その扉の向こうには、新しい世界と、かつての。

 

 

 

灰色の夢

 

 

 

翌日。

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

目の前には、超高層ビルが聳え立っている。

『ボンゴレ・ファミリー』の本部だ。

 

私が何故こんな所に居るかというと――そう、ここの長であるドン・ボンゴレに会いに来たからである。

 

 

 

今朝、明け方にマスターから電話がかかってきた。

何処をどう調べたらそうなるのかわからないが、ボンゴレ側が私から情報を得たいといったらしい。

 

 

 

『で、場所なんだが・・・・』

『――何です?何処かのいかがわしいクラブとかですか?』

『聞いて驚くなよ。・・・・・ボンゴレファミリーの、本部だ』

『・・・・・・・・・・・ああすみません昨日飲み過ぎたみたいでどうやら幻聴が聞こえました』

『ボンゴレファミリーの、本部だ』

『私ももう年ですかね。耳が』

『ボンゴレファミリーの、本部だ』

 

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・正気ですか?』

『勿論だとも』

『だとしたら本当に笑えない冗談ですね』

『俺も笑えん』

『『あっはっはっはっは』』

 

 

 

(ああもう何が悲しくてマフィアなんかと関わらなきゃいけないのかしら)

 

しかしマフィアのほぼ頂点に立つボンゴレでは下手に断ると血を見る。

そしてこの状況で断れば、迷惑を被るのは私ではなくマスターであることは明白だ。

 

ボンゴレはマフィアの中では一般人に配慮がある方だとはいえ、状況にもよるだろうから。

 

 

と、いうわけで。

 

黒服が出入りするマフィアの大きな巣に、私は渋々足を踏み入れるのでした。

 

 

 

 

 

「お名前をどうぞ。どちらの――」

 

 

 

入り口から一歩。即座に周囲の環境を――何も害がないことを確認し、そのまま足を薦める。

近づく私に気付き、声を掛けてきた受付嬢に用件を告げ、それを証明するためのキーを提示した。

 

 

 

「確かに承っております。では、最上階へどうぞ。ご案内いたします」

 

(最上階?・・・・・・・・っておい。)

 

 

 

身元不明の他人を中枢まであげるか普通。

いや中枢にあげて消す気か。内容が内容だけに外に漏らすわけにはいかないのは分かるけど。

ふん、いざとなれば死なば諸共で玉砕結構。私を敵に回す事の恐ろしさを思い知らせてやる・・・だの何だのと口の中で呟く。

 

・・・・・・・・もし敵に回ればの話だけれども。

 

 

周りを黒服の厳つい男に囲まれ、共にエレベーターに乗り込む。

 

 

(武装解除を言われなかっただけマシか・・・・・いや、向こうは私をそういう危険人物とは認識していないようだし)

 

色々と考えを巡らしているうちに最上階に着いてしまった。これだから最新式は。考える暇もないのか。

 

 

 

「こちらへ」

 

 

 

男達に導かれエレベーターから出た瞬間、無意識のうちに足が止まった。

 

この階に一歩足を踏み入れただけで分かる。・・・・・・・・・・・ここは、危険だ。

自分が狙われているという意味で無く、私が『負ける』人がいる、ということ。ありとあらゆる意味でだ。

 

普段よりも警備を厳しくしているのか。それともこれが実力なのか。

 

 

(流石は最強ボンゴレファミリー、―――格下とは訳が違うわ)

 

 

到着しました、と示された扉の前に立つ。ここからは一人で行くらしい。

中の気配は複数。その全てが私に危機感を持たせている。

 

 

(・・・・・・ああ、生きて帰れるかしら・・・・・)

 

 

気を取り直して、私は取り敢えず扉をノックした。上品に3回。

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

物柔らかな声がする。――――これがボスだろうか。

 

 

「失礼、します」

 

 

 

扉を開けたその瞬間、中の空気が変わる。一瞬で戦闘体制に入ったその素早さは褒めてしかるべきだろう。

私はそれに気づかない振りをする。

殺気に体が反応しそうになるが、意志の力で抑え込む。

 

 

――――今の私は、弱い弱い情報屋。

 

 

 

 

 

 

「やあ、初めまして。君が店主の言っていた情報屋さんだね?」

 

 

 

一見、優男。優しい声に、優しい眼差し。

女顔といっては失礼に当たるかもしれないが、美丈夫より美人という方がしっくり来る。

 

 

(正面にボス。その左右に一人ずつ、右斜め後ろに一人。―――たった4人でこれ程の威圧感。凄まじいこと・・・)

 

 

 

「初めまして。お目に掛かれて光栄です、ドン・ボンゴレ」

 

椅子から立ち上がった青年だけを見て挨拶をし、

 

「情報屋と言っても、しがないものですが」

 

扉から3歩程歩いた所で私は立ち止まる。

 

 

 

「お役に立てるのでしたら、何なりと―――」

「ありがとう。でも余り気負わないで?貴女に危害を加えるようなことはしないと約束するから」

「・・・・・・・ええ、感謝します」

 

 

 

(私が何もしなければ、という条件が抜けているようですけど)

 

泰然たる態度でゆったりと構えるボスとは裏腹に、周りの側近は威嚇してくる。小癪な。

 

 

 

「すぐに話を―――と行きたいところなんだけど、肝心の情報部の者がまだ到着していなくてね。申し訳ないが少しだけ待ってくれるかな?」

「大丈夫です。お気遣いなく」

「向こうのソファに座ってね。直ぐにお茶を淹れるから」

 

 

 

広い部屋の向こう側に誂えてある座り心地の良さそうなソファに目を移したまさにその時。

 

このフロアに誰かが入ってきた気配を感じた。

 

 

(・・・・二人・・・・の、うち一人はヤバイ・・・まだ増えるのか性懲りも無く)

 

ふと、何かが、頭の中を掠めた気がした。何か、そう、とても懐かしい『何か』・・・・・。

間も無くノックの音がしたので、扉の真正面に立っていた私は少し右に移動した。

 

 

 

「いいよ入って」

 

 

 

ボスは柔らかな声で新たな来客を迎え入れる。

 

 

 

「失礼しますっ」

「・・・・・・・・入るよ」

 

 

 

(・・・・・・・・・え・・・・・・・・?)

 

 

 

後から入ってきた青年の声が、すとんと胸の奥に落ちて。

 

 

 

――――これは、何?

 

 

 

一瞬で世界が崩れた。

 

 

 

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