私が、何の為に生きているのか――――。
灰色の夢
紛うことなき脅迫だと、人は言うだろう。そもそもそんなものがこの傍若無人な幼馴染に効くわけがないと
頭では理解していたのだが……視界を取り戻してからの私は少しばかりテンションが変だった。
浮かれていたといってもいい。向かうところ敵なし、などというまるで意味不明な衝動に突き動かされていた。
妙な風にひねりが加わって今は相当痛む左腕――そう、以前例のトンファー馬鹿にやられた怪我だ――を、
私はさあ見ろとばかりに突き出して、宣言したのだ。曰く、
『お前のせいでこんな目に遭いましたよ』――――と。
「な…っ、君さ、傍若無人にもほどがあるんじゃないの!」
「傍若無人の固まりに言われたくないっていうかー。ま、何にしても、こんな状況に陥ったのは明らかに
コレのせいだし?今、指動かすだけで痛いんですけど?」
どう責任取ってくれるの?などと、語尾を心持ちあげつつ、嫌味たっぷりに続けてやる。
我ながら非っ常に頭にくるトーンだった。もちろん普段なら――雲雀恭弥という男は、自業自得だの一言で切って捨てるだろう。
それがわかっているから、そしてこの現状が自業自得以外の何物でもないからこそ、私は沈黙するのだ。……して、いたのだ。
(……勘、かな)
他に手段がなかったから?そうかもしれない。ただ、今まで生きてきた中で培ってきた経験が、
あるいは幼馴染としての意識が、どうしてか、恭弥はこの提案を受け入れるだろうと―――結論を出した、から。
「襲撃は未遂、襲撃者はDr.シャマルが確保した。OK?」
「―――――――」
どうしてかは本当にわからない。けれど罪悪感、もしくは負い目のような何かを、私は彼から感じ取っていた。
珍しくも生まれたその弱さにつけ込むことを、私は、躊躇わなかった。
恭弥を押さえてしまえば後は簡単だった。医者は説得するまでもない。
「Dr.シャマルの助手だ(と思われていた)から襲われた」
と言えば一発承諾。決して彼は悪くはないのだが、結果は平謝りである。都合がいいのでフォローはしない。
え、山本?ボンゴレ側の説得?んなもん恭弥に丸投げするに決まっている。私は知らん。
とりあえず体裁は整ったと私はゾンビ男の方へと振り返り、取引を迫ることにした。口裏合わせただけかもしれない、
などという疑問があろうが黙殺する。そこはそれ、生殺与奪権はこちらにある。ごり押しがきくのだ。
「………下っ端の下っ端って、嘘だろ」
「失礼な。地位はガチですよ?ただ少し、人間関係が複雑なだけで」
「やっぱり三角――っ、なんでもありません」
「、よろしい」
せっかく回収したナイフがまた一本減るところだった、と一度刃を出した凶器をしまいながら距離を縮め、
ゾンビ男近くの壁に寄りかかる。ボンゴレとの取引などに首を突っ込むつもりはない。
私が知りたいのは単純なこと……何がどうなって私を襲撃するに至ったか、だ。
男は暫く逡巡するような素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「俺達のファミリーはもう、組織として存続すること自体できなくなった」
人体実験の産物であろう―――いわゆる主戦力のほぼ全てが潰れたからだ、という。
恐らくあの屋敷でのことだろうと私は見当をつけた。後から後から湧いてくる増援という名の能力者たち。
どれだけ必死だったのか――いったい何を為すために?
「生き残った連中……ま、実力的には大体二軍とかだな。そいつらに下された命令は、
ボンゴレとDr.シャマルへの復讐。……隊長の担当は後者だった」
隊長。幼子を背負い戦う――纏う雰囲気の割には弱い、どこか惜しい青年。
『Dr.シャマルの助手を人質に取り、おびき寄せて殺せ』という内容の命令を受けやってきたって?
(だから“誰”にだっつの。ボンゴレ本部からの帰りに尾行されたとなると……)
「で、あとの二人は付き添いな」
「……は?」
「どうも隊長が危なっかしいんで、ついてきたらしい。確かに命令自体も無茶振りだしなあ」
いくら隊長がエリートだっつっても、人質を取るとはいえトライデント・シャマル相手にしろとか、どんだけだって話。
うんうんとひとり納得した様子でゾンビ男は首を縦に振る。なんだそれ。なにその「はじめてのおつかい」みたいなノリ。
(いや、実戦経験ゼロならむしろ初めても同じ……なの、か?……何か違うと思うけど)
ふと、そこまで考えて話がおかしいことに私は漸く気がついた。ゾンビ男があまりに素っ頓狂なことを言うのに気を取られていた。
「二人……って、じゃあ」
ここでの二人、というのは恐らくあのやかましい男と童顔の男を指すのだろう。
ならば、あの幼子は?そもそも、……ゾンビ男は?
「そう、俺は最初からボンゴレと取引する為に外に出た。誰の命令でもない、俺自身の意志で」
それは、つまり。
「私を人質にする気があったのは――」
「隊長。そういう命令だったからな」
「………やる気がなかったのは?」
「俺は取引にしか興味がない、二人は……心配事が片づいたから、まあ、人質云々はどうでもよかったんじゃないか」
「――心配事って?」
「あのちまっこいのが無事だったこと」
ちまっこいの、とはあの幼子のことを指すとすぐに理解する。矢継ぎ早に繰り出す質問に素早く簡潔に返ってくる答え。
ところどころ解せないところもある。あるが――。とりあえずはだ。細かい事情は抜くとして、
隊長に下された命令の「人質を取る」くだりが、Dr.シャマルに対しては正直無意味な行為だと考えると。
「なるほど。結局のところ、私は襲われ損だったと」
「や、むしろボンゴレ幹部が来たってことが俺にとっちゃ最大の収穫なんだぜ?」
ありがとな、と全く嬉しくない感謝を受けて口の端が引き攣った。いらっとする。
「どうやって接触するか迷ってたんだよ。あんたを人質にしてDr.シャマルから、とか、……でも蓋を開けりゃボンゴレだって言うだろ」
「………」
「取引するんじゃ流石にそれは無理だな、とか色々考えるけどさ。何もかもいきなりだったから結構俺も焦ったっつーか」
そんな私をよそにゾンビ男は流れるように言葉を紡ぐ。だんだん胸中に何ともいえないものがせり上がってきて、
私はナイフに伸びそうになる手を握り締めた。次第に砕けていくゾンビ男の口調と裏腹に、じわじわと膨らむ感情。
―――ぶちり。爆発は案外早かった。
「っあーもう、ややこしい!つまるところ、私が襲撃されたのは隊長さんとやらが命令を受けたせい。
二人はその付き添い。そして貴方は独断で――取引をするために出てきた」
「あ、ああ。ちびを連れてな。それで隊長達と合流して……あんたのところへ行ったってわけ」
「ふうん……」
ちらりと“ちび”――拘束された今も子泣き爺のごとくへばりついている幼子をみやる。能力者であってもなくても、
どうも戦うには幼すぎるようだった。身体を預け、隊長、を信頼しきっている様子はこんな状況でなければ微笑ましいと言えるのだが。
「あいつら、きょうだいだからな。一刻も早く逢わせてやりたかったんだ」
(………ん?)
言葉のニュアンスに何か引っかかるものを感じて、地面に仰向けになっているゾンビ男へと顔を戻す。
――と、その時。
ぞわりと全身が総毛立って身構え備え振り向くよりも、声が耳に届くほうが数秒ほど早かった。
「―――おや、」
「……っ、出た……!」
「思ったより元気そうですね。―――随分薄汚れた格好ですが、大丈夫ですか?」
涼しげな声は思った以上に場違いに響く。私が今ぱっと見悲惨な格好であることをすっかり忘れていた。
ゾンビ男からの返り血は多分肌にどす黒くこびりついている。服は……この暗さと深い色の服に目立つことはないだろう。
とはいえ今の台詞が私を貶しているのかどうなのか判断がつきにくいのが困るところだ。
背筋がぞわぞわする感覚は変わらず、気を抜けばそれが脳髄にまで響きそうで怖い。
「無傷ですから問題ありません。そっちこそ、服、かなりくたびれてますけど」
「ええ、あちらで少しやり合ったものですから。まあとりあえず―――“終わりました”よ」
背後に山本をつれて現れた青年の纏うスーツは全体的に埃っぽく、焼け焦げた箇所や破れた部分が見て取れる。
戦闘を、しかも大規模なものを行ってきたのは明らかだった。そして現段階で起き得る盛大な襲撃といえば、
ゾンビ男の言う、かのファミリーによる『ボンゴレへの復讐』以外は考えられない。
最後の台詞は真っ直ぐ、恭弥に向けられたものだった。終わった、と、彼はそう言ったのだ。
「それで、こちらの状況は?……というか何をしてるんですか君達」
「…………五月蝿いよ」
「いや……なあ?」
一仕事やってきた感溢れる六道骸にそう問われて、私達は同時に目を逸らした。
傍から見れば襲撃者を拘束したまま、三人揃ってただ突っ立っているような状態である。
私の我儘―――正当な権利だと主張するが―――のせいで話を止めたことは間違いない。六道骸が来てしまった以上、
残る疑問について更に突っ込むのは得策ではないだろう。これからはボンゴレ幹部とゾンビ男との間で進めていくべきこと。
取引がどうという話になってしまえば私がこれ以上この場に留まるのはよろしくない。
ボンゴレが耳を貸す自信のある材料―――興味がないわけではない、が。連中に関わった瞬間から悪いこと続きなのである。
引き際はここだ。そう判断した私は軽く両手を広げてどうぞ、とばかりに右手をゾンビ男の方へと流した。
「取引、上手く行くといいですね。じゃあ私はこれで――」
「帰れると思ってるんだ。へえ」
そのおめでたい頭どうにかならないの?と、我が幼馴染による抉るような追撃が続く。
けれどいちいちつっ掛かるには体力も気力も損なわれ過ぎていた。あとは何よりも、……自分の身がかわいい。
「え?ああ、呼び出されたらちゃんと出向くって―――」
「これが終わったら、直ぐ、即行で、ボスに報告しに行かなきゃいけないから」
「……いけないから?」
嗚呼。今すぐ、家に帰って寝てしまえたらいいのに。
「諸悪の根源がいないと意味がない」
「誰が諸悪の根源?ねえ誰が?!」