いや無理、ほんと無理、絶対無理!
灰色の夢
助けを呼ぶことを考えなかったのか?――そりゃあもちろん真っ先に考えたとも。
だいたい連中に喧嘩を売ったのはボンゴレだし、私があの屋敷に行く羽目になった元凶はDr.シャマルだ。
や、まあ確かに私はボンゴレファミリーの一員だけど、情報部の下っ端の下っ端。目の敵にされる覚えはない。
Dr.シャマルの方はそもそも治療の協力に承諾したりはしなかった。うんほら関係ない関係ない。
だから私が、なりふり構わず助けを―――それこそ『何かあったら』なんて強引に押しつけられた携帯を使ったところで、
誰に文句を言う権利があるだろう。てか、絶対言わせないからな野郎共。
ならば何故さっさとそうしないのか?それはもちろん。
(やる隙がないから、だっ!)
単純明快。非常に分かりやすく、そして情けない事実だった。
六道骸―――あるいはボス曰く、連中は『一般人の屋敷に構わず襲撃をかけるようなならず者共』らしいから、
通行人を巻き込むことに対して躊躇しないだろうと判断した。それを防ぐ為には尾行に気付かないふりをしなければならず、
私に突き刺さる物騒な視線を思えば、携帯などを取り出そうとすることすら危険なことに思えた。
そんなこんなで漸く人通りのない、言ってしまえばどこぞのチンピラが小競り合いを起こすような治安の悪い一帯に
差し掛かった。……と私が認識するや否や、
(あんたら、魔法使いですかっ?!)
ファイアー!よろしく、私の直ぐ後方で決して小さくはない爆発が起こった。爆風に押されてたたらを踏む。
爆発物が投げられたような気配はこれっぽっちもなかったというのに、だ。
能力者とかいって、ほんとあり得ないから!反則すぎるわ!振り返る時間すら惜しく、私は更に先へ先へ足を進めた。
公園跡というぽっかりとひらけた空間にさしかかったところで―――あれほど執拗だった敵意が少し弱まるのを肌で感じる。
……もしかしなくてもこれは、私の誘い込みにわざわざ乗ってくれた、というのが正解らしい。
こちらの思惑などお見通しというわけか?随分と余裕がおありのようで。
私はふう、と深呼吸をして、―――ようやっと姿を現した連中に目をやった。
早々に仕掛けてきたのは向こうだった。やり合うこと大体六十秒。
戦闘、という観点から考えれば決して短くはない時間だ。相手が遠慮なく攻撃してくるのも情報収集には役立った。
幸いにして――彼らがどれだけおかしな力を持っていようと、万能ではないらしいと私は考える。
最初にファイアーもどきを仕掛けてきた男に関してだけ言えば、爆発と爆発の間にはかなりのタイムラグがあるし、
同時に二つの爆発が起こることはない。精神を集中させて周囲を観察すれば、ほんの僅かだが……爆発が起こる直前、
その空間に火花が散る。ぶっちゃけ私の身体能力ではそれ見てからじゃあ遅いけど。
他には、かまいたちっぽいものを起こす能力と―――後一人は何の能力を使っているか分からなかった。
とはいえこれだけの実力差があってただの一度も直撃がない、全て紙一重でぎりぎり避けることができるのは
つまり、認めたくはないが完全に手加減されているということに他ならない。
最も、それ以前に私を追いかけていた能力者はあと幾人か居るはずである。
気配は確かに感じるのに何も仕掛けてこないところを見ると、これはもう、遊ばれているとしか言いようがなかった。
(……ああもう、くそ忌々しいっ!)
はい、人質コース入りましたー。などと暢気な自分の声が頭に響く。地面を蹴って――腐敗の進むパイプを軸に跳ぶ。
着地してすぐしゃがみ、伸びてきた腕を逆にひっつかんでその勢いのまま、思い切り体重を掛けまくった肘鉄をお見舞いした。
……もの凄く嫌な手応えだった。内臓が逝ったか、と漠然と思った。の、だが。
一度喀血して地面に倒れた筈の男が。ゆらり、と夢遊病患者のような危うさで体を起こし―――
かっ!と目を勢いよく開いたので超びっくりしてまた殴り倒した。やだ怖い。
(………こいつ、ら……)
そうやって軽くふざけなければ、嫌悪に顔を歪めてしまいそうになった。彼らに、ではない。
彼らを――彼らたらしめた、組織に、だ。
私の至上命題を考えると、麻薬、その他ドラッグを扱うマフィアは私の敵になりかねない。
マフィアをただ恐れることを止めた時から、自衛の為とそういった組織に関してだけは気付かれない程度に情報を集めていた。
その中に人体実験を繰り返す組織があったはず。目的は「不老不死」なんて、くだらない――。
詳しいことは知らないが、結果、傷の治りが異様に早く、致命傷でさえものの数分で消えてしまうモノを作り出した、とか。
この推測が合っているかどうかを確かめる術はない。たださっきから何度殴っても堪えた様子のないタフな連中を相手に戦う?
時間をかければかけるほど体力を消耗するのは自分だけだ。それを狙って遊んでいるとしか思えないが。
ああそしてもうひとつ。どうしても無視できない問題が私にはあった。
忘れかけていた―――無駄に動かさなければ痛みも僅かで、日常生活には全く問題ないと判断できるまでには
回復していたはずの、そう、マスターが治療してくれた左腕である。どうもこうもない。
戦闘、しかもこちらが圧倒的不利で防戦一方なんて展開において、これほどのハンデがあるだろうか。
(いやないっ!)
じくじく。じわりじわり。まるで本人のように陰湿な痛みを断続的に伝えてくる。……誤算だった。
少しやりあえば、今余裕たっぷりに私を襲っている連中が、あの日の奴らよりは少し弱いことがわかる。
任務を任されたものとそうでないものの違い――?
あるいは、そもそもの系統、……言い方は悪いが、用途が違うのかもしれない。
私が連中と渡り合えているのはその為で、そしてこの忌々しい左腕の傷が、私を連中から逃げられなくしている。
最高のコンディションだったら本当に逃げられたのか、と問われてしまえば、
―――本気でない彼らの実力を考慮して、半々、と正直に言うしかないのだが。
もうすぐ三分が経つ。ああ、まずい。「怯えた」風を装うのもそろそろ限界に来ていた。
これ以上反撃をし続けたら無駄に相手の警戒心を煽るだけだ。私はもう一度溜息を吐くと、
盛大に殴り倒した男から大分距離を取り(どうせまたすぐ目覚めるのだ)、相手が動くその一瞬前に声を張り上げた。
「ちょ、ちょっと! 物取りにしてはあんまりにも物騒じゃないですかっ?!」
心持ちワントーン高く。あくまで変質者に襲われた哀れな小兎――…。
なんだろう、字面から想像したら寒気どころか怖気がした。とにかく、格闘術を少しかじっているから気は強めで
しかし震えることを止められない……そんな感じでひとつ。返答はないかもしれないと構えは解かなかった。
すると。
「恨むなら、……Dr.シャマルを恨め……」
声は地面の方から聞こえてきた。二度地に沈めた青年が意識を取り戻し、額に青筋を浮かべつつ
それはもう恨めしげにこちらを見ている。お前はゾンビか。そして彼に続くようにもう一人、攻撃を止めて声を掛けてきた。
「上司は選んだほうがいいんじゃねぇの?」
「はぁ? 上司?」
私は心底不思議そうに小首を傾げ、なんであんなむさいおっさんを、とぎりぎり聞こえるような小声で呟いた。
……ざわ。少し、空気が揺れる。よし、糸は――掴んだ。
「冗談やめてくださいよ。私、医療関係からっきしなんで。確かにDr.シャマルにお会いしたことはありますけど、
あれは私の同僚のことで話をしただけで……。むしろ仲がいいのはそっちだと思いますけどね――っていうか!」
「っ!」
「っ!」
突然声量を上げてやると、揃いも揃ってびくっと男共の肩が跳ねたのに正直吹き出しそうになった。
なんだろうこいつら、外見の割に……子供っぽい?
「追い剥ぎなんかされたって私、Dr.シャマルに関するものなんて持ってないですよ?
何に使うのか知りませんけど…それに上司じゃないし」
「俺達を変質者みたいに言うな、そもそも追い剥ぎじゃねえ!ってか、誤魔化されねぇぞ、お前は奴の助手だろうが!!」
ぴくりと、指先が知らず反応する。助手。その言葉が相手から飛び出してきたことに、
私は、背筋に冷たいものが走るのがわかった。文字だけ追えば全く何の変哲もない単語である。
そして事実――私はあの日、助手として間違われたことが、一度、ある。
「“助手”?――それ、いったい『誰』に聞いたんですか?」
事実無根という響きを持たせて(持たせるまでもなく真実、事実無根なので偽る必要もない)私は問うた。
慣れていないと東洋人の顔などろくろく区別もつかないのだから、そういう方面に勘違いしてほしいという思惑もあって。
一瞬、完全に沈黙が流れる。その隙に周囲の状況を探りながら私は思考を巡らせた。
……誰が私をDr.シャマルの助手だと言ったか?私自身、その問いの答えを知らない。
(助手、って言ったのはあの三人組で…)
顔もはっきり見られた。だが、彼らは他ならぬDr.シャマルの手によって指一本動かせない状態に陥った。
……そういえば、あの三人はどうなったっけ?あれからハルのことがあって、何の話も聞いていない……筈、だ。
「……このおねーさん、嘘は言ってないみたいだよ」
(っ、お、おねーさん?!)
姿を現している中で最も童顔な少年、いや、身体的には青年だ―――が、静かな声音で言った。
怪我だろうか、両手首から指先まで包帯でぐるぐる巻きにしている。
おねーさん呼ばわりされるほど年が開いているようには見えないのだが、まさか嫌味か?
なんとなく微妙な気持ちになったので反応を返さないでいると、残る二人が明らかに動揺した。
「あいつら、俺らにガセ掴ませたのか……?」
「っまさかだろ!そんなわけ……」
いい反応である。ここは便乗して、―――畳み掛けるべきか?戦闘回避できるならそれは願ってもないことだ。
彼らは私より強いし何より、
「―――だが、ボンゴレには違いない」
その時。酷く冷静な声が、私たちの頭上から降ってきた。つられて顔を上げると、近くの廃ビルから見下ろす男がひとり。
否、……ふたり。
吹き抜ける風に髪を靡かせ悠然と構えるその姿を、………速攻で指差して爆笑してやらなかった私の忍耐は凄いと思う。
いやだってもう。ほんとどこの悪役の登場かと思った。これで「とうっ!」とかいって飛び降りてきたらまさに完璧である。
あ、それは正義の味方か。
「………何とかと煙は高いところが好き」
「なに?」
「いえ別に?」
あの男がリーダー格なのだろう。彼の言葉に動揺していた二人はすっかり平静さを取り戻し、当初の目的を
思い出してしまったようだった。以前より少し強められた殺気が私に刺さる。
くそ、もう少しで逃げられたかもしれないのに。厄介なことだ。
「そりゃあ確かに私はボンゴレファミリーですけど、情報部の下っ端も下っ端ですよ。ついこの間入ったばかりですし」
「関係ない。ボンゴレは全て潰す、それだけだ」
「……………」
この節操なしが。私はそう口の中で吐き捨てると、今度はちゃんと、武器を構えた。