責任を追及されたなら、多分私が有罪だろうけど。

 

・・・・・・・はい。全面的に、私の、失態です。

 

 

 

灰色の夢

 

 

 

その日の昼食は、ピッツァだった。

というか、ここ三日間はずっと同じ店でピッツァを食べていた。

 

ハルがこのピッツァ専門店を気に入った挙句全メニューを制覇すると言ってきかなかったのだ。

 

(・・・絶対あと一週間は掛かるって・・・・)

 

目の前で嬉しそうに食べる彼女を些か呆れたように見やるが、何故か否と言えない私にはなす術はなかった。

 

 

 

「ふー、満足しました!今日のピッツァはまあまあです」

「・・・・まあまあなの?」

「二枚目があまり好みじゃないですね。オイルが多すぎです」

「それは確かに」

 

 

 

食事後、取り留めのない話を少し続ける。

腹が落ち着いてきたらウェイターを呼んで会計を済まし、私達は席を立った。

店を出て、イタリアの街を歩きながら今日の予定について話す。

 

毎日適当にぶらついているだけで、大した計画を立てているわけではない。

 

 

 

「この辺りは大体行き尽したわよね?どうする?」

「今日は・・・・あ!買い物したいんですけど、良いですか?」

「買い物?もちろん良いけど・・・」

 

 

 

そしてハルが向かった先は、イタリアでも有名なブランド化粧品メーカーの店だった。

所謂セレブ御用達のような高級店である。私は足を踏み入れたことすらない。

 

 

 

「・・・・随分とお高い店のを使ってるのね・・・・」

「何言ってるんですかさん、これは女の身だしなみですよ!」

「・・・そう?」

「あ、今馬鹿にしませんでしたか?」

「それ被害妄想。」

 

 

 

私は普段は化粧と言えるような化粧はしない性質なので、余りこういう店に縁がない。

適当に目に付いた店で口紅程度を買うぐらいか。

 

私にとっては物珍しい雰囲気の店に入ると、それを見咎めた店員が直ぐに笑顔で寄ってきた。

その女性が口を開く前に、ハルが何かを差し出す。

 

(・・・・カード・・・・?)

 

上品なデザインのカードだった。この店のロゴが印刷されている。

 

 

 

「まあ、ハルコ・ヤマダ様ですね!いらっしゃいませ!」

 

 

 

途端、がらりと店員の態度が変わった。

どうやらそれは会員カードらしく、ハルは超お得意様らしい。

まあ確かに普通のOLよりかは給料がいいのでそれも可能だろうが・・・・。

 

そのカードを持って店員が一旦奥へと消えたその隙に、私は彼女に問うてみた。

 

 

 

「ちょっとハル。何その微妙な名前は」

「何って、偽名ですけど。日本の典型的な名前をお借りしてですね。少しハルらしさも表してみました!」

 

 

 

曰く、

山田花子+ハルらしさ=山田春子。

 

何つー安直な・・・・

いや、本名を使わないという点を褒めるべきだろうか?

 

隣で凄いでしょう!と言わんばかりに胸を張るハル。私はその話題を続けるのを諦めた。

 

 

 

「ハルは・・・しっかり化粧してるわね」

「はい。なるべく濃くはならないように気をつけては居ますけど・・・ハルは結構童顔ですから」

「そうでなくても日本人って実際の年より下に見られるものね。舐められても困るし」

「・・・わかり、ますか」

「・・・・・」

 

 

 

苦い笑みを浮かべる彼女に、私は肩を竦める事で応えた。経験上分からないとは言えなかった。

毎日毎日化粧をするという。それが自身を飾り立てるためならまだしも。

武装として使うのは、楽しくは無いだろうから。

 

 

 

さんは口紅だけですよね。それも薄いし・・・」

「私が化粧をするのは仕事の時だけ、だしね」

「仕事?情報屋の?」

「一言で言うと、変装用。私、化粧すると人が変わるのよ」

「ふわぁ・・・そうなんですか。見てみたいです」

「・・・ま、いずれね」

 

 

 

そういう仕事が入るまでになれたなら、いくらでも。

 

・・・・・・嫌でも、見ることになる。

 

 

 

「ヤマダ様、大変お待たせいたしました」

「あ、はい!」

 

 

 

例の定員は紙袋をふたつ持ってやって来た。中には化粧品一式が入っている。

ハルが中身を確かめ、金額を確認し、紙袋を受け取って。

 

慣れているのだろう話はてきぱきと進み、満面の笑みの店員に見送られながら私達はその店を出、そして。

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああ!!!」

「え、何!?」

 

 

 

少しばかり歩いた所でいきなりハルが叫んだ。

何の前触れも無く行き成りだったので、流石の私も驚いた。通行人が何事だと私達を振り返る。

 

ハルは泣きそうになって私を見ながら言った。

 

 

 

「ポーチ忘れてきました」

「・・・・・はい?」

 

 

 

何を言い出すのかと身構えたが、ポーチ?そういえばハルはいつも財布の入った鞄とは別に小さなポーチを持ち歩いている。

確かに、今ハルの手元には鞄と先ほど購入した化粧品の袋しかない。

 

 

 

「先刻サインしたときに足元に置いたんですよ!ど、どうしましょうあの中にはツナさんやリボーンちゃんから貰った超強力敵撃退グッズの数々がっ」

「んなもん手放すな!危ないでしょうが!!・・・ああもう兎に角落ち着いて。すぐそこなんだから取りに戻ればいいじゃない」

「あ、ですよね!・・・・って、え、う、わ、っはひー!?」

 

「―――ッ!!」

 

 

 

がしっ。

 

走り出そうとした瞬間自分の足に躓いてコケそうになったハルを慌てて支えた。

今までの外出経験から分かったことだが、彼女は慌てると周囲を巻き込んだ大惨事を引き起こす可能性がある。

 

心臓が冷えたのは一度や二度ではないのだ。

 

このまま行かせるのは少々危険かもしれない。そう、周りが。

 

 

 

「ハル、それは私が取ってくるから貴女はここで待っていて。私が戻ってくるまで、一歩たりとも動かないで――いい?」

「え?あ、は、はい!お願いします!!」

 

 

 

彼女が何度も頷くのを確認して、私は一人。化粧品店に走った。

 

私が彼女から離れていた時間は、ほんの数分。

 

 

――――しかし、私がハルの居るはずの場所に戻ったときには、その姿は消えていた。

 

 

 

 

ハルを心配するよりも先に、私が思ったこと。

 

 

「・・・・・・・・・・・やば・・・・・」

 

 

“彼女に何かあろうものなら、絶対殺される。”

 

 

 

・・・・誰にかは、言うまでもないだろう。

 

 

 

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