ボンゴレに入っても、私は何も変わらない。
私は私のまま、生きていくだけ。
という人間として。かつて、だった人間として。
そして今まで私を支えてきた―――『Xi』の名だって、捨てはしない。
灰色の夢
しん、と静まり返った部屋。
そこにいる全ての人間が私を注視しているのが分かる。
私は一度だけ目を閉じて、ゆっくりと口の端を吊り上げた。
「条件があります」
「「あるのかよ!」」
「当たり前じゃないですか」
即答なんかしてやらない。
答えは一つしかなくても、なるたけ私の優位は確保しておかないと。
「・・・・さんのそういう所も、俺結構気に入ってるんだ。出来るだけ譲歩はするよ」
「有難うございます」
太っ腹な所を見せる沢田綱吉。
私がこれから要求する事は、傍から見れば全然大した事のないものだろう。
でもきっと、この余裕面のボスには効くはずだ。
「ボンゴレに入った場合―――私は情報部に配属されますよね?」
「うん、そうなるね。・・・・嫌、だった?」
「まさか!情報に関らない私なんてその辺りの社会人と何ら変わりないようなものですから」
そうしてくれなくては、困る。
少しでも多くの情報に触れられる所に居なければ私の安全が保証できない。
「あの、私――・・・恭弥の幼馴染、でしょう?日本に居た頃はちゃんと交友もありました」
「まぁ、見てればわかるけど・・・」
「ですよね。・・・・恭弥とはとても気が合うんです。今考えれば結構似たもの同士だったな、って」
「。君何が言いたいわけ?」
訝しげな恭弥。遠回りな私の言い様に苛立ちを隠せないようだ。
もう少し堪え性があってもいいと思うのだけれど。
「この十年で確信したんです。私、組織社会って心底嫌いなんですよ」
恭弥みたいに。
そう言うと目の前の爽やかな笑顔が一瞬固まった様な気がした。
「・・・・えぇと・・・・」
「有体に言ってしまえば、上から偉そうに物言われるのが本当に嫌なんです。もう最悪ですね」
「あの、さん・・・?」
「『Xi』の名が広まるまではかなり馬鹿にされました。東洋系だっていうだけで仕事をキャンセルされたり物凄く足元見られたり」
今から超縦社会に入るというのに、この言い草。
凄まじく失礼な事を言っている自覚はあるが、止める気は無い。
・・・・次第に熱が入る私の言葉に、殆どの人間が押されている。
「挙句愛人扱いされたときはもう流石に切れまして・・・・えぇ勿論殺されたくは無いので頑張って我慢したんですけど」
ああもう、思い出しただけで腹が立つ。
「後ろで笑いながら本気で一服盛ってやろうかと思いましたから」
うふふふ、と笑う私。
冷や汗を浮かべる男共。
しかし唯一、暗い笑みを浮かべる私にも臆することなく、リボーンが軽くため息を吐きながら問うた。
「まさか、地位が欲しいとか言うんじゃねーだろな?」
「それこそまさかですよ」
私はわざとらしく目を見開いて反論する。
「立場上目立つのは控えたいですし、それに余計な人間と関わりを持ちたくありません」
「・・・・ほほう」
「そこでボス、相談があるんですけど」
「何かな?」
「今回仕事してみて分かったんです。・・・・これからボンゴレで上手くやっていくには一番だと思うんですが・・・・」
そこで言葉を切り、少々引き攣っているハルの方を一瞥してからその要求を突きつけた。
「私を、ハルの部下にしてください」
―――そう言った瞬間に、ボスが微かに動揺したのを私は見逃さなかった。
「・・・・え・・・・・・・ハル、の・・・・・?」
「はい。彼女と仕事をしているととてもはかどるんです。それにコンピューターに関しては私よりも優れた技術を持ってらっしゃるようですし」
「っさん!?」
ハッキングの事は秘密でしょう、と言わんばかりにハルは叫ぶ。
別に言う気なんか全然無いんだけど。
そういう過剰反応が一番まずいって事分かってないようね・・・。
「ハルは、嫌なの?」
「え・・・そりゃ、さんと一緒に仕事するのは、楽しかったです」
「良かった。私・・・やっぱりまだマフィアって慣れなくて・・・貴女がいるなら、まだやっていけそうなの」
「・・・さん・・・」
とにかく余計な事を突っ込まれないように、感動ドラマを作り上げる。
この空気の中では、あのボスだって安易に断るような真似はしないだろう。
・・・何より、ハルに関する事だから。
「・・・ツナさん!ハルからもお願いします!!」
「ハル・・・・・」
「さんともっと一緒に居たいです。もっともっと、学ぶ事があるんです!」
「・・・・・・・・・」
彼女に懇願されれば、動かざるを得ないだろう。
ボンゴレにとって不利益になるでもなし、別に断るような事でもないのだから。
・・・・ふ。
落ちたな。
「・・・ハルが、それでいいなら・・・構わないよ」
「本当ですか!?」
「・・・・・(結構単純かも、このボス)・・・」
きらきらと全身から喜びのオーラを出してハルが笑った。
それを受けてか、ボスも嬉しそうだ。
「さん、これからもよろしくお願いしますね!」
「それは私の台詞よ」
「はい!」
そして私とディーノとボンゴレ一行はその屋敷から出て。
撤収の準備の為私とハルは部屋に戻ることになり、そのまま屋敷の前で別れた。
ディーノはこれからパンツェッタの元へ行くらしい。
『彼』がこれからどうなるのか。
それはとても明白な事だったけれど・・・私はもう、興味が無い。
あの白い部屋だって、使われる事はないだろう。
「あの、さん。一つ聞きたいんですけど」
「何?」
「部下じゃなくたって・・・えっと、つまり、ハルの上司になっても良かったんじゃないですか?」
「上司?ハルの?」
「それでも一緒に居られますし。能力的にだって、それが当然だと思います。・・・ハルは下っ端だから大した地位でもないですし・・・」
「だってそれじゃ意味が無いじゃない」
「・・・・はい?」
「のし上がるんでしょう?」
彼女の技量で、頭の良さで、その扱いは無いんじゃないかと思っていた。
それに彼女と共に日本から来たらしい男共は、全てドン・ボンゴレの側近である。
ならば導き出される答えは唯一つ。
・・・・ボスが、それを、望んでいないからだ。
だったら邪魔してやる。
「まさか、その為にこんな事を・・・!?」
「手伝うくらいなら出来るわ。私、貴女の事結構気に入ったから」
「さん・・・・」
「だからハルには頑張ってもらうわよ?教える事は山ほどあるんだし」
「・・・・・・っハイ!任せてください!!」
情報屋『Xi』、改め。
ボンゴレ・ファミリー情報部・三浦ハルの部下で取り敢えず下っ端の新参者。
名前は。
闇に隠れるだけではない新しい人生が、今、漸く始まった。