もう少し。
もう少しだけ。
私達が、立ち上がれるまで。
灰色の夢
背中にひやりとしたものが当てられている。それが何だか心地良かった。
・・・私は、いつの間に気を失ったのだろう。
「さん!!」
「・・・・っ・・」
名を呼ばれ、一気に意識が覚醒する。
ハルは真っ赤に泣き腫らした目で私を覗き込んでいた。
「っよ、良かった・・・!このまま目が覚めなかったらどうしようって・・・」
「ハル・・・」
「本当に、無茶苦茶です・・・!」
そう言ってまた泣き出した彼女。暖かな雫が顔やら首やらに落ちてくる。
慰めようと手を伸ばしかけて、はた、と今の状態に疑問を持った。
私は、横になっている。そのまま真正面に目を遣ると、ハルの顔があった。そして、
・・・何やら後頭部に暖かく柔らかいものが・・・・。
私、今、人生初の膝枕されてます。
何で。
(・・・・・これ、後で自慢してやろうかな・・・・・)
ボスに。と、現実逃避と言ってもいいような、馬鹿げた事を考えていた。
それでもやはり、現実は突如として襲ってくるもの。
「心配したんですからね!ビルが爆発したときにはもう、心臓が止まるかと思いました・・・・!!」
(ああ・・・生きてるって事は・・・爆発には、間に合ったってことで・・・・・って)
私は漸く、何か忘れている事に気付いた。
そう。
プライドに掛けても守ると誓った、童顔小柄三十路前天才ハッカーの事を。
「っハル!!あいつは一体」
「あ、さん動いちゃ駄目です!」
「どうな――――――っ・・・!?」
がばっと身を起こしかけて、私は背中に走った痛みに眉を顰めた。
別に怪我をした覚えは無いのだが。血が出ている様子も無いようだし。
起きたばかりで思考能力が低下していた私は、唯一頼れるハルに聞いてみた。
「何これ地味に痛い・・・」
「いいですからまだ横になって休んでて下さい。・・・さん、背中火傷してるんですよ」
「火傷?・・・あぁ、爆風ね・・・」
爆発ギリギリだったから、多少煽られても仕方が無いことだ。
それに痛いということは、火傷の症状が比較的軽い証拠。
背中にはたっぷり水を含んだタオルが添えられている。ずっと、冷やし続けてくれたのだろう。
「屋上に水道が付いてて助かりました。火傷の範囲は背中の上半分程度で、水脹れも無さそうです」
「・・・・・・・・。ありがとう、ハル」
「いえ。たいした事、してませんから」
照れ交じりの、でも少し悲しげな笑み。
酷く、傷つけてしまったと思う。以前絡まれた三人組の時よりも遥かに深く大きく。
今日の事は一生残る。喩え全てが解決した後であっても。
そしてそれは、どうやら私にも言える事のようだった。
私とハルは、パーティー会場があったビルからは死角になる部分に身を潜めていた。
大分痛みが和らいでから、私はゆっくりと身を起こす。
「それで、彼は?」
「ハッカーさんなら、あそこで寝てます」
「・・・・・・・・・・・・・・」
確かに、彼はそこに居た。傍から見てもぐったりしていた。
そして何よりも目を引いたのは、・・・・・・・普通有り得ない方向に、左腕が曲がっていた、こと。
ちょっと待て、殴りはしたけど折った覚えは無い!
「――あ・・・の、何であのひと、腕が・・・?」
嫌な予感がしつつも、やはりハルにしか頼れず聞いてみる。
すると彼女は、如何にも言い難そうな、気まずそうな口調で応えた。
「・・・・ぅ、その、・・さんがハッカーさん連れて、このビルに跳んできた時に・・・・」
曰く。
無我夢中で跳んできた私は着地の事など全く考えもせず思いっ切り体ごとしかも無意識に三十路前男を下にして
この屋上へ半ばヘッドスライディングのような形で飛び込んできた、そうな。
その時には既に私の意識が無かったのかも知れない。うん多分そうだ。覚えてないし。
・・・・・とにかく、それが本当なら。まあ疑うべくもないが。
彼は複雑骨折決定、ということで。
「・・・・生きてる事が凄いわ」
「ですよね・・・」