慰めたりはしないけど。

 

それだけは、言っておきたい。

 

 

 

灰色の夢

 

 

 

ひとしきり騒いだ所為かハッカーは再び傷の痛みを訴えた。

あちこちを負傷している男を、今の私と非力なハルで支えながら逃げるのは難しい。

 

彼には自力で歩いてもらわなければ。その為には体力の温存が必要不可欠だった。

 

 

 

「今は横になって休んで下さいね」

「出発は30分後よ。痛かろうが辛かろうが黙ってついてきてもらうから」

「・・・・・・お、おう」

 

 

 

ハッカーはがくがくと何度も首を縦に振り、鼠の様な素早さで隅のほうへ移動し横になった。

 

 

 

「もう。そんなに怯えなくても良いのに」

「誰の所為ですか・・・」

「誰でしょうねぇ」

 

 

 

爆発のせいで、そろそろ人が集まり始める。その混乱に乗じて出て行けば誰にも見咎められる事は無いだろう。

私達も休む為、近くの物陰に座り込む。

 

 

“火傷を負っているのだから背中を何処かに触れさせない方がいい。”

と暗にハルの膝枕を進められたが、私は丁重に辞退した。

 

いざと言うときに反応が遅れるという事もあるが、何より・・・その、気恥ずかしいと言うか、沽券に関るというか。

 

・・・取り敢えずその忠告だけ受け入れ、私は両腕で立てた片膝を抱え込んだ。

 

 

 

 

 

ふと、また、沈黙が訪れる。

 

先刻のいつものような会話でさえ、今は虚勢でしかない。

 

私はこの先の事を考えていた。

ボンゴレファミリーなら、もう報告を受け動き始めているはずだ。

本来ならこれから此処に来るボンゴレファミリーの誰かに接触すればいい。

ボスと直ぐに連絡が取れるだろうし、この後のことも相談できる。

ただここで問題なのは、幹部を送り込んでくるのは間違いないだろうが、そこに幹部の部下も大量についてくること。

 

 

―――その中に敵が居ないと、どうして言えるだろう。

 

 

そう、もしかしたら黒幕はボンゴレファミリーにいるのかもしれないのだ。

 

全て仮定にすぎないけれど。有り得ないと一蹴するには―――重過ぎる。

 

 

 

やはり先刻も思ったように、何処かへ身を隠すのが先決か。

だとすると、どの道を通ってどの場所へ行くのが最も安全なのか。

安全な場所に行けたとして、ボスに直接連絡して良いものかどうか。

 

電話を傍受され先回りされた挙句、守れなかったら?

 

 

様々な状況を頭の中で組み立てては崩していく。最善にして最良の道を選ばなければならない。

 

 

 

先へと続く、未来の為に。

 

 

 

「・・・さん」

「え?」

 

 

 

呼びかけに深く深く沈みこんだ思考を引き戻して、私は慌てて顔を上げた。

視線を向けると、罪悪感で顔を一杯にしたハルが、此方を見ていて。

 

 

 

「―――っごめんなさい!」

 

 

 

謝られた。

突然。

 

 

 

「ちょ、何、急に」

「ハルの所為、ですよね・・・?ちゃんとカルロさん達と一緒に、戦っていれば、こんな・・・・っ」

「・・・・・・・」

 

 

 

小さな声で言い募るハルは、泣くまいとしているように見えた。

 

 

今、私が、それを肯定して。

彼女を責めるのはとても簡単だったし、彼女自身それを望んでいたのかもしれない。

 

人は無性に誰かに責めて欲しいときがある。それが救いになる事だってある。だけど。

 

 

 

――――それじゃ駄目なときだって、あるんだ。

 

 

 

「・・そうかしら」

「え・・・?」

「ハルが武器を取って戦ったとしても、結果は同じだったと思うわ。・・・寧ろ余計悪くなってたかもしれない」

「・・・・そんな、どうしてっ・・・」

「相手がプロだからよ」

 

 

 

私は意識して冷たく突き放すように言った。

 

道具が使える人間と、道具を使いこなす人間と。・・・どちらが強いか、聞くまでもない。

カルロ達だって同じ。彼らは元々スパイであって、暗殺者じゃない。

 

勝てる筈がないのだ。

それに、下手に武器を振り翳して向かわなかったからこそ、ハルは傷さえ負わなかったのだろう。

 

 

 

「戦わなかったから助かったって言うんですか・・・・?」

「幾ら殺しのプロだといっても、私が倒せる程度の実力だったし?あのパーティ会場出席者全員相手にするのは大変だったでしょう。

 

 

―――それなら、自分達にとって危険な者から狙うはず」

 

 

 

 

彼らだって急がなければならなかったはずだ。

爆発が起こる前に自分達は脱出しなければならない、あのギリギリの時間で。

奇襲が成功したとはいえ、ひとりひとり確実に殺していくには余裕がない。

 

他の人間は行動不能程度に抑えて、邪魔になる者だけは確実に殺していく。

 

 

 

「中途半端な強さは逆に危険ってこと。・・・・だから、そうね。その観点から話をするなら」

 

 

その点だけ考えたなら。

 

 

「責めを負うべきなのは、ボスだわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・なっ・・・・さん!!この件にツナさんは関係ないじゃないですか!」

「誤解しないで、ハル。私が言いたいのはそういう事じゃない」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

言い方を少し間違えたかもしれない。私は気を取り直してもう一度口を開いた。

 

 

 

「貴女は道具を使うことが出来る。リボーンさんに認めてもらったなら、多分人より上手。よね?」

「・・・多分、大丈夫だと思いますけど・・・」

「でもプロには勝てない。確実に。何故?・・・・・それは、貴女に経験が足りないから」

「経験・・・」

「良く聞くでしょうそんな言葉。何回も実戦を重ねて経験して失敗して成長して漸く人は強くなれる。ハルだって同じ事よ」

 

 

 

私が悪戯にボスを責めているわけじゃないと気付いてくれたのか、ハルは神妙な顔で黙りこくった。

 

責任の所在を明らかにするなんて、『Xi』である私が、出来るわけも無いのに。

 

 

 

「だけどそれは、ボスが一番良く分かってる事のはず。それなのにボスは貴女に技術以上の事を教えようとはしなかった」

「・・・・ハルが、弱いからじゃなくてですか・・・?」

「強くしたいなら尚更教えるべきだと思わない?・・・ボスはきっと、その技術さえハルには使って欲しくなかったんでしょう」

「・・・・・・・・・・・・」

「そう・・・使う機会なんてなかった。ハルが情報部情報処理部門でずっと部屋に篭ってさえいればね」

 

 

 

でも私が来てしまった。彼女を班長に押し上げ、ほんの少し外に連れ出してしまった。

昔のままなら部長に目を付けられることもなく、このパーティーに出る事もなかっただろう。

 

そこにこの惨劇というアクシデント。

 

 

 

「それに満足して中途半端なままにしておくから、こういう予想外の事態に対応できない。頂点に居るボスは、

予想外さえ念頭に入れて物事を考えなければならないのに・・・・・」

 

「・・・さん・・・」

 

「だからハル。今回もし貴女に責任があるのだとすれば、その責めを負うべきなのはボスなの」

 

 

 

気に病む必要も無ければ、自分を責める必要も無い。

 

 

―――そして、誰かに責められて楽になることも、出来ない。

 

 

 

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