全てが変化していく。少しずつ、少しずつ、誰も気付かない内に。
灰色の夢
「それで、……何か分かった?」
思考を振り切るように一度強く目を閉じたボスは、それまで瞳に宿していた歪な感情を押し込め雲雀達にそう尋ねた。
これ以上に関しても、三浦ハルに関しても語るつもりはないという意思表示なのだろう。
こちらとしても伏せているものがある以上話を続けるのは難しく、幸いといった様子で骸が口を開いた。
「ええ、今回の事件のことで少し。緊急事態と言った方がいいかもしれません」
「…………。まさか、もう動いたの?」
「―――好ましくない方に、ですが」
リーダー格の尋問は骸に一任し、シャマルの協力の下別の仕事にかかっていた雲雀は今朝、その話を聞いたばかりだ。
尋問の成果が芳しくないことは分かっていた為時間が掛かるかと思っていたが、事は予想外の方向へ転がっていった。
骸の出した結論はこうだ。まず、彼ら―――襲撃犯は、『Dr.シャマル』のことを知らなかった可能性が高い。
単に上から命令を受け、全く何も知らず、何も疑問に思うことなく、あの屋敷に居るもの全てを殺す為に来た、と。
………そんな無茶な話が出てきてしまうほど、彼の頭の中には何ら任務に関する情報がなかったのだ。
廃人になる可能性を知りながら頭の中を無理矢理覗く――――骸がそういった力任せな最終手段に頼ることは珍しく、
その行為は、結果として彼らは何も知らなかったという推測を裏付けることになってしまった。
となると、シャマルが目を付け捕縛したものの、しかし最終的には確保に失敗した例の三人組が酷く怪しい。
だが案の定、回収した死体からも一切情報を得られなかった。口封じに殺されたのだとすればそういう処理は当然だ。
手に入れたと思ったものは何の価値もないガラクタに変わり………何も分からない。何も特定出来ない。
その工作はいっそ見事だとしか言いようがなかった。つまりボンゴレは遅れを取ったことになる。
巧くターゲットを引っ張り込めたことで油断したか。そもそも、彼らが一枚上手だったのか―――。
「つまりは、……もう本陣を叩くしかねぇってことか……」
「だな、逃げられる前に捕まえねーと。麻薬の証拠隠されたら厄介だしさ」
「いえ、恐らくもう手遅れです」
「何だって?」
そこで骸はちらりとこちらに視線を寄越した。この先は自分で話せ、と言いたいのだろう。全く腹立たしいことだ。
人手が足りず、雲雀自ら偵察などという面倒なことをする羽目になったのはそもそもこいつの所為である。
しかしその不満も、相手ファミリーの敷地内、眼前に広がる業火に消え失せた。半壊した建物、散乱する瓦礫と死体。
……どうも不可解だった。行動が早いのはもちろん、たった一度の失敗でこんな騒動が起こるだろうか?
「あのファミリー、昨夜内部抗争が起こって―――本部もろとも、ほぼ壊滅状態だったよ」
「っ!」
「証拠隠滅か?!」
「さあ?どうやらボスはその抗争で亡くなったらしいし、あれじゃマフィアとして存続することすら出来ない。
証拠隠滅だとすれば随分と大掛かり過ぎるとも思うけど。ボンゴレからの追求を逃れる為だったとしても―――」
「…………」
あるいは、そこまでしなければならないほどのことを。「掟」に反するようなことを、やらかしたとでもいうのだろうか。
対ボンゴレだけではやりすぎなその処置。内部抗争という体を辛うじて保ってはいたが、あれほど壊滅したのではその言い訳もどこか不自然だ。
と、ここで更に笑みを深めた骸が、こちらも静観してはいられない爆弾を落とした。
「それに、ひとつ面白い情報を手に入れました。どうも生き残った連中に、ボンゴレへの強い恨みがあるようです」
「…………マジかよ」
「死なば諸共、で仕掛けてくるって?」
「可能性は高いでしょう。念のためひとり潜り込ませていますが、収まる気配はありません」
「ううん。いい機会だと言えばいいんだけど、ね……。残ったのを捕まえれば、何か分かると思う?」
「どう、でしょう。抗争を生き残ったのであればそう弱くもないでしょうし、とりあえずやる価値はあるかと」
「また生け捕り?面倒だね」
「雲雀さん……」
飛んで火に入る夏の虫とはこのことで、わざわざ向こうからやってくるのであれば迎え撃てばいいだけだ。
捕縛するのも、捕まえる側が周到に準備をしてさえいればどうということはない。
問題は、だ。彼らが素直にこちらへ向かってくるかどうか。ボンゴレへの恨みと言ってはいるが、
こちらが利用しただけとはいえ直接の原因であるDr.シャマルにその矛先が向きはしまいか、という懸念が残る。
いくら彼でもああいった能力者をいっぺんに相手するとなれば骨が折れる筈だった。万が一のことがないとは言い切れない。
そして――――も、また。彼女はあの日、シャマルの助手として彼の隣に立っていた。
「とにかく、更に何か動きがあり次第直ぐ報告をいれますよ」
どうすべきだろうか。と顔を合わせただろう連中は全て死んでおり、顔は知られていない筈だった。
しかし残る可能性は否定できない。例の三人組を殺した誰かが、近くでじっと様子を伺っていたのだとしたら?
あるいは、雲雀やシャマル達が見落とした生き残りが居て、屋敷で得た情報をファミリーに持って帰っていたら?
浮かんだ不愉快な考えにちらりと骸を見やるとちょうど目が合った。どうやら、忌々しくも同じ意見らしい。
いずれ来たる襲撃をどう捌くかに思考を巡らせたボスに気付かれなかったのは、幸いだったのか、どうか。
一時解散となり、執務室を出てから。目的地が同じなので雲雀達は一定の距離を保ちつつもしばし共に歩き続ける。
雲雀と骸は未だに、あの屋敷にが居たことをボンゴレに報告出来ないでいる。
沢田綱吉の胃が痛む……のは心底どうでも良かったが、三浦ハルがあんなことになった以上、新たな火種を作りたくなかった。
彼女が事を終えた後を呼んだだろうことを伝えただけ。それさえも進んで言いたくはないことだったというのに。
流石に今回の事件には関わらせようとは思わない。まして骸の幻覚に対してああなるのでは戦力外もいいところだ。
加えて肝心のが、シャマルに対する協力をそもそも承諾していないことが一番の問題だった。
「しかしDr.シャマルが乗り気である以上、いつまでも隠し通せるものではないでしょう」
「だったら君が言いなよ。僕は遠慮する」
「………。シャマルも君も、どうして僕に押しつけてばかり……彼女とやり合った後でなんて、余計言い辛いじゃないですか」
「話が拗れるだけだろうね。まあ、応援してあげるよ」
「気色の悪いことを言わないでください。君からの応援なんてぞっとします!」
「激しく同感」
ああ気持ち悪い。雲雀は肩を竦め、だったら言うなと言わんばかりに睨みつけてくる骸の視線を完全に黙殺する。
彼女は巻き込まれただけで、今回の事件には関係ない。雲雀も骸もそう結論付けたゆえに沈黙を守った。
シャマルの戯言と事件とは切り離して考えるべきだ。その為にも、これ以上“巻き込む”わけはいかない。
「とにかく、彼には彼女から協力するという言質を取れと返しておきましたが」
「協力、ね……」
「君から説得したらどうです?」
「…………」
気が進まない、と思うのは久しぶりだった。患者の治療にはの協力が必要なのだろう、が、しかし。
「君、幼馴染なんでしょう」
「―――五月蝿いよ」
幼馴染。だが何故か、今は彼女の考えていることがさっぱり分からなかった。