幸先良いとは思えません。

 

 

灰色の夢

 

 

 

それから、ハルの様子がおかしくなった。

ため息の数が多くなり、私とも何だか距離を置いているように感じる。

おまけに何故か情報部全体が慌しくハルは何度も班長会議に出席し、ここ数日は一緒に昼食を摂る事もなく。

 

原因は私にあるとはいえ、漂う微妙な空気に少し辟易し始めていた。

 

 

・・・・・そんな頃。

 

 

 

「・・・何?親睦パーティー?」

「はい。ボスが直々に『さん』を指名したんです。・・・・・特別手当、出ますよ」

「あらいいわね、それ。・・・・じゃなくて」

 

 

 

就業時間後、カルロ達が帰った後に呼び止められ部屋でハルと二人きり。

久々な状況だが、話題はあまり愉快なものではないようだ。

 

ボスからの指名、特別手当。そして仕事は同盟ファミリー主催の親睦パーティーへの出席。

 

 

 

「私一人で?」

「そう聞いてますけど・・・っあ、無理なら断っても構わないって言ってました!」

 

 

 

断っても構わない?何だそれは。そんな事マフィア社会で許されるはずが・・・・

そこまで考えて私はあるひとつの可能性に気付いた。

 

 

 

「―――つまりそれは、依頼・・・・という事?」

 

『Xi』への。

 

 

するとハルは声には出さず頷くだけに留め、そっとファイルから薄い書類を取り出してこちらに渡してきた。

私もハルに倣い、無言のまま書類を確認する。

 

 

 

(・・・・見た感じでは、ただの情報収集、のようね)

 

 

 

パーティーに出席し、とある人物に近づいて?何らかの情報を探る、らしい。

どんな人物にどんな情報を探るか、によって対処の仕方が変わってしまうが、それに関しては何の説明も無い。

 

問いかけるようにハルを見やると、彼女人差し指を立ててこう言った。

 

 

 

「詳しくは、上で」

「・・・・・・・また?」

「また、ですね」

「・・・・・・・・・・・・・・・了解、すぐ行くわ」

 

 

 

何ともいえない苦笑を浮かべたハルに見送られ、私はその足で最上階に向かった。

 

 

 

 

さて、そこに居たのはもうお馴染みのメンバーで。喋りもしないくせにいつも居るし。

 

・・・・・毎回囲まれる私の身にもなって欲しいんですが。

 

 

 

「良く来てくれたね、さん」

「いえ。毎度の事なのでもう慣れてしまいました」

「はは。で、早速本題に入り・・・たいんだけど、その前にひとつ聞いていいかな」

「何でしょう?」

さん、君・・・ハルに何かした?」

 

「は?」

 

 

 

本題飛ばしてハルの話かよ。と思わず突っ込みそうになった自分を何とか抑える。

 

・・・・・・・何かしたかって?そりゃ勿論したけど言えるようなことではないし。

 

 

 

「いや、心当たりが無いならいいんだ。この頃元気がないようだから、少し気になってね」

 

 

 

その反応のどこが少しだ、と私は心の中で呟く。下手に突くのはよろしくない。

 

 

 

「ああ・・・そういえば最近ずっとため息ばかり吐いてますね」

「そうなの?」

「ええ。ですからてっきり恋煩いでもしてるのかと」

 

 

 

思ってたんですけど。と続くはずだった言葉はボスの大声で遮られた。

 

 

 

「っこ!?」

「待てツナ。落ち着け」

「うるせーぞ」

「大丈夫ですか十代目!?」

「・・・・・・馬鹿だね」

 

 

 

いちいち反応する幹部共に、反応が見てて楽しいボス。こういうの見てるともっと遊びたくなる。

 

機嫌上昇の私を他所に、ボスは暫く深呼吸をして立ち直り、そして漸く真剣な顔になった。

 

 

 

さん。・・・・いや、情報屋『Xi』。君に頼みたい事があるんだ」

「引き受けました」

 

「・・・!・・・詳しく聞かなくていいの?」

「どうせ答えは同じですから。詳しく聞いたらそれこそ引き受けなくちゃならなくなりますよ」

「・・・・・話が早くて助かるよ。報酬は十分に支払うつもりだから心配しないでね」

「期待してます」

「ありがとう。・・・・・それじゃあんまり待たせるのも悪いしね、そこに座って。その依頼については彼から説明してもらうから」

「はい・・・?」

 

 

 

彼、とは誰の事だろう。

つい、と視線を動かした先に、先程までは確かに居なかった男、いや、おっさんがソファに座っていた。

 

・・・・全然気付かなかった。一体どこから入ってきたのだろう?

 

 

 

「依頼しておいて遅れるのはちょっと酷いんじゃないですか」

「あぁ?固い事言うなって。折角の美人が台無しだ」

「シャマル!十代目を愚弄すんじゃねぇ!!」

「褒めてんじゃねーか」

 

 

 

シャマル・・・?

そう言えば、最近手に入れた情報にそんな名前が・・・・確か、セキュリティランクSの・・・・

 

ものの数秒で私はその情報を頭の中から見つけ出した。

 

 

(・・・・・トライデント・シャマルか・・・・・!)

 

 

666種の病原菌を持つ蚊を自在に操るという殺し屋。そして凄腕の医者でもある。

 

そんな人間が依頼人?

 

 

・・・・何やら、話が大事になってきてるような気が。

 

 

 

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