それは、小さな記事だった。

ともすれば見落してしまいそうになる位の。

 

それでもきっと、彼女は気付くのだろう。

 

 

 

灰色の夢

 

 

 

私は毎朝新聞を買いに行く。それがどんな記事を扱っていても。

この地域で発行されている全ての新聞を、道端の何軒かの店を回って買い揃えるのだ。

ネットだけでも情報は得られるが、あらゆる情報に接していたい私は毎朝新聞を買いに行く。

 

今となっては欠かせない日課となってしまった。

 

そして今日。私にとっては今更とも言うべき記事を見つけた。

 

 

 

「『町の麻薬売買人、撲殺死体で発見』・・・・・あの人達、売人だったのね」

 

 

 

記事の内容は単純明快。

 

十日前、町で悪名高き売人三名が撲殺死体で発見された、ということだけ。

何かのトラブルに巻き込まれたのだろうとあっさり締め括られている小さな記事。

本来なら何も気に留めることもなかっただろうが、如何せん、発見された場所が場所で。

 

 

・・・・そう、私が殺したあの三人の軟派男共のことだと、すぐに分かった。

 

 

 

「怨恨の線が濃厚と見て、警察は捜査を進めている、ねぇ」

 

 

 

わざと隠蔽工作はしなかった。

 

その十日間という期間は多分警察が発表を控えていたのだろうと思う。

もしマフィアが関っていたとすれば、握りつぶさなければならないときもあるからだ。

 

政治も司法も汚職だらけ。どこの国でも同じとはいえ、何と情けないことか。

 

 

 

「これは流石に・・・気付く、でしょうね」

 

 

 

最も、私は気付いてくれる事を望んでいたから、これでいいのだけれど。

 

あとは彼女が。

 

 

―――何を思い、何を選ぶかだ。

 

 

 

 

 

 

 

午前十時。ボンゴレ本部、情報部情報処理部門第九班の部屋。

 

 

 

「(す、少ねぇよな)」

「(うん。めっちゃ少ないね)」

「(・・・・・。・・・・もしか、したら、・・・ボス、かな・・・)」

「(・・・・・ボスか?)」

「(・・・・・ボス、だよね)」

「「「(・・・・ボス・・・!)」」」

 

 

 

だから聞こえてるって。

 

 

明らかに挙動不審なのに気付かれないとでも思っているのか、ひそひそと小声で囁きあうカルロ達。

自らの仕事の少なさに感動し、ボスを崇め称えているらしかった。

その様子を横目で見ながら私は、向かいに座っているハルを観察している。

 

珍しい事に、彼女は割り当てられた仕事を放り出して何か別の事をしているようだ。

幾分表情が硬く見えるのは気の所為なのか。

 

気の所為でないとすれば、やはり・・・・

 

 

 

「・・・何にせよ、直ぐに分かる事だわ」

 

 

 

私は思考に耽りがちになるのを堪えて、自分の仕事に専念した。

 

 

 

 

 

 

 

―――そしてその夜。

 

話がある、と私はハルに誘われ、マスターの店に行く事になった。

 

 

 

「じゃ、マスター。今日も奥で」

「・・・・・部屋代」

「はいはい分かってますってば」

 

 

 

あれからハルとは何度も来ている。いつも奥の部屋を使って、話をしながら飲む事が多い。

 

だが今日ばかりはその気楽さも鳴りを潜めている。

注文した料理と酒が出てくるまで、私達は何の言葉も交わすこともなく。

 

ああやっぱりばれたのか、と私は内心安堵していた。

 

 

 

「・・・それで、さん、あの・・・」

「何?ハル」

「・・・・・・えっと・・・」

「焦らなくて良いわよ。何が言いたいのかは、分かってるつもりだから」

「っそれじゃ、」

 

 

 

はっとして顔を上げるハル。

やっぱり、と小さく呟いて、意を決したように口を開いた。

 

 

 

「もしかしてさんが回してきてたハルの仕事、偽物だったんですか!?」

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・、は?」

 

 

一瞬、私は思考が止まった。

 

 

 

さんの方が適任だからって仕事の采配は任せてましたけど!偽物回すなんて酷いです!」

「・・・・・いや、ちょっと待って。ハル、まさか、・・・・・・・今まで気付いてなかったの!?」

「へ?・・・え、だって」

「だってじゃない!普通は気付くでしょうあんなセキュリティ関連の仕事!!」

「・・・・・。あ、そういえばそうでしたね!」

「・・・・・・・・・」

 

 

 

何でこんな話に飛ぶんだ。

私は深く深く嘆息して、未だに訳が分かってなさそうなハルに説明してあげる事にした。

 

 

 

「・・・えぇとつまり、あれは練習だったんですか?」

「そういう事。貴女の能力を更にステップアップさせるためにね」

「はひー・・・ハルは全然知りませんでした」

「・・・・まあ、説明してなかった私も悪い・・・かも、ね」

 

 

 

疑問ひとつあげないものだから、分かっているものとして納得してしまった。甘かった。

 

で、その分浮いたハルの分は似非新人行き。ついでに私のも似非新人行き。勿論扱き使う為に。

部屋に篭りながらでも、学べる事が無いわけじゃないから。

 

 

 

「それで?ハル。納得してくれたところで・・・・本題に入る気は無いの?」

「・・・・・。やっぱり、わかっちゃいますか」

「心当たりがあるからね。あながち的外れでもないっていう自信もあるわ」

「・・・ですよね」

 

 

 

目を逸らしながら彼女は少し笑う。

 

姿勢を正した際腕に触れたグラスの中の氷が小さな音を立てた。

 

 

 

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