敵は誰だ。目的は何だ。

 

 

 

灰色の夢

 

 

 

ボンゴレ系列、というだけあって設備のレベルが高い建物。掃除が行き届いているくせに、スタッフそのものは数が少ない。

シャマルは改めて患者のデータを取り直し、が少しでも納得する治療計画を立てる為デスクワークに勤しんでいる最中だった。

 

一番手っとり早いのは、彼女が右目の視力―――いわば脳の機能を失った状況がどんなものだったのかを聞き出すことである。

だが今の段階ではかなり絶望的であり、無理に聞き出そうとすればする程むしろ更なる拒絶を生み出すだけだろう。

或いはもう一度、今度は彼女の脳を中心とした詳細なデータを取らせて貰えるなら、また別のアプローチが出来るかもしれない―――。

 

そんなことをつらつら考えていると、突然部屋に取り付けられた電話が小さな電子音を立てた。

連絡は携帯ではなく備え付けのもので、と言ったのは他でもない骸である。今掛けてくるとすれば彼しかいない。

だが当初予定していた時間よりも大幅に早かった。まさか、………やりすぎて死んだなんてことは………。

 

些か失礼なことを考えている自覚はあったが、雲雀と違って骸はどういうやり方でするのか想像しにくいところがある。

医者として複雑な気持ちを抱えつつ、ペンを置いて立ち上がり、シャマルは鳴り続ける電話を手に取った。

 

 

 

「どうした、骸。何か用か?」

『ええ。少し確かめたいことがあるので、一度こちらに来て頂けますか』

「………?そりゃ、構わねぇけどよ」

 

 

 

何かあったのか、と問う前にぷつりと通話が切られてしまい、シャマルは思わず手の中の受話器を見やる。

慇懃無礼という意味も多大に含めていつも紳士然とした様相を崩さない骸には、この一連の態度はそれなりに珍しいことだと言えた。

彼は今、捕縛したリーダー格の男への尋問真っ最中の筈である。さてはそのやりとりの中で気になることでもあったのか。

 

とにかく、こちらに来てくれという骸の要請に従ってシャマルは部屋を出て、地下に向かう。

に協力して貰うための治療計画を考えるのは、これからでも十分問題はないはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狭い部屋の中央、後ろ手に拘束された男が椅子に座っている。その瞳はどんよりと濁り生気がない。

しかし意識ははっきりしているのか、扉を閉じた音に反応して視線をこちらに寄越した。僅かに目が眇められたような気がする。

その顔には酷い青痣が出来ているが、それは屋敷での戦闘の際受けた傷だろう。……特に血の臭いもしないのが不思議だった。

 

 

 

「骸?……どういうことだ?」

「ああ、今回は少し趣向を変えてみたんですよ。どうも彼――彼らは、痛みに耐性があるようでしてね。中でもこの男は特別その傾向が強い」

 

 

 

稀に居ますよね、こういう暑苦しくて、暴力では語らないとか滑稽なほど頑張る方が。そう骸は皮肉気に言う。

 

確かにボンゴレが危険視したように、五名の能力者達は多少殴ろうがものともせず何度も向かって来た。

日々の修行の成果か、あるいは別の―――麻薬でボンゴレに目を付けられたファミリーだ、ドーピングのような改造をしたのか。

痛みを与えることを目的とする暴力がメインの拷問では、芳しい結果はそうそう出ないと骸は踏んだのだろう。

 

 

 

「まあ別に、他にいくらでも方法はありますがあまり時間を掛けるのも嫌ですし」

「……ま、こっちは情報さえ手に入りゃそれでいいが」

「クフフ、話が早くて助かります」

 

 

 

シャマルはもう一度捕虜を見やった。ここへ来てからの新たな身体的ダメージはない、あるとすれば精神的な何かだ――。

その判断は正しいだろうとはいえ、男の濁った瞳を見ているとあまり詳しいことは聞きたくないと思う。

 

ちょっと思考能力を低下させてみました、とにこやかに語る骸に少々寒気を覚えながら、早々に話題を変える。

 

 

 

「それで、俺が呼ばれた訳は何なんだ?」

「もう終わりましたよ。やはり、と言うべきでしょうね」

「はっ?!……こら、自分一人で納得してんじゃねぇよ!」

 

 

 

何だそれは。思わず荒げた声にも、男は一切の反応を見せなかった。まるでこちらにはもう興味を失ったとでも言いたげな様子である。

骸はそんな彼に近づき、顔の前でぱちんと指を鳴らした。と同時に捕虜は全身から力が抜け、痛そうな音を立てて頭から床に落ちた。

扱いが雑すぎるだろう、死んだらどうする。そう言い掛けたのを分かっているかのように、骸は大きくため息を吐いた。

 

 

 

「今、彼は、目の前に現れたものや、耳から入る問い掛けに余計なことを考えず素直に反応する状態です」

「ああ……。頭ん中に、反応しない、答えない、っつー選択肢がねぇんだろ」

「はい。彼はDr.シャマルが来るのを知って襲撃を掛けた連中のリーダーです。あなたを見れば何らかの反応を見せると思ったんですが」

 

 

 

自身がこの部屋に足を踏み入れた時のことを考える。音に反応して彼は確かにこちらへ視線を向けた。

向けた後は、……少し目を細めたくらいだろうか?今はただぼうっとした様子で意識を向けてくることすらない。

 

 

 

「その時、彼の目には明らかに疑問の色が見えました。―――何だこのむさいおっさんは、とね」

「っ何じゃそりゃ!!」

「おや。何だこの胡散臭いおっさんは、でも構いませんが」

「どういう譲歩だ!……じゃねえ。……骸、お前、何が言いたい?」

「つまり彼があなたのことを知らないかもしれない、ということですよ」

 

 

 

馬鹿言え、んなことある訳が。反射的にそう反論しそうになって、何とか踏みとどまる。これは何を意味している?

 

地下で会った三人組は、確かにこちらを知っていた。当然、顔だけじゃなく姿形性格も、屋敷に何をしに来たかも。

だからこそ『治療を止めて帰れ』と警告してきたのではなかったのか。わざわざあの場所で待ち伏せてまで。

ならばそいつらのリーダーであるこの男が何も知らない、などとあり得ない話だった。荒唐無稽も甚だしい。

 

 

 

「……あー。こいつが、お前の幻術に耐性があるとかいう可能性は?」

「まずないでしょう。今まで様々な人間を相手にしてきましたが、これは耐性のあるケースには当て嵌りません」

「なら、だ。誰かにそういった“暗示”を掛けられている可能性は?」

「――少なからず、ですね。調べることは可能ですし、無論、そのつもりです」

「………………」

 

 

 

こっちが考えつくことなんざ既に検証済みか。止まることなくすらすらと答える骸から目を逸らし、シャマルは腕を組んだ。

骸がそんな子供騙しのような手段を取ったのは、恐らく現在捕虜から何ら有効な情報を得てはいないということ。

 

『患者』が起きると都合が悪いとはっきり表明したあの三人組を失ったことが、今になって改めて悔やまれる。

一度は治療を諦めたくせに?ああそうさ、だが舞い戻って何が悪い。助けようと努力することのどこが。

 

 

(そしてあいつは、何を知ってるんだ――――)

 

 

眠り続ける、古い……友人と言えばいいのか。要はそういう事だろう。起きられると都合が悪いという意味は。

それを突き止めることが彼を守ることに繋がるのなら、こうしてボンゴレに協力する価値は格段に高くなる。

 

 

 

「……地下の奴らは確実に知ってた。それは間違いねぇ」

「それが気になりますね。全員が知らなかったのなら背後関係を疑うところなのですが」

「逆に、……あの三人組の方が地位的に上だった、とかか?」

「――――。まあ、実行部隊と参謀が別行動していたと考えるのが自然でしょう」

 

 

 

戦闘面で強い奴が必ずしも上に立つ訳ではない。というのはどこの組織でも同じこと。

下が何も知らされていない、のもあり得る話だ。ただ戦うだけ、ただ命令に従うだけの連中ならごまんといる。

 

じゃあ捕まえる奴を間違えたのか?あの中の一人でもいいから、誰にも手出しされないような所に放り込むべきだった。

 

 

 

「ツナは、こいつらとの全面抗争も覚悟の上、なんだよな?」

「どうでしょうね。最終的にそうするかもしれませんが、今は分かりません」

「おいおい、守護者二人も使った挙句あんだけ派手にやり合っといて何言ってやがる」

「今回は大義名分があったからですよ。罪のない一般人を守る、という、………ね」

 

 

 

それは屁理屈、というかこじつけだ。襲撃前に全部仕組んでいたことなど、少々頭の回る人間なら間単に分かる。

ただそれがまかり通るのがマフィアという組織であり、掟だった。どちらが悪いかは所詮結果論で決めるこの世界。

 

 

とにかくもし本当にこの男が何も知らないのなら、一刻も早くこいつらのファミリーを叩いて情報を引き出した方がいい。

 

 

――――全て揉み消されて、闇に葬られてしまう前に。

 

 

 

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