私が沢山人を殺していたと知っても、恭弥は大して反応を見せなかった。

まるでそんな事どうでもいいと言いたげに。

 

・・・・だから、もういいと思ったの。

 

それなら、もう。

 

 

灰色の夢

 

 

 

男は黙り込んでしまい、話が進まなくなった。

だがそれまでの反応から言って、麻薬と関わりがあることは別室の待機組にも一目瞭然である。

 

折角怯えてくれているのだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。

 

傍から見れば物凄く嫌な笑みを浮かべているであろう私はほんの少し力を緩め、からかう様に男の耳元で囁いた。

 

 

 

「三代前の当主は、ボスに気に入られて出世―――その後の当主から多額の資金提供が始まったようだけれど。

なら、貴方だけではなく・・・・・・・・・貴方の父親も、其れに手を出していた、という事?」

 

 

 

随分と恩知らずな一家ね、と嫌味たっぷりに付け加える。

するとこの男は根が単純なのか面白いようにその挑発に乗ってきた。

 

 

 

「・・・・・・っ貴様に・・・・貴様に何が分かる!!」

 

 

 

わかりたくもないですよ、と心の中だけで呟く。

私は彼を止めることもせず、好きな様に喋らせることにした。

 

 

 

「私の家を守っていくためにはこうするしかなかったんだ!麻薬でも何でもいい!金さえ手に入れば・・!!」

「露見すればただでは済まないのに?」

「墜ちることに較べればそんなもの・・・っ」

「・・・・・」

 

 

 

この辺りで、いいか。

 

 

 

「そうやって――他の人も巻き込んだ、ってわけ」

「・・・・・・・」

「もしもの時の身代わりのつもり?にしては、大した力もない家よね」

 

 

 

 

これは嘘です。まるっきりの嘘です。

 

とにかく、ここで彼に吐いて貰わなければならないのは、共犯者の存在。

それは一体誰なのか?キャバッローネ所属の人間なのか?今までの情報から読み取ることは出来なかった。

 

ただこの人プライドは山のように高いみたいだし、常に優位を確保するため自分より上の人間を使ったりはしないだろう。

 

 

・・・というような適当な読みはどうやら当たったようで。

 

 

 

「まさか、ヴィヴィアーニのことまで・・・!!?」

「・・・・・・・・」

 

 

 

駄目だ、笑える。

 

確かに引っ掛かってくれればいいな、と思ってはいたのだが。まさか自分から名前を出してくれるとは。

こんなに馬鹿正直な人間には終ぞお目にかかったことが無いような。

そんな風に思えてくるから不思議だ。

 

 

 

さて。

 

この程度で私は手を引くとしよう。

 

 

もっと正確な情報を求めるのであれば、それはキャバッローネ自身がやればいいだけ。

私の仕事である“確実な証拠を提示する事”が出来たのだから。

 

 

 

「・・・どうしようかしら」

「何がだ!?」

「ハイもう黙って。自分の状況分かってる?」

「!」

 

 

 

再び切れもしないナイフを突きつけて。

終わりの合図を。・・・・盗聴器のスイッチを、切った。

 

彼らは直ぐに此処へ来るだろう。

 

 

 

「・・・・貴方が愛人に喋ってたことが本当なら、今すぐ殺さなきゃいけない所なんだけど・・・・

これは私の仕事だし、好き勝手は出来ないのよね。―――残念なことに」

 

「っ、何の話を」

「まあキャバッローネに突き出せばどうせ死ぬんだから、ここが妥協し時かも」

「ま、待て!そんなことをすれば・・・」

「すれば?」

 

 

「・・・お、・・・・お前の事をばらすぞ!!」

「・・・・・・・・・・・」

 

 

 

私はその言葉を聞いて、こみ上げる笑いを止められなかった。

その声にびくりと肩を震わせ、竦みあがり怯える男。

 

この人物そのものに、恨みと呼べるような感情は持ってはいないけれど。

 

 

 

「構わないわよ、別に」

「・・・・なに・・・?」

「私はね、もう、何も出来なかった子供じゃないの」

 

 

 

身を守る術だって、この薄暗い街を生き抜く術だって知っている。身に付けている。

例え今過去が暴かれても、私は大丈夫。

 

恭弥が、そう思わせてくれたから。

 

 

 

「どうぞ存分にお話しになって。―――その代わり、私は貴方をキャバッローネに引き渡すわ」

 

 

 

私は男の首筋からナイフを引いた。その動作に驚いて、彼は恐る恐る振り向く。

ああ、背後に気配を感じる。

 

 

・・・・目の前の男の顔が、見る間に青ざめていくのを見ながら。

 

私は。

 

 

いっそ清々しく、笑った。

 

 

 

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