 

 

携帯の留守電サービスには、彼女らしくない呟きような声量で、そんな言葉が残されていた。

内容にしても本当にシンプルなそれは、そのシンプルさゆえになぜか酷く胸騒ぎがする。

最近疲れているようにも見えた、仕事が辛いからかと何も言わずに見守ってきたが、何があったのだろう。

 

 

 

 

 

ああ、早くどちらかを選ばなければ。どちらかを、切り捨てなければ。

 

決断を迷えば迷うほど動けなくなっていくのは分かっているのに、私はどうしても結論が出せなかった。

 

 

 

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