イタリアでの長く苦しかった生活も、この瞬間の為だったのなら、悪くない。
・・・ような、気がする。
灰色の夢
「・・・・・・・・・久しぶり」
何を言えばいいか分からなくて、間の抜けた事しか言えず、兎に角笑って誤魔化してみる。
それでも彼は動かない。予期せぬ再会に内心かなり動揺していた私は、沈黙に耐え切れず言葉を重ねた。
「ええと、因みに私幽霊じゃないから。・・・・・・ほら足もあるし」
ね?と可愛らしく小首を傾げてみたが、逆効果だったらしい。
瞬時に視線が険しくなり、思いっきり睨まれた。
「・・・・・・・君、ふざけてるの?」
「何でそうなる。石像みたいに動かないから心配してあげたんでしょうが」
「へぇ、元凶の君がそういう事言うんだ―――いい度胸だね」
「それはどうも有り難う・・・・・・・ってさり気無く武器を構えるのはいい趣味じゃないと思うの」
売り言葉に買い言葉、と言うほどでもないが言葉の応酬が始まってしまう。昔のように。
彼は完全に此方に向き直り、両手にトンファーを構え、そこはかとない威圧感を撒き散らして私を睨み付ける。
それなりの場数を踏んできた私でさえ、結構怖いんですよコレが。
「―――――で?」
彼の云いたい事は分かっていた。
私が何故ここに・・・そう、イタリアに居るのか。何故あの時いきなり姿を消したのか。何故。何故。何故。
だけどそのどれもが答え難い事だった。何一つ、彼の満足する答えは与えられないだろう。
だから、その分かりきった問いに・・・・・・・・・見事、すらっとぼけてみせる。
「え、何が?」
瞬間。
凄まじい圧迫感が私を襲った。――・・・・これは、紛れもない殺気。
(全く。激情家なんだから)
予想はしていた。彼は床を蹴って一直線に此方に飛んでくる。つまりは攻撃されているわけだけれども。
(―――避ければ、当たるわ・・・・・)
その軌跡を読んで動く必要が無いことを確認し、私は彼の瞳だけを見つめていた。
右手に持ったトンファーが私の頬を掠め、背後の壁を抉るまで。
誰も動かない。周りの人間は実際動けないだけだろうが、私も彼も動かなかった。
ただ彼の鋭い殺気だけは力を失うことなくその場を支配していた。
彼は私が言うまで譲らないだろうから、このままでは時間が経つばかりなので、ここで打開策をひとつ。
「・・・・・・・・恭弥、会話の途中でいきなり殴りかかるのもどうかと思うわ」
右手の人差し指をピンと立てて、彼の額をつん、とつついた。
それはもう可愛らしく、悪戯っぽく微笑んで。
「それに、壁に傷が付いたじゃない。私に賠償請求したりしないでよ?」
この打開策は、笑える位効果があった。特に周りの傍観者には。
私が彼の額に触れた瞬間、見事なまでに部屋の空気が凍ったのだから。
((・・・・・・つ、つついた・・・・・・!))
部屋の中央で黒髪の女性は持っていた書類を豪快に落として、拾うこともなく唖然としている。
((『このお・馬・鹿・さん★』―――みたいに、あの、あの雲雀恭弥を!!))
目の前の彼もまた別の意味で部屋の温度を下げた。
「――――・・・・咬み殺されたいの・・・・?」
地獄の底から響いてくるような声。でも慣れたものである。私はあっさりとそれを跳ね除け、
「まさか」
にっこり笑って断ち切る。
「そんな趣味はないわ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
しかし殺気は消えない。さて、どうやって収拾しようか悩むところだ。何しろここは『ボンゴレファミリー』・・・・・
・・・・・・・ってやっぱり、そうなのだろうか。
「もしかして、・・・・恭弥、マフィアなの?」
「・・・・・君は何を今更・・・・もしかしなくても、そうだよ」
「・・・・そう。―――そっか。うん」
「なに」
「――――良かったね」
同情でも、憐憫でもない。それは私の心からの賛辞だった。
この世界は彼が彼として生きるのに丁度いい。そんな思いを込めて。
「――――――――――」
殺気を撒き散らしていた青年マフィアは、虚を突かれたように、目を瞠った。
と同時に殺気とトンファーに込められた力が緩む。
(今!!)
「・・・隙あり」
「!」
気が緩んだその隙に、合気道よろしく彼を人が居ない方の壁に吹き飛ばしてやった。
ついでにトンファーを奪う。
・・・・・・しかし。
「・・・・あれ、一本しか取れなかった」
しかも利き手じゃない方。隙を突いたつもりだったのに、私もまだまだ修行が必要だ。
少し興味があったので弄ってみると仕込み鉤が出たりしてびびる。
「うわ進化してる。――少しは研究したんだ?凄い凄い」
いつの間にか復活して傍まで来ていた持ち主にそれを差し出す。彼を吹き飛ばした瞬間に湧いた殺気は無視をする。
もう少しで殺される所だったかも。いや殺されたな。絶対。
その場に居た全員が――――女性でさえも、自分の得物に手を掛けたのを知っているから。
「・・・・?どうかした?」
「、君ね」
はぁ、とため息を吐かれた。理由は勿論分かっているけれど、そんなもん知るか。
「『やられたらやり返す』―――――これ、常識。」
トンファーを彼の胸に押し付け、宣言する。
文句あるのかこの野郎共&女性。