『君が、もし、この先……ボンゴレから出て行く事になったら』

 

 

たとえ誰かにどんな言葉を掛けられたって絶対に揺るぎはしない――――そういう決意をした、その瞬間に、ふと甦る声があった。

脅迫以外のなにものでもない行動に潜む、ぞっとするほどの真摯さ。まるで懇願しているようだったと言ったら彼は怒るだろうか。

内容よりもむしろ態度の方が気に掛かって仕方がなかった、………幼馴染のあんな姿は初めて見る。

 

 

『その時は真っ先に―――僕に知らせなよ』

 

 

だから、というわけではないけれど。無理矢理だろうと何だろうと一度頷いてしまったものは仕方がないと思うから。

(言うよ。言うから。……それだけはちゃんと守るから)

 

――――あの日守れなかった約束の代わりに。

 

 

 

灰色の夢

 

 

 

組織が保有していた高精度のセキュリティシステムを利用して私が壊滅に追い込んだマフィア、『フィオリスタ・ファミリー』。

麻薬など違法なものに手を出して一世代で莫大な財産を築き、その勢力を増していったという。

 

しかし元は片田舎の弱小マフィアだった彼らが、どうやって莫大な利益を生めるほどの流通を確保したのか?

何故他のマフィアに潰されずそこまで成長を続けられたのか?

組織そのものを復讐と称して壊した私は、その中身を、その深淵を目の当たりにしたからこそ疑問を持った。

あの中で行われていたことは――金儲けの手段だとか、そういう単純な話では、ない。もっとなにかおぞましいモノ―――……。

 

 

(そもそもあんな“弱い”連中に、遠い日本から人間を拉致してくる組織力があるとは思えなかった)

 

 

ゴテゴテの超強力セキュリティは自信のなさゆえ。恐らくまともに戦える人間などろくにいなかったに違いない。

となると、私達家族を含めた日本人を手際良く拉致した連中は彼らとは別の組織だった、という結論に至るのは容易いだろう。

 

幸か不幸か、あの場所から逃げ出した私には腐るほど時間が残されていた。

ひょんなことから知り合った謎の経歴を持つ“マスター”の手伝いをしていれば、日々僅かでも情報を集めることができた。

そう、だから知り得たのだ。『フィオリスタ・ファミリー』を傘下に置く武装集団『フリツォーネ・ファミリー』のことを。

 

それに連なる組織たちのことを。そして、その全てを凌駕するほどの大きな存在を―――――。

 

 

 

「フリツォーネ?あまり耳にしない名前ですね。この辺りの組織ではないとしても、いったいどこの……?」

「それは、わからない。国内に拠点を作ってるのは確かだが、本拠地かどうかは……」

「面倒だね。とにかく、場所がわかってるならそこに殴り込めば話は早いんじゃないの」

「…………。全く、すぐ暴力で解決しようとする君のその短絡的思考は改善すべきだと思いますよ」

「ねえ、なに言ってるの?君にだけは絶対に言われたくないんだけど」

 

 

 

恭弥達の会話を理解するのに数秒のラグがあった。私の息が止まるほどの驚愕を知らない彼らは話を続けており、

どんどん先へ進むので早く考えないと頭が追いつかない。まず今はフリツォーネの拠点が国内にある、だっけ。

殴り込み一択とはいかにも恭弥らしいが、私の中の醒めた部分がそれは無駄だろうと呟く。

 

連中の実力もさることながら、最も評価するべきなのはその証拠隠滅能力の高さにある。金に糸目をつけず、

手段を選ばず、隠蔽にかけては一級品―――痕跡を全く残さない。仲間であろうと邪魔だと思えば早々に切り捨てる決断の早さ。

身元がばれないように死体の顔を削いだり、丸ごとミンチにしたりするなどの悲惨な手口も彼らにとっては特別な行為ではなかった。

 

そんな連中がだ、こうしてゾンビ男と少女を取り逃がしている時点で動かない筈があるだろうか?

今回彼らと……ゾンビ男のファミリーを介してだが……対立しているのはボンゴレというイタリア随一の大規模マフィアだ。

十中八九、その拠点から移動したに私は賭ける。もしゾンビ男の言う連中が本当に『フリツォーネ』だったのなら。

 

 

(―――本当、に?)

 

 

自分の思考の流れにふと戸惑いを覚えた。事実、彼らがそうであるとこの目で確かめたわけではない。

偽称はこの世界でそう珍しくもない。ゾンビ男が嘘を言っていなくても彼が得た情報が間違っている可能性は少なからず存在する。

 

その疑問は尤もなことだったし、当然きちんと調べる必要はあると思うけれど。

なぜか、その思考が、まるで私がボンゴレにとどまる理由を探しているようで――……?

 

 

(ううん、でもそれ以前にちゃんとしっかり見極めないと。勘違いで動いたっていいことはない)

 

 

一方的に知っているだけで、奴らとは全く面識がないんだから。動くなら慎重に。下手に行動を起こして変に勘ぐられても困る。

“治療”をしたいDr.シャマルもさることながら、えらく勘が良すぎる超要注意人物の誰かさんにもこれから会わないといけない。

精々言動には注意しなければ。そこまで考えて、―――そういえば、と、あることを思い出した。

 

 

ゾンビ男と少女は目的が別だからいいとして、隊長以下三名は私がシャマルの助手だという情報を得てやってきたという。

そして実質襲撃命令を下したのはフリツォーネだと言っていた。それなら、助手云々はそいつらから出てきた情報なのだろうか。

あの屋敷の中で私を助手だと誤認したのは恐らく、シャマルにあっさり一瞬でやられた三人組のみ。

 

どうやってか医者が行動不能にして放置した―――。

 

 

(でもそいつらをボンゴレが回収しない筈はないよね?Dr.シャマルは結局協力することになったんだし……)

 

 

恭弥も六道骸も、シャマルでさえもフリツォーネの名に対して全く聞いたことがないという反応を示している。

ボンゴレほどの組織が三人もストックが居てそこから何の情報も聞き出せないなんて醜態を晒すだろうか?

ああ、もう、全然情報が足りない。こういう事態になるならもっと粘っておくべきだったか、

でもハルのことを放置したくもなかったしそもそもあの時は本当に体力の限界で……。

 

目まぐるしい勢いで頭を働かせていると、じゃり、と近くで土を踏む音がした。

流石に反応しないわけにはいかないので、少し顔を上げ、視線だけを向けた。……Dr.シャマルだった。

 

 

 

、お前、顔色相当ひでーぞ。やっぱ左腕の調子悪いのか」

「――――――――」

 

 

 

今回のことに関して。態度の煮え切らない私に何か絶対含む思いもあるだろう彼は、どこまでも心配の色を瞳に浮かべてそう問うた。

本当に、この人は。どこまでも医者であり続ける人だ……嫌になるくらいに。一度患者と見なしたらしつこいくらいにしつこい。

聞きたいこと、吐かせたいことが沢山あるだろうに。

 

私は、いいえ大丈夫です、と反射的に答えようとした口を閉ざして、代わりに少し本音を交えた言葉を吐息に乗せた。

 

 

 

「そうですね、なんだか……疲れました。どうも最近、いっぺんに色んなことが起きてるというか」

 

 

 

私のことはもちろんだが、なぜハルまで。彼女のことは今も重苦しさを保ったまま心の奥底に沈んでいる。

考えれば考えるほど、私が今まで向き合ってこなかったことを思い出して息が詰まる。

まるで自分がどこに立っているかもわからなくなるような―――無意味に動揺する私は弱いのだと思う。

 

語ることもなくてそのまま黙りこんでも彼は追及してこない。多分、ハルのことは既に伝わっているのだろう。

記憶の中の彼女が、シャマルに怪我の応急処置とか、そういう基本的なことを昔教えて貰ったのだと懐かしそうに笑った。

 

 

 

「ああ……、今回は、完全に巻き込んじまったみたいで悪かったな」

「………………。……ノーコメントでお願いします」

「そこは『あなたのせいじゃありません!』ってフォローするとこだろ?!」

「裏声で身体くねらせないでください気持ち悪い」

「っだからお前、ホント真顔やめろって……!」

 

 

 

演技だろうと、中年が媚を売るさまは正直ドン引きである。鳥肌が立ったのでノンブレスで吐き捨てると彼は

面白いくらいに顔を引き攣らせた。Dr.シャマルのせい、と言えなくもないとはいえ―――断言してしまうのは違う気がしている。

むしろただの八つ当たりでしかないだろう。怒りをぶつけるべき対象がぼんやりと霞がかっていて実体が掴めないことにはどうしようもない。

 

せめてと、シャマルが私を“助手”として巻き込んでしまったという丁度渡りに船な話題に、私は飛びつくことにした。

 

 

 

「それはそうと、私をあなたの助手だって呼んだのは屋敷で初めて会った三人組だけなんですけど。あの人達、どうなりまし―――」

 

 

 

たか。言い切る前に語尾が口の中に消えたのは、彼の表情が見る間に硬く、険しくなっていったからだ。

その変化に瞬きひとつ。さきほどまでの戯けた様子をすっかり消してDr.シャマルは私を見やった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――は?死んだ、って……」

「正確には殺されてた、だ。俺じゃねーよ。恐らく俺達が部屋を出た後に誰かが……」

「誰か、って誰ですか」

「わからん、が、もしかしたらそのフリツォーネっつー連中かもな」

 

 

 

気配は感じなかったが、もし近くで会話を拾われてたとしたらそいつらがお前の情報を流したとも考えられる。

Dr.シャマルはそう言って話を締めくくる。私があの部屋で寝こけている間にそんなことになっていたとは本当に予想外だった。

 

状況を考えれば口封じだ。シャマルが解毒するまで行動不能とは、どう足掻いても絶体絶命、進む先にはボンゴレに捕まる未来しかない。

あの場に居合わせたらしい『誰か』はそれを解消するのに最も簡単な方法を取った、それは……死という終焉を与えること。

 

 

 

「とはいえ例の三人組は“俺”と“俺の目的”を知ってたから、そいつらもフリツォーネか?だとすりゃ、……」

「……あの、言ってる意味がよくわからないんですけど」

「っと!わり、忘れろ。お前にこれ以上首突っ込ませると俺が雲雀に殺される」

「――――――――」

 

 

 

元凶、というかきっかけが言うな、あんたのせいじゃないけど。ジト目で睨みつけながら今得た情報を頭の中で繰り返す。

シャマルとシャマルの目的、それはまず脇に置くとして、そいつら『も』フリツォーネか、と間違いなく聞こえた。

三人組に関する情報がたったそれだけということは、そいつらからは何の物証も出てこなかったからだ―――と、すれば。

 

 

(………また一本、線が繋がった)

 

 

ひとつの予感に戦慄を覚える。これは、この状況は、フリツォーネの特徴をそのまま表している。調べなければ―――私の為に。

どんな手段を使っても首を突っ込まなければならないことだった。骸のこととは違う、とことん、底の底まで。

 

その先で、たとえ汚泥にまみれて動けなくなっても。

 

 

 

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