ハッキングに関しては白旗を揚げるとしても。
・・・タイピングなら、負けるとは思わない。
灰色の夢
次の日。初仕事として渡された書類の山を目の前に置く事数刻。
昼御飯にはまだ早いその時間に、私はそっとパソコンの電源を落とした。
「さん休憩ですか?」
「いいえ。今日の分が終わっただけよ」
「あぁ、そうなんですか。それじゃお茶でも淹れましょ・・・・・・・って、えぇ!?」
「・・・・んーノリは悪くないけどテンポが悪いわね」
「何言ってるんですか!・・・・じゃなくて、もう終わったってそれ、冗談じゃなくてですか!?」
「冗談に聞こえる?これ、単なる打ち込み作業じゃないの」
「・・・・・・・・・・・・・」
呆れたように書類を指差すと、気に障ったのかハルは憮然として黙り込んでしまった。
そのことに私は焦って言葉を続ける。彼女を馬鹿にしたつもりはない。
「私は情報屋よ。こんな仕事、嫌でもしなきゃならなかった」
「・・・あ。そっか、そう考えればハルより長いことやってたって事ですよね」
「その通り。正におあつらえ向きってところね」
情報をデータ化する、なんて格好つけてはいるけれど所詮はただの入力作業。
偶に訂正や削除などの作業もあるが、まあ何とも面白みの無い仕事だ。
―――確かに、この部屋に篭ってこんな事をするだけなら何も起こったりはしないだろうけど。
「これじゃ意味がないって・・・」
「さん、どうします?上にもっと仕事を増やしてくれるように頼んでみますか?」
小声で呟いた言葉は幸いにも彼女には届かなかったらしい。続いた問いかけに書類へと視線を落とす。
私が終わらせたそれは今日一日分として渡されたもの。
ハルの反応から言って、特に減らされたりしているわけではなさそうだ。
しかしこれ以上増やされても、ただ単調な作業が続くだけで何も得られるものは無いだろう。
(―――なら、残りの時間は有効利用するべき、ね)
「んー、ちょっと待って。これ、いつもの量なの?」
「はい。今朝頂いた二人分の仕事ですけど」
「態々増やしてもらう必要なんかないわ。どうせ給料は変わらないんでしょうに」
「・・・う、まあ、その・・・交渉次第だと思います」
「下っ端の交渉なんて高が知れてるでしょう。だったら、他の事に時間を使うべきよ」
がめついなんて当たり前。
こっちはボンゴレに入った所為で年収が凄まじく低下している――無論仕事初日なので推定ではある――のだから。
今のところ他に人が入ってくる予定は無いようだし、多少の自由行動は許されるはずだ。
私はそう決め付けて、ハルを誘う。
「ハルはあとどれ位残ってるの?」
「あと・・・・そうですね、半分って感じです」
「じゃ、私も手伝うから昼までには終わらせてくれる?」
「え」
戸惑う彼女に、ナチュラル無視な私。
・・・・いつものパターンである。
「あ、この冊子は私が引き受けるわ」
「さんっ!?」
「叫ばない叫ばない。・・・終わったら一緒にお昼御飯食べに行きましょ?」
「・・・・・っ!・・・はい!!」
お昼御飯、というのが効いたらしい。
本来の目的は外出する事だったけれど、上手く誤魔化せたようだ。
私は再びパソコンの電源を入れて、周りを見渡す。見る限り盗聴や盗撮等の監視行為は行われていないようだった。
・・・だが近いうちに様子見の何かが来るだろう。
そう、例えば、新入りのファミリーとして・・・とか、ね。
(・・・人間で来られちゃ、防ぎようが無いもの・・・)
あり得る。というか絶対来る気がしてきた。だってあのボスだし、それ位軽々しく用意しそうだ。
自分で想像しといて嫌な予感を覚えた私は、頭を振ってそれを追い出し、再びパソコンを立ち上げる。
たとえどんな手段に出てこられても―――どうにかして振り切ってやろうと誓いながら。
それから彼女はそれまでとは違い猛烈な勢いで仕事を片付け、見直しも三回してようやく息を吐いた。
昼を少し過ぎた辺りだったが、それでも彼女にとっては快挙なスピードだったらしい。
「さん!ハルはやりましたよ!!」
「お疲れさま、じゃ、ご褒美にデザートは私が奢るわね」
「本当ですか!?じゃ、ハルはジェラートが良いです!こないだいい店見つけたんですよっ」
「・・・はいはい」
そうして、当分はこんな日々が続いた。
昼時か、もしくはその前後にその日の仕事を終わらせ、昼食を摂る為に街へ繰り出す。
そのまま街をぶらついて、いろいろな話をしたり店を見て回ったりして。
後は日が沈む前には本部へ戻り、とうに出来ている仕事を報告して共に家路に着く。
私はハルの家の近くに新たに家を購入したので、彼女を家まで送ることにしているのだ。
と、まあこんな風に見事に何事も無く、穏やかな日々が過ぎていった。当分は。
・・・・・・・・・が、それでも。
何の因果か知らないが、やはり、事件というのはつき物で。
私がボンゴレに入ってから三週間目に―――その日はやって来たのです。