結局、私がどんな役回りをさせられていたか、ということ。

 

 

 

灰色の夢

 

 

 

私を人質に取る気はあったのだと、ゾンビ男は言う。静かな声。恭弥もDr.シャマルもなぜか割り込んではこなかった。

この声量では会話していることは分かってもろくに内容は聞き取れない筈なのに、気にならないのだろうか?

 

 

(ま、いいか。なんでも)

 

 

彼らが――『ボンゴレ』が何を考えていようと、私は巻き込まれただけで連中のファミリーとは全く関係がない。

ならば詳しい思惑を知ろうなどとしない方がいいだろう。ただでさえ、こんな状況になってしまって“彼”……その、

散々暴言を投げつけた挙げ句捨て台詞を吐いて背を向けてきた沢田綱吉に、何と申し開きをしていいのか分からないのだから。

 

この先のことを考えただけで頭痛がする。

 

 

 

「………あれで?」

「るっせ!あんたが予想外に反撃してくるから―――」

「………。………あれで?」

「っ……基本、俺らは『外』に出たことねぇんだよ」

 

 

 

訓練は別としても、事実、実戦経験ゼロだという意味合いのことを言われ私は少し黙り込む。

 

向こうが手を抜いていた――私を殺すつもりはなかった、らしい――ことを差し引いても、未知の力に対して私が

十分対応できたことはそれゆえか。わかりやすく言うなら、

 

 

 

「補欠、とか?」

「スポーツみたいに言うな!……つーか、補欠は“向こう”の連中。俺らはただの用済みだ」

「………」

 

 

 

男は自嘲気味に語る。それは実に反応に困る物言いだった。屋敷に襲撃に来た能力者共と比べれば確かに

あなた達は弱いですしねと、相槌を打つわけにもいかない。用済みという単語に思い出す、あの頃の、……。

 

内容がどうあれ、実験などというものを繰り返す組織はどこも同じか。忌々しさに軽く頭を振って気を取り直し

更に追求しようと口を開くより先に。鋭く、今までとは打って変わって強い意志の篭もった言葉が私の耳に届いた。

 

 

 

「―――取引が、したい」

 

 

 

恐らくDr.シャマルと恭弥のどちらか、あるいはどちらにも聞かせるつもりだったのだろう。今までと打って変わって声量が大きく、

響きからして私に向けられたものではないとすぐに分かった。取引と口にするゾンビ男の姿が見えないからこそ

彼の持つ真剣味がダイレクトに伝わってくる。……だが。少し引っかかるものを感じて、私はぐっと眉を顰めた。

 

Dr.シャマルによって殆ど身動きがとれないという哀れな状態にされているにも関わらずそんな台詞をほざいた、ということは、だ。

ゾンビ男が、その取引とやらに相手を応じさせるだけのカードを『今』持っているという意思表示に他ならない。

 

だとすれば。それならば。

 

 

 

「……ちなみに聞きますけど、誰、と取引したいんですか?」

「あー、ボンゴレ?」

「待てコラ」

「ぎゃあっ!ちょ、痛っ、今のは刺さったぞ?!」

「ご安心を。かすり傷です」

 

 

 

知らねえよ、の意味を込めて吐き捨てる。どうせそう深くはないだろうと上がった悲鳴を無視しつつ、それより

今ゾンビ男が言ったことの方が問題だと私はせわしなく思考を巡らせた。

 

恨むならDr.シャマルを、という言い草からして、医者に対しての人質とするために私を襲ったとそう結論付けるのは自然なことだ。

そしてボンゴレ情報部の下っ端だという私の言葉を彼らが信じたか否かはともかく、私という存在のボンゴレに対する影響力は

皆無だと承知していたはず。それでも、一人以外やる気はなさそうだったものの―――襲うことをやめなかった。

 

だが彼はボンゴレと取引がしたいと言う。態度からしてその為の材料は既に持っている。

それなのに私のことを人質にする気はあったといい、最初は私をシャマルの助手だと思い込んでいた……?

 

 

(どう考えても、言動が一致してない)

 

 

人質を盾にシャマルへボンゴレとの橋渡しを要求する、という可能性はある。あるが、現実的とは思えなかった。

正直な話、彼らは弱すぎる。用済みという言葉通り戦力にならないと判断されたのだろう連中が、

人質を取るなどという危ない橋を渡る?相手は違えどその先に取引を持ちかけようというのに?材料があるのなら尚更のこと。

 

ならば本当の目的は何だと問い質したいがしかし、嘘を言っているようにも思えないのが不思議なところだった。

では真実、私を人質にするつもりがあったというのであれば―――それは「取引」の為ではありえない―――。

 

 

 

「Dr.シャマル!」

 

 

 

私は馬鹿でかい声を上げて、無駄に渦巻く思考をかき消した。一日千秋の思いで待った“三十分”が来たのだ。

 

 

 

「ぅお?!な、何だいきなり」

「三十分経ちました!だからこれ取ってもいいですよね」

「……え――と、そりゃ、あっ!」

 

 

 

べりり。最後まで聞かずにガーゼごと剥がしてやる。流石に瞼を押し上げるときは慎重にならざるを得なかったが。

ゆっくりと少しずつ、けれど確実に。今が夜で良かったと強く思う。古ぼけた照明が眼に優しい。ぼやけた視界はやがて

その鮮やかさを取り戻していく。深い、深い溜息をこれみよがしに吐いたDr.シャマルがこちらに近づき寄越してくれた目薬を差せば

まあびっくり、一気に視界がすっきりと晴れた。早々に脳が視覚から得た情報の処理を目まぐるしく行う。

 

一カ所に固められた襲撃者達、距離を空けてこちらを鋭く見据える恭弥。

そして――己がやらかした、惨状とも言うべき光景。

 

 

 

「くぉらっ!、少しはじっとしてろ!」

 

 

 

シャマルは最終チェックだと言って私の左目をこじ開けてくる。言われるがままに眼球を上下左右に動かせば、

もういいとばかりに頷かれた。疲れたような、どこか投げやりな態度だった。

 

私はさしてそれを気に留めず―――今度は廃材に足先をぶつけることなく、倒れたままのゾンビ男へと近づいた。

彼の周囲に突き刺さった数々のナイフ、うち数本はぎりぎり皮一枚すれすれに、ある一本は完全に肌を切り裂いてしまっている。

それらを一本一本回収して身体のあちこちにしまいながら、「見えること」のありがたさを味わっていた。

 

それは、……私が永らく忘れていた感覚だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、私と取引しませんか」

「は?……あんたと?」

 

 

 

やはり相手の表情を見れる見れないは大きい、と私は痛感する。それだけで余裕が生まれた。

昏い海の底からようやっと顔を出せたような気分だった―――自分の何たるかを思い出させる。

 

 

 

「私と取引しましょう。ええ、今すぐ」

「いや、え、意味が分からない……」

「そうですね、ほら私、幹部の方々の覚えめでたいですから?貴方がボンゴレと取引したいというなら、

私を人質に取ろうとしたことはむしろマイナスだと思うんですよね」

 

 

 

私は情報屋『Xi』である。私から情報を取ったらきっと何も残らない。情報を集め、情報を使い、情報と共に生きてきた。

そうして自らを取り巻く環境全てを利用する。真実であろうがなかろうが。

 

そこに私の力が、ほんのひとかけらさえ宿っていなくても。

 

 

 

「………。何が言いたい」

「今回のこと、時系列に沿ってわかりやすくいちから説明してくれれば、ここ数時間は『なかったこと』にしてもいいですよ」

「―――――」

 

 

 

にぃ、と。自然に悪役よろしく口元が不穏につり上がるのを自覚したが、まさしくそういう気分だったので更に笑みを深めてみる。

 

理解が追いつかなかったのか、はたまたもっと別の理由か―――沈黙は数十秒にも及んだ。

それでもある程度心を動かされたのだろう、やがてゾンビ男はふっと顔を引き締めた。

立場を弁えてか、ナイフは取り除かれたが彼が起き上がることはない。

 

 

 

「それを、信じろって?」

 

 

 

『なかったこと』にできるのか。疑問はもっともだった。私を助けに―――多分、という副詞は外せないが―――

ボンゴレファミリー幹部二人がDr.シャマルまで引き連れてのこのこやって来たのは事実。

とはいえ、情報部の下っ端の下っ端という主張が本当ならそれは夢物語に等しい提案だ。

 

途中、山本の気配が消えたことも、恐らく本部には既に報告がいっただろうことを示している。

 

 

 

「ええ、やります」

「っ!」

?!君、何を勝手に―――」

 

 

 

真っ先に食いついてきたのは恭弥だった。さもありなん。ボンゴレという名の後ろに控えている誰かを考えれば、

これ以上話をややこしくしたくはないだろう。あのへたれ十代目は、……怒らせると非常にコワイ。

私も恭弥とさして変わらない立場に置かれているからよく分かる。

 

しかし、それでも、私自身が狙われた以上、正確な状況把握は説教よりも大事だと思うわけで。

 

 

 

「恭弥。これ、何だと思う?」

「………なに。怪我?」

 

 

 

私は、普段ならば絶対にしないだろう、女々しい手段を取った。

 

 

 

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