――――その為に、ボンゴレを利用する。

 

 

 

灰色の夢

 

 

 

マフィアの情報を得るならマフィアから。同じ世界に入らなければその存在すらわからないこともある。

さて、この状況で私が取るべき道はなにか?当然のことながら、今回(も)、ボンゴレ側は私をこの騒動に巻き込むことをよしとしないだろう。

この後ボスに会うといってもだ、Dr.シャマルについていった理由を話して向こうが納得すればもう終わり。

厳重注意かあるいは万が一何らかの処罰が下ったとして、その先はない。全ての情報をシャットダウンして私を拒絶する。

 

パーティ会場爆破事件という前科がある以上仕方のないことだし、もちろん普段ならそれで私は喜んで身を引いただろう。

望んで危険な目に遭いたいわけではない。……仲間を、巻き込みたかったわけではない。

 

 

(でも今回だけは―――何を差し置いても今回だけは)

 

 

喰らいつかねばならない。そういう、決意をしたから。私は大きく溜息を吐いてこれからのことに考えを馳せた。

 

さしあたっての問題はだ、とにかく時間がないことに尽きる。今は人気がないとはいえ、いつまでも誰に聞かれるかわからない

屋外で重要な話をするわけにはいかないから、恐らく直ぐに移動するに違いない。

私もそこへ連れて行かれて―――話をして、恭弥達が状況を整理してしまえば、もう。

 

 

 

「おーい、連絡ついたぜ!とにかくまず合流しろ、って獄寺がさ」

「集合場所はどうなりましたか?」

「ああ、例の―――」

 

 

 

やはり報告に行っていたらしい山本の声が耳に届いた。本気でどうしよう。思考が巡るも、時間だけが刻々と過ぎていく。

 

情報が欲しいだけなら簡単な方法がひとつ、あるにはある。単純な話だ。

私が情報屋『Xi』として彼らと行動を共にする―――つまり共同戦線となれば情報をある程度共有するしかない。

当たり前だがボスは反対するだろう。けれど、そう、私が『フリツォーネ・ファミリー』を知っていると言ったら?

彼らの組織構成、内情、そして単なる拠点ではなく本拠地まで知っていると言ったなら―――……?

 

全く情報を掴めていないボンゴレにとっては、相手の真偽はどうあれ、確認する価値はあるはず。

私に情報提供を求めるはず。そして調査の結果出てきた情報を私に伝えて確認しろというはず。

たとえボスとの関係がうまくいっていなかったとしても。ここまで大きな事件になってしまっては、くだらない私情を挟む余地はないと思う。

 

 

…………ただ。ただ、それは、己の身を滅ぼす諸刃の剣だということは痛いほどにわかっている。

特にDr.シャマル――――眠り続ける患者と私とを関連付けたいあの医者にとっては。一度なら偶然で済む、では二度なら?

脳の異常で共通点を見つけたという彼に、フリツォーネというもうひとつの共通点を与えてしまうわけにはいかない。

 

それを見逃してくれるくらい愚鈍であったならよかった。でも現実は違うのだ、きっと彼は確信を持ってしまうだろう。

 

 

(っていうか、情報屋『Xi』は休業だってあれだけ偉そうに啖呵きっといて何を今更、)

 

 

プライドも何もかなぐり捨て宣言を翻してまでやらなければならない何かがある、と自分で説明しているようなものだ。

そうでなくてもあのボンゴレ十代目沢田綱吉という男は、超直感などという反則じみた勘の良さを持っているのだから。

 

 

 

「では彼らはDr.シャマルにお願いするとして、さんは―――」

「あっちは僕が連れて行くよ。途中で逃亡されても困るしね」

「クフフ、確かにそれは困りますね。……主にボンゴレへの人身御供な意味で」

 

 

 

ねぇそこ聞こえてますけど?むしろ聞かせるつもりで言ってるよね?などという突っ込みは心の中で。

貴方達の会話には興味ありません聞きませんと背を向けた意味がなくなる。

 

まあ、向こうはそれを分かってて言っているのだろうけど。ほんと性格悪いし性質悪い。

 

 

 

「あー、。あのな。……気持ちはわかるからナイフをしまえ」

「やだ何言ってるんですか?ちょっとリハビリにダーツをしようかと思っただけですよ」

「だぁから!―――ったく、医者からの忠告だ。腕の傷が悪化するからやめろ、

「…………。………そういうのって、なんか、」

 

 

 

ずるいような気がする、と文句を言う代わりに私は大人しくその忠告とやらに従った。別にどうせ避けられるんだからいいよね、的な

ことを思ってそこいらで失礼なことを口走っている誰かさん達を的にしようだなんて言ってないし思ってない。非常に心外である。

 

 

と、そうこうしているうちにもう話が纏まってしまったらしく、六道骸に声を掛けられ振り向くと

山本が用意したのだろう車……護送車にゾンビ男達が次々と乗り込んでいくのが視界に入った。

一番頑固そうだった隊長さんが全く抵抗する様子を見せないので、ある程度はこちらを信用したとみえる。

少女の護衛、が効いたのか?彼らの事情は気になりはする――――が。如何せん、フリツォーネの優先順位の方が高い。

 

 

(とはいえ、連中の狙いが何なのか知れば真偽の判断がしやすくなるかもしれない)

 

 

でもそれは恭弥が、ひいてはボンゴレ側が拒絶している、いわゆる“首を突っ込むこと”そのもの。

私はその大義名分を今、たったひとつも持ち合わせてはいなかった。どうしよう、後からハッカーを脅して?

いや、抗争になってしまうと周囲との兼ね合いもあってデータとして残さず全てを終わらせてしまうことも多いと聞く。

 

私の取れる手段はそうない。ゾンビ男達のことは捨てがたいけれど欲張るのはもっと駄目だ。急いては事を仕損じる、急がば回れ。

落ち着けと自分に言い聞かせていると、動かない私に焦れたのか我が幼馴染がいつの間にかすぐ傍に立っていた。

 

 

 

「ねえ、いつまでのんびりしてるつもり?……殴られたいの?何考えてるのか知らないけど―――」

「え、どうやったらボスの機嫌を取れるかとかこう、ほら、ね。色々あるじゃない」

 

 

 

瞳に込められた洒落にならない怒気に私は笑って誤魔化してみる。すると意外や意外、彼はほんの少しだが肩を揺らしてそのまま

視線をあらぬ方向へ。なにその動揺っぷり。いやいや、やばいでしょ。あの厚顔無恥な恭弥でこれってどんだけ?ボス、ちょっと、え?

 

 

 

「……無駄な抵抗しないで大人しく正直に喋ったらいいんじゃない」

「えっどうしたの恭弥、もしかして熱があるとか!?」

 

 

 

恭弥がこんな殊勝なことを申しております!半ば本気で体調が悪いのかと心配すると、五月蝿いよと即座に切り捨てられた。

意地でも目を合わさないつもりだな、こいつ。それならばと骸に視線をやるも同じように逸らされる。困ったような笑顔がなんとも言えない。

 

そんな態度を取られると超逃げたくなるんですけど、と考えてしまったのが悪かったのか?

 

エスパーさながらにその思考の変化を読み取ったらしい恭弥は、有無を言わせず私の首根っこを掴み、

ずるずると山本達が待つ車のところまで連行したのである。私は猫かなにかかっ!

 

 

 

―――護衛対象の少女が今現在狙われているのが事実なら尚のこと、本部に連れて行くわけにはいかないという判断だろう。

ボンゴレ本部とはまったく違う方向に車は進む。運転席には骸、助手席には恭弥。

乗る際、何のためか微妙に牽制し合っていたのには笑えたが、全く会話がないこの空気の中ではこちらもいたたまれない。

 

だからだろうか、意識が残っていたのは、車内で揺られてから二十分ほど過ぎたあたりまで。

 

 

 

「………恭弥。………ねむい」

 

 

 

そう呟くのが精一杯、返事は耳に届かず。どうしようもない疲労感と、それ故の逆らいがたい眠気に負けて、私は夢の世界へ旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『マフィアなんかやめろって、あのひとが言うんです』 拳銃を胸に抱いてハルが泣いている。慰める言葉を持たない私は、

けれど傍にありたいと思って近づいた。すると今度は別の方向から声がする。―――痛ましいものを見る目が、私を。

『………諦めてくれ。無理なんだ、もう、』 どうにもならない。ならない。ならなかった。

 

……気付けば私は見覚えのある場所に立っていた。組織の研究室の一角、システムの中枢がある区画。

モノクロな世界の中でくすんだ色のスイッチがやけにその存在を主張している。

(連れてはいけないなら、未来がないなら、ただ搾取され続けるだけなら) これを押して全てを終わらせよう。

大丈夫、どうせ私だって生き残れやしないのだ。それならこのファミリーごと。一人でも多く。一人でも多く。

 

 

――――死ねば、いい。伸ばした指先がそれに触れた、瞬間、……

 

 

目が覚めた。何の前触れもない覚醒だった。視界一杯に広がるクリーム色の天井に覚えはない。

身動ぎひとつできないまま暫く瞬きを繰り返していると、薄ぼんやりとだが、眠る前の出来事が脳裏に甦ってきた。

 

なんだっけ、そう、恭弥も怯むほどの怒れるボスに会うために半ば脅されて連れてこられたんだっけか。

夢を見ていたような気がするが、すっきりした目覚めだし幾分疲れも取れている。

 

 

 

「起きたのか、。気分はどうだ?」

「…………………………。…………、……………おはよう、ございます」

 

 

 

しかし寝起きにリボーンはちょっといただけない。認識してしまった光景に、私は速攻で夢の世界に逆戻りしたくなった。

 

 

目を閉じてなかったことにしたいのは山々だったが、そうして何が起こるかわからない(銃弾を撃ち込まれて起こされるなんてごめんである)。

私はゆっくりと身体を起こし―――自身がソファに寝ていたことを知った。暖かいブランケットが掛けられている。

動かせばずきりと痛む左腕が、これは現実だと主張していた。ぼんやりする頭を叩き起こして周囲を見渡す。

どうもそれなりに広い部屋の真ん中で、私は寝こけていたようである。

 

そしてリボーンはといえば、開け放たれた扉のすぐ近くで……いつもの帽子に手を掛けながらこちらを見ている。

うん、どう考えても、監視にしか見えないんですがそうですか。

 

 

 

「寝て……ました、か、私。どのくらい……?」

「ここに来てからは三十分ほどか。何があったかは山本から聞いてるぞ。災難だったな、

「はは、そ、そうですね」

 

 

 

ううむ。彼、が、何をどこまで聞いたのかが非常に気になるところだ。

肝心なところでいなかった山本にそうそう妙なことを報告されるとは思わないが―――しかし。

いや、下手な小細工が全く通用しないだろうことを考慮すれば直球で行ったほうがまだマシか。

 

 

 

「えーと、すみません、状況がまったく掴めないんですけど……」

 

 

 

これからどうするべきなのか、そしてこちらの立場は。

リボーンだからある程度空気を読んでくれるだろうと私は遠慮なくどストレートに訊ねることにした。

 

 

 

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