「どうして、ですか」
それは、予想に反して、とても静かな声だった。
その瞳は多少責めるような色味を帯びながらも、揺るぐ気配さえ無い。
・・・・常には無い、強い光。彼女の持つ、本来の強さ。
灰色の夢
「今朝、記事を見つけた時から・・・ずっと気になってました。それで今日調べてみたんです」
「ああ道理で。珍しくサボってるなぁと思ってたの」
「サボってないですよ!・・・・・さん、聞いてくれる気あるんですか?」
「勿論よ」
思わずいつものノリで茶化してしまい、ハルに怒られてしまう。
・・・・私だって、罪悪感のようなものを覚えないわけじゃないのだ。
ボスが躊躇ったように。
ハルのような・・・・良く言えば純真無垢で一途な子を、私のような闇の人間が住む処まで引き摺り落とすのは。
ほんの少しだけれど、躊躇いが無いと言えば嘘になる。
だからといって止めるつもりは毛頭ないけれど。
「・・・それで、その結果!死亡推定時刻と状況証拠及び死因から、さんが犯人である可能性が高いという結論に達しました!」
ずびし、と効果音が聴こえるような感じで、『犯人はお前だ!』と指差された。
罪を暴かれた真犯人の私は、女探偵ハルに向かって、一言。
「合格。」
そしてぐっと親指を立ててやる。
「・・・・・はい?」
「―――ま、でもギリギリ60点ね。単位はあげるわ」
「ちょ、単位って何ですかそれじゃまるで試験・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・試、験・・・・?」
「・・・・・・・・」
「ってまさかさん!ハルを試したんですか!?」
「あらやだ、試すだなんて人聞きの悪い」
私は一口酒を飲み、驚愕した彼女が立ち直るのを待った。が、数分経っても動かない。
・・・物凄くショックを受けているようなので、私はフォローする事にした。
「言っておくけど。その為だけにあの三人を殺したなんて思わないでくれる?」
「・・・・そうなんですか?」
「私、無駄な殺しはしない主義なの。余計なトラブルを招きかねないしね」
「・・・・・・・」
理由は、あった。些細な事だと言われるかもしれない。
でも、たった一つの過ちが全てを壊す事に繋がることもあるのだと、知っていてほしい。
ハルは少し考えるような素振りを見せ、そして静かに、呟くように言った。
「・・・・どうして、ですか」
「どうしてだと思う?」
「質問に質問で返さないで下さい」
毅然としたその態度に、私は内心舌を巻く。と同時に嬉しくなった。
・・・・そう、私達にはその冷静さが必要なのだ。
「あれはやり過ぎだと思います。・・・その、確かにさんが来てくれなかったら危なかったですけど、でも!
あの人達はただのナンパで」
「ただのナンパは女口説くのにナイフ使ったりしません」
「・・・・・・・・・・あ。」
「扱いも手馴れてたし・・・つまりあの三人は堅気じゃないということ。それは新聞記事で証明されてたでしょう?」
「・・・はい。麻薬売買人、ですよね」
「そ。・・・でもそんな事は、あの時の私達には分からない。もしかしたら、彼らはマフィアだった・・・っていう可能性もあったのよ」
「それはそうですけど・・・」
「加えて、あの軟派男共は短気でしつこくて頭が悪い。ああいう輩を追っ払うには、多少の暴力に頼らざるを得ないわよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・それは、認めますけど・・・」
「じゃあそうやってボコられて追い払われた軟派男共は、一体何を考えるでしょう」
ひとつひとつ段階を踏んで、丁寧に説明していく。
元々頭の良いハルは真剣に考え込むとすぐに答えを弾き出した。
「えぇと、復讐でしょうか?」
「正解。マフィア風に言えば報復ってところね」
「さん、だから殺したんですか?」
「そうした方が良いと思ったからよ」
何故なら。
「ハル、貴女・・・・相手に情報与え過ぎ。」
「・・・・え?」
「まずあの化粧品の袋。高級品ブランドなのに大量買いしてるのがすぐ分かるわ。だったら、店から情報を得るのはそう難しくない」
マフィアだったのなら尚更、と私は言う。
バックに何らかの組織があれば、一般人を脅すのは簡単だ。
会員証を作ったときに記入した住所も電話番号も、実在の、本当に使っている代物らしいし、ね。
「そして名前ね。知られたのは偽名の春子、じゃないでしょう?有り得ない話だけど、あの三人がマフィアの幹部だったりして、
貴女がボンゴレ所属だなんてばれたら、・・・・・最悪全面戦争になりかねない」
「・・・・・・・・・・・・・」
「有り得ないたとえ話だけど。でも、これからも無いとは言い切れないし」
「、さん・・・」
「上に行く気があるなら、気をつけるべきだわ」
まあ、普通ならそんな事は起こらない。
言いがかりをつけられたなら、その当の部下を切り捨てればいいだけのこと。
しかし、あのボスは絶対にそんな事は許さないだろう。逆に相手を丸ごと潰しそうだ。
「それが理由よ。理解できた?」
「・・・・・・・理解は、出来ます」
「・・・なら、いいわ」
今は、まだ。