とにかく今は、退路の確保を。
嘆く事なら後でも出来る。
灰色の夢
「・・・ハル」
「・・・・なん、ですか?」
「私はこれから向こうに行って、残りの敵を片付けてくるから。三分で戻るわ」
「・・・・・・・・・・・」
「だから貴女は先に下へ逃げて。もしジュリオが生きていたら―――連れて必ず追いかける」
「そ、れは・・・嫌、ですさん!」
私はまず、ハルを逃がす事を考えた。
外の警備員は私が消した。彼らにアレッシアが殺されていたとしても、もう脅威はない。
隣に仕掛けられていた爆弾・・・それ程大きなものでもなかったし、下の階の何処かに隠れていればやり過ごせるかも・・・。
都合のいい、楽観的な考え方だと分かっている。
だけどそれに縋るしか、ハルが生き残る道は・・・・
「・・・・・・下は、駄目、・・・だよ」
「―――っ!」
焦る私の思考を遮った、掠れた小さな声。
テーブルの向こう側から聞こえてくる小さな弱々しいその音は、私達を心底驚かせた。
ジュリオだった。
「っジュリオさん、生きてたんですね・・・!」
「・・・・・・・半分、は。」
「え・・・?」
半分。その意味は直ぐにわかった。
テーブルを回り込みジュリオの姿を確認できる所まで移動した私達は、愕然とした。
右肩からその先を失くし、左足に何か刃物の様な物で切りつけられた大きな傷を受けた、その無残な姿を見て。
彼は転がる死体に寄り掛かって、私の方を見る。
その目の静かな光に、私はどうしようもない焦燥を感じていた。
利き腕を奪われた上に歩けないとは。もし、仮に、今命が助かったとしても・・・・もう戦う事は出来ない・・・
「直ぐに止血を・・・っ」
形振り構わず彼の近くへ走り寄り、どうにかして助けようとするハル。
反面私は何故か動けないまま、ジュリオを見つめる事しか出来なかった。
「・・・・・・下は、行っちゃ、駄目。通れない・・・」
「・・・通れない、って・・・それはどういう・・・」
「僕達は・・・仕事中に別行動になった時、いつも・・・連絡を取り合って、いるんだ。
・・・アレッシアは、・・・下で、殺されたよ・・・僕は、聞いてた・・・・から」
「・・・・・・・っ・・・」
「・・・・どうして・・・何で、・・・!」
アレッシアが殺された。
大した衝撃はなかった。多分そうなのだろうと思っていた。そう思うしかなかった。
(・・・違う、今はそんな事は関係ない)
・・・とにかく、下で殺されたということは、下に敵が居るという事。
先刻言った様にハルを下に行かせてしまっていたら、彼女まで失う所だった。
「・・・詳しくは、わから、・・・ない・・・けど。部長を追って、下に・・・・・・・行ったか、ら・・・・・・部長、も・・・死ん・・・つッ・・!!」
「ジュリオさんっ!?」
(・・・・・部長・・・?そうか、私が部長を張っとけって言ったから・・・)
何もかも、私の所為じゃないか。
こんな事態を予想できなかった事も。三人共失いそうな事も。何もかもが。
「・・・・・・・だから、もし、逃げられると・・・したら」
「――空でも飛んで逃げるしかねーだろ、な」
聞き慣れた声が、した。
「カルロさん・・・!」
「・・・・・まさか、あの怪我で意識が戻るなんて・・・」
割り込んだ声は、彼にしては珍しく、落ち着いた静かなものだった。
後は死を迎えるだけ、の状態とは思えない程に。
カルロは目を薄く開き、微動だにせず天井だけを見つめて言葉を続ける。
「は、俺は体力だけが取り柄、ってか。・・・・それよりも、。もたもたしてらんねーぞ」
「・・・どういう、意味?」
「ほら。俺の後ろ・・・下の壁、崩れてる所あるだろ」
「壁、って・・・・。・・・・・・・っ!」
「・・・・・それに気ぃ取られてる間に、ぶち込まれたってわけ」
彼が言葉で示した崩れた壁の中。確かに何かが見えている。
壁に近づき屈み込んで見てみると、そこには、・・・・隣の部屋で見つけたのと、同じ様な爆弾が、あった。
残り時間は、7分。(・・・それも隣の部屋と同じだ)
「これ・・・隣にもあった・・・」
「・・・・まじか。なら、あちこちに仕掛けられてんじゃねーの?」
「・・・・・・最っ悪・・・・・・・」
今からこれらを解除する事は出来ない。もし獄寺に連絡を取れたとしても、どれだけ仕掛けられているかさえ分からない。
下に逃げることも不可能。今も待ち伏せされているとすれば、多勢に無勢で終わりだ。
ハルは戦えない。ターゲットも戦えるような雰囲気ではなかった。私に二人を守りながら突破出来る程の技量は無い。
窓から外へ降りる事も出来なくはないが・・・・現実味がない。何よりこのビルは60階建てだ。
だからと言って、今部屋の奥で騒いでいる敵を殺したとしても、いずれは時間切れでこの部屋及び隣の部屋が吹き飛ぶ。
最悪の場合この階全体が爆発してしまうことになり、全てが消えてしまう。
残るは・・・・
「・・・・・空・・?・・・・」