無かった事には出来ない。
贖罪などするつもりはない。
全てを抱えたままでも、私は生きていける。
灰色の夢
息せき切って飛び込んできたディーノ。
余程慌てていたのか髪は乱れ、頬に汗が流れ落ちている。
対して私はゆっくりと、静かに応えた。
「一人で来て下さったんですね、有難うございます」
今回『は』どうやら約束を守ってくれたらしい。
キャバッローネに連絡を取ってもらったとき、私は一人でこの報告会に来るよう条件を付けた。
麻薬を取り扱っている主犯は分かったものの、それが何処まで派生するか分からないからだ。
お付の者まで疑うことは無いだろうが、念には念を、という事で。
「・・・幾らなんでも数時間前の約束は忘れねーよ」
「そうですか、それは失礼しました」
「・・・・・お前なぁ・・・・・・・・いや、それより」
ディーノは棒読み状態の私に一旦呆れた顔をして見せたが、それは直ぐに真剣な表情に取って代わられた。
先程と同じ台詞を繰り返す。
「犯人が見つかったって、本当なのか」
「・・・・・はい。残念ですが」
彼にとってこれほど嫌な事はないだろう。
自分の身内に、いてはならない者がいたのだから。
ディーノは一瞬悲しそうにも苦しそうにも見える複雑な表情になった後、その瞳に怒りの色を滲ませた。
「一体誰なんだ!?」
「ディーノさん、落ち着いてください」
「これが落ち着いてられるか!?っ野郎、今すぐに締め上げて――」
「ディーノさん」
「・・・・・っ・・・・・・・・・・・・・・」
「一年も待ったんでしょう。あと数分待ったところで罰は当たらないと思いますけど?」
「・・・・・・あぁ、そうだな・・・・・・・すまん」
「いいえ」
その気持ちは、痛いほど分かるから。
・・・・私は彼が冷静になったのを見届けてから、ボスに声を掛ける。
「では、座らせていただいてもいいですか?」
「構わないよ。――じゃあ、皆こっちに」
毎度お馴染みとなってしまった黒いソファ。人数が多いので前よりも増えている。
私はハルの隣に腰を下ろして、報告のために作成しておいた資料を取り出した。
そこにボスの感心したような声が降る。
「それにしても、さんって凄いね。俺たちが一年掛かって出来なかった事を数日でしちゃうんだから」
「・・・いえ、今回ばかりは偶然の力に頼った事も多々ありまして。普段こう上手くいくことは少ないです」
「強運なんだ」
「悪運ですよ」
全く、自分の運の悪さには涙が出そうだ。厄日続きと嘆きたくなる。
もしかしたら、疫病神か何かが憑いてるのかもしれない。
気を取り直して、私はディーノのほうに向き直り話し出した。
「では・・・報告させて頂きます」
この数日間の調査で分かった事を告げる。今は、あの事件のことは隠して。
ディーノは固い顔のまま、時折相槌を打ったり逆に質問してきたりした。
他は遠慮しているのか静かなものである。
そして最後になって、漸く私は主犯の名を告げた。
「・・・・被疑者の名は『マリオ・パンツェッタ』。ご存知ですよね?」
「―――あぁ。」
一瞬だけ目を閉じて、彼は頷いた。
そして更に厳しい顔つきになって、立ち上がって――
「恩に着る、。・・・・じゃあな」
「何処行くんですか」
「ぐあっ!?」
私の横を通り過ぎようとした瞬間、私にTシャツの裾を引っ張られてソファへ逆戻りした。
・・・・ふふ、今のは見事に絞まってたな。
「な、な、なな、おま、何すんだ!!殺す気か!?」
「ディーノさんこそ報告の途中で何処に行くんですか。依頼主なら最後まで聞くべきでしょう」
「今犯人言っただろ?」
「仕事が終了したと、私が一言でも言いましたか?」
「・・・・い、いや・・・・・」
「だったら最後まで聞いて下さいね?」
「、あのな」
「聞いて下さいね?」
「・・・・・・・」
「聞いて、下さいね?」
「・・・・・・・・・・」
広がる沈黙。
「ああ、聞いてくださるんですかどうもすみません」
「・・・・・・・・・お前、ほんっとイイ性格してるよな」
「お褒め頂き有難うございます」
「褒めてねぇっつーの」
「知ってますよそんなこと」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
全く。