最後の一人まで行ったとき、流石の私でも叫びたくなった。
この無能! と。
灰色の夢
ハルと買い物をした次の日には家具も到着し、私達はその部屋に移った。
「・・・・何か、広くないですか?」
「候補は二つあったんだけど、高い方にしておいたの。買い手が付きやすいしね」
イタリアらしく、天井の高いマンションの一室。
柔らかなベージュを基調としたそれはとても上品で、こんな立場でなければずっと住みたくなるような所だった。
私達は夕方にかけて小物類を収納し、ご飯を済ませた後漸く仕事に取り掛かる事ができた。
とはいえそれは主に私の仕事なのだが。
「さんそのノートパソコン、昨日買ってた奴ですよね」
「そうよ。新品そのもの」
「・・・そんなので『Xi』のデータベースにアクセス出来るんですか?」
ああ、セキュリティ上の問題があると言いたいのか。
だから『Xi』なめてもらっちゃ困るんだけど。
「出来るわよ。・・・・・・・・ただし、パスワード入力に一時間かかるけどね」
「・・・え」
「指定外のパソコンからアクセスする場合、通常の約200倍の時間を要するように作ってあるの。
言ってしまえばパスワードが長いだけなんだけど」
「・・・・・うわぁ・・・・・」
「そしてそれは私の記憶の中にのみ存在する文字と数字と記号の羅列。一仕事終える毎に変えてるし」
それを破れる人間が居たなら、それから先、毎朝起きたときに拝んでやってもいい。
最も、今の所そんな存在に出くわした事は無いが。
例え指定のパソコンを盗まれても立ち上げる時にある特定の動作をしないとデータを全て破壊するように設定している。
私の情報は私だけのもの。
誰にも渡さない。
「よく憶えられますね・・・」
「前に言ったでしょう?『暗記は得意だ』って」
あれは嘘ではなかった。私は確かに暗記が得意で、一度見たことは忘れない。
それにどれだけ命を助けられてきたことか。
「あぁ、ハル悪いけど二時間ぐらい待っていてくれる?なるべく早くこの資料を確認するから」
「了解です!ハルは・・・そうですね、ゲームでもして大人しく待ってます」
彼女はすちゃっ、とパールピンクのゲーム機を取り出して笑う。
『Xi』のデータベースなど他人に易々と見せられるわけがない。わざわざ言わなくても理解してくれている。
そんな僅かな気遣いでさえ、今まで感じたことなどなかったもので。少し、不思議な気分だった。
取り敢えず私は気を取り直してパソコンに向かい、最早目を瞑ってでも出来ようになった作業を開始する。
きっちり一時間で見慣れたページに辿り着くことが出来た。
目当ての情報へと進みながら、今回の仕事対象がキャッバローネで良かったと・・・・思う。
マフィアと関わりたくない私はファミリーに対して深く踏み込まないように行動していたが、彼らだけは違った。
仕事を請けようと思い立った以上、一通りかなり深めに事前調査をしていたのだ。
そのデータが今、私の力になる。
そして。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
仕事を始めてから二時間後、私はパソコンの電源を切り、ばらけた資料をまとめた。
それに気付いたハルが声を掛けてくる。
「さん?何か分かったんですか?」
「ええ、もう。面白い位に」
私は笑う。にっこりと。
「ハル。近日中にキャバッローネに潜り込むわよ」
「は・・・・あ、あの、さん・・・・?」
「あら、何?」
「・・・・・全然・・・・目、笑ってないんですけど」
「・・・・・ふふふふふふ」
「あわわわ、どうしたんですか!?」
「・・・・・これが笑わずにいられましょうか・・・ふふ・・・・」
不気味な笑みにどん引きのハルを無視して私は続けた。
「ねえ、ハル。やっぱり今回の仕事、一筋縄じゃいかないみたい」
「・・・・・そ、そうなんですか?」
「そうなのよ。・・・・・ディーノさんから頂いた資料だけどね?」
「あ、はい」
「――――全っっっっ部、スカ。」
沈黙。
「えええええええええぇぇ!!?」