天才ハッカーは退屈していたようです。

 

 

灰色の夢

 

 

 

情報部を揺るがすスキャンダル。決して興味が無いわけじゃない。

でも今は仕事を優先しなければならないことは痛いほど分かっていた。

 

私はあっさりと罪を認めた男に、当然選ぶであろう答えをこちらから切り出した。

 

 

 

「・・・まあ、何であろうと私は構いませんので。それを私に渡してボンゴレに―――」

「いや、断る」

「・・・・・・・・・。・・・・・・・はい?あの、もう一度仰っていただけます?」

「ボンゴレには戻らない。適当にサクッとやってくれサクッと」

「・・・・・・・・・・・・・」

「出来ればあんまり痛くない方が・・・・ってまあそんな贅沢言えるわけないよな。じゃ、頼むわ」

「・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

どうぞ、と言わんばかりに両手を広げて笑うターゲット。童顔の所為か、とても無邪気に見えてしまう。

 

何なんだこの男。正気か?

不審そうに見やる私に、彼は徐に胸ポケットからメモリースティックを取り出した。

 

 

 

「ほら、これが情報。それさえ手に入れば俺は用無し―――だろ?」

「・・・・・・。自殺願望でもあるんですか、貴方は」

「失礼な奴だなお前。こうなった以上、ボンゴレに帰った所で殺されるのがオチだ」

「取り引きを中止してボンゴレに戻れば命は保障されると聞いてますけど」

「そんなの何処まで信用していいものやら。・・・・それに上が俺を生かしても、情報部には消される」

「その情報を公開しても?」

「公開すれば尚更、だな。色んな奴に恨まれるだろうし・・・・楽に死なせてもらえない」

 

 

 

それは確かに。情報部の醜聞・・・どんな内容か知らないが、ボスの耳に入れば失脚確実。

マフィアとしての命を絶たれた者達はこぞってこの男に攻撃を仕掛けるだろう。

 

例えそれが逆恨みと呼ばれるものであっても。

 

 

 

「・・・・・つまり貴方は、この人達に情報を売ってボンゴレ情報部を混乱の坩堝に叩き込んだ挙句

それに乗じて何処かへ飛んでしまうつもりだった、と」

「ああ。逃亡資金には十分足りる報酬だったからな」

「・・・・・。ボンゴレから逃げられると、本気で思ってたんですか?」

「いや。・・・・でも、やる価値はあった。この情報見つけたのは偶然だが・・・俺が居たセキュリティ部門だって、誰がどう向こうと繋がってるか

分からなかったし・・・・・何より退屈だったんだ」

 

 

「最悪に無謀ですね」

「ほっといてくれ」

 

 

 

ぶす、とむくれる三十路前。童顔の癖に、どうやらかなりの頑固者のようだ。もしくは堅物とも言う。

 

向こうは殺せの一点張り。このまま私が何もしなければ自殺でもしてしまいそうなほど死ぬ覚悟はあるらしい。

 

 

 

「・・・・・理解出来ませんね」

「何がだ?」

「貴方の思考回路が、です。普通マフィアから逃げれば大抵死の制裁が待っている。

その点貴方はその天才的な能力故に選択肢を与えられた。・・・・・・幸運だと、思いませんか」

「・・・・そりゃ、恵まれてるとは思う」

「だったらどうして今死にたがるんですか。そんなに報復が怖いんですか?それすら承知の上での裏切りだったんでしょう」

「・・・・・別に。あんな奴らに殺されたくないだけだ」

 

 

 

ファミリーへの裏切り。それがなんてくだらない理由で行われたのか。

単に面白そう、退屈しのぎにはなるだろうという動機で始めたから、そんな終わりは我慢できないらしい。

 

・・・・何だか、何が何でも死なせたくなくなってきた。

 

 

 

「残念ですけど、私の仕事は貴方が盗んだ情報と共に貴方をボンゴレへ連れ帰ることです。殺すつもりはありません」

「っな!最初に二択だって言ったのはお前の方じゃないか!」

「あれは言葉の綾です」

「何ー!?この嘘吐き女!女だからって何でも許されると思って・・・・」

 

 

 

ぴしり、と頭の中で音がした、ような気がした。思わず半眼になってしまうのを止められない。

あー、何だかとっても腹が立ってきたなあ。何でこんな童顔中年男に気を使わなくちゃいけないんだろう。

 

人生に退屈してる天才駄目ハッカー。中身は子供同然じゃないか。

 

 

 

「お前聞いてるのか!?大体なぁ、」

「しっ・・つこいですね!いい加減に諦めないと簀巻きにして運びますよ!」

「?・・えぇと、すまき、って何だ?」

「・・・・・。丁度いいですね。体で覚えてください」

 

 

 

半ば切れかけた私はにっこりと笑って男に近づく。

この男、天才ハッカーではあるが武力面ではからっきしのようだ。殺気も出していないのに既に顔が青褪めている。

 

 

 

「ちょ、ちょい待ち。俺が言いすぎた。あやま」

「待ちません」

 

ばきっどかっごすっ!

 

 

見事に小気味のいい音が響いた。・・・・顎、腹、首に一発ずつ。きちんとツボをついたので、暫く目を覚まさないだろう。

倒れ付した男を、念の為後ろ手に縛り上げて床に転がしておく。簀の子がないのが非常に残念だ。

 

しかしかなりすっきりした。最初からこうすればさっさと解決したのよね。

 

 

 

後はハル達と合流してこの男を運んで帰ればいい。

未だにぶつぶつ言いながら寝こけている哀れな人達は、あと半日でもすれば起きるはずだ。

半日ほっといた位で死ぬわけもないし。それにハッカーさえ連れ帰れば取引相手をどうこうする理由もない。

 

 

取り敢えず任務完了、と私は大きく伸びをした。

 

 

 

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