私の家の、一番奥の部屋に隠していたものがある。
十年振りに出した其れは、辛うじて鈍い光を放って、私の心を騒がせた。
もう使い物にならない――人ひとり殺せないであろう、ぼろぼろのサバイバルナイフ。
私はそれを手に、あの男が呼び出されている場所へと、向かった。
灰色の夢
男は既に来ていた。
其処は現在使われていない屋敷の一室で、だだっ広い部屋にいくつかの家具が置いてあるだけのシンプルな部屋。
・・・・・・ただ、普通の部屋ではないのだ。
まず、この部屋には窓が無い。唯一扉からのみ出入りする事ができ、それは今開かれている。
そして後もうひとつ。
この部屋は、白い。
天井から壁紙から調度品に至るまで、全てが白い。
目の痛くなるような白さが一種のトランス状態を引き起こす。
彼は今、途轍もない不安に襲われているだろう。何も知らされず此処に来ざるを得なかったのだから。
今からする事を思えば、至って好都合ではあるが。
私はゆっくりと、足音を立てず気配を完全に消し去って男の背後から近づいた。
そして、息が首筋に掛かるか掛からないかのギリギリの所で止まって。
―――あのナイフを、彼の顎下に突きつけた。
そう、あの夜と同じ様に。
「動けば、殺す」
同じ台詞を吐いて。
「・・・・・・・・・・・・・・・っ!!?」
ひゅう、と目の前の男の喉から音がする。
一瞬で私が誰だか判ったらしい。あの光景はやはり、それほどのトラウマとなって彼を苦しめ続けたのだろう。
十年弱―――この男にとって、その時間は長かったのだろうか。短かったのだろうか。
元凶である私には、何も言うべきことはないけれど。
「こんにちは」
「・・・・・っ、な・・・・・」
「余計な事は喋らないで。聞かれたことにだけ答えなさい」
「っひ・・・・・」
「私が何故此処に来たか―――分かる?」
「―――――っ」
男はガタガタに震えた体で、精一杯首を振った。
この十年間、犯人は少女である、などということは噂でさえも聞こえてこなかった。
それはつまりこの男が何も喋らなかったからに他ならない。言ったところで誰も信じはしなかっただろうが・・・
でもそれでは話が進まないので、私は嘘を吐く。
「へぇ・・・・本当に?心当たり、ないの?」
「・・・・・・・」
「だったらどうして私の所に・・・『知っている』人が来るのかな・・・・?」
私が引き起こした大惨事を、と言外に告げて。
「貴方以外は絶対に知らないのに・・・?」
「馬鹿な!!私は何もっ・・・」
「その人に、死んでもらう前に聞いたんだけどね?貴方の愛人がそう言ってたらしいの」
「・・う、嘘だ!」
「余計な口は叩かないで」
「・・・・・・・・っ・・・・・・・」
愛人の事を口にした時、男は微かな動揺を見せた。
・・・・・・案外、当たってたりして。
「その女性、重度の麻薬中毒者だったみたいで、クスリをあげると言ったら喜んで喋ってくれたそうよ」
「!」
麻薬中毒、という言葉に男は更に動揺した。私は忌々しさを堪えてナイフを握り直す。
こいつ本当に喋ってたのかもしれない。・・・・殺すって言ってあったのに、いい度胸をしている。
薬漬けの愛人だから分からないとでも思ったのか。寝物語にぺらぺら喋る男というのはよく聞く話だ。
かなり本気で埋めたくなったが、仕事なので諦めるしかなかった。
そうそう、ボンゴレの連中とディーノは隣の部屋で待機している。
頃合いになったら私が身に付けた盗聴器を作動させ会話を向こうへ送る手はずになっている。
今、私は密かにそのスイッチを入れた。
――さぁ、そろそろ喋っていただきますか。
「貴方・・・自分の愛人、麻薬漬けにしてるそうじゃない。いいの?」
「・・・なに、が」
「キャバッローネ」
「・・・・!」
「貴方の所属ファミリー」
「っ・・・」
「そして貴方はパンツェッタ家現当主。ファミリーにおいて多額の資金を提供し大幹部の地位を三代に渡って守り続けている」
「・・・・・・・・何故・・・・」
「初代ボスの意向により創立当初から麻薬ご法度のファミリーで・・・貴方は一体何をしているのかしら?」
さあ、どう出る。