強いとか弱いとか、そういう意味じゃない。
戦わない彼女を、責めている訳でも、ない。
灰色の夢
その後はしばらく無言で手当てが続いた。
ハルは何かを言いあぐねている様だったので、彼女から話してくれるのを待っていた。
なぜだか、急かそうという気にはなれなかった。
「・・・・イタリアに来る、最低条件・・・だったんです」
適当に大雑把な手当てが終わったとき、ハルは漸く重い口を開いた。
だが、余り意味がわからない。条件、とは一体なんのことだろう。
「・・・最低、条件?」
「ハルは元々、置いていかれるはずだったんです。日本に」
あの時、彼は『一緒に行こう』と言ってくれなかった。
自分だけが蚊帳の外。ついこの間まではずっとずっと一緒にいたのに。皆でずっと、一緒にいたのに。
何もかも勝手に決めて。皆勝手にイタリアに行って。彼はボスになって。
一度日本に帰ってきても何ひとつ言ってはくれなかった。別れを示唆する言葉ばかりで、肝心な事は何ひとつ。
・・・勿論、彼らにそう不満を持つ権利など無いのだけれど。
そんなことを一言二言話す毎にハルは視線を下げ、俯く。その表情を伺う事は出来ない。
「でも、それが嫌で、駄々を捏ねて。ツナさんに無理を言いまくって、挙句ツナさんの優しさにつけ込んで泣きついて。
そうしたら・・・仕方ない、どうしてもって言うならって、条件をつけられたんです」
非力なハルでも使える拳銃を、ちゃんと使えるようになる事。彼に提示された条件はたったそれだけ。
他の人みたいに戦えないから。せめて自分の命だけは守れるように。
それがボスの、せめてもの譲歩か。
(・・・・結局また泣き落としだし・・・・)
「それで一通りは扱える訳、ね」
「はい。ハル、頑張ったんですよ?リボーンちゃんに頼み込んで、毎日ずっと練習して」
集中力は、褒められた。それから反射神経も、日を重ねるごとに鋭くなっていった。
発砲した時の大きな音や、小さな銃の重さにさえ、内心恐怖していたけれど。
あれは何日目だっただろう。狙った的に八割強の確率で当てられるようになった時に、リボーンから許可が出た。
・・・・イタリアに行く事を、マフィアに入ることを、許されたのだ。
「弱いのは分かっていました。・・・足手纏いなのも、皆さんが行く世界がどれだけ厳しいものなのかも」
「ハル・・・」
「いえ。分かっていたような気になってただけなのかもしれません」
ハルは顔を上げ、跡形も無くなったパーティー会場の方に目を遣った。
現実として、私達が直面したこの惨事。それが今、彼女に自覚を促そうとしている。
「ハルはただ、ツナさんの傍に・・・居たかっただけなんです。それだけなんです」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・だけど今は、こんなに遠い・・・・」
ボスと、一構成員。その差は大きすぎる。班長になっても名ばかりでは・・・何も変わらない。
でもボスがそんな条件を出したのは、ひとえにハルを守るため。守る術を与えるため。
だけどそれすら使わないで済むように、平和に暮らしていけるように、ボスはハルを閉じ込めた。
情報部情報処理部門。それが彼女を守る砦。
(――だった、ってところかしら・・・)
考えを巡らせながらも、私は滅多に口を挟まず、ハルに気の済むまで喋らせる事にした。
全てを吐き出せるのは今しかない。
「ハルだけ置いてかれるのが怖くて・・・・・離れてしまうなんて考えた事もなくて・・・・っ・・・」
「・・・そうね」
「傍に、・・・っもっと、ずっと、ツナさんの、傍に居たかった・・・・・!だって」
こんな風に、素直になれるハルを、私は心底羨ましく思う。
私にはもう、そんな生き方は出来ないから。
「だって、・・・・"私"は、ツナさんの事が・・・っ――」
「す「っ痛っっってぇぇ―――!!!??」
「やかましい!!」
ばきっ!!!
ハルの、言わば愛の告白に被さる様にして男の奇声が響いた。意識が戻ったようだ。
やっぱり黙らせておいて良かった等と思う暇なく奇声に反応し反射的に振り下ろした拳は見事男の額ど真ん中に吸い込まれ。
小気味良い音がして、折角目覚めたハッカーは再び沈黙した。
「な、ななな、な・・何て事するんですか!!さんっ!?」
「状況も知らないで騒ぐこれが悪い」
「そんな無茶苦茶な・・・っハッカーさん、生きてますか?大丈夫ですか・・・!?」
瞳を潤ませてボスへの思いを語っていたハルは、ハッカーの遠慮ない多少裏返った悲鳴に意識を奪われたらしい。
先程までの苦く切なくそれでいて何処か甘酸っぱい空気は何処へ行ってしまったのだろう。
「・・・・・空気ぐらい読めないの、この男は・・・」
「寝起きは誰だって無理です!」
「私なら出来る」
「さんに常識を当て嵌めて考えちゃ駄目なんですよ!」
「・・・・それ、どういう意味・・・・」