今だけは、と甘えていたのかもしれない。
だけど、それでも。
―――“もしもあの時”―――なんて、死んでも言わない。
灰色の夢
「とはいえ・・・私の責任だけはどうしようもないけど、ね」
「っ何でですか!?・・・だってさんは・・・・ハル達を助けて・・・・っ」
「それとこれとは話が別。あの三人に関しては、全責任を取る義務があるわ」
勿論、同盟ファミリーや他の同僚の分まで背負い込むつもりはないけれど。
あの三人だけは。
「これは『Xi』の仕事で、カルロ達を連れてきたのも、『Xi』。・・・守る義務も、あったのよ」
「、さん・・・」
「だから謝るべきなのは私の方だわ。・・・私は彼らを守らなきゃならなかった」
本当なら今この場所に三人共、生きて、一緒にいなければならなかった。
命を張って、守らなければならなかった。
私の我儘で連れてきたのだから。―――仲間、だったのだから。
「あの状況じゃ無理ですよ!こうやってハッカーさんまで助かったのが、奇跡じゃないですか」
「・・・違うのよ、ハル。これは本当に私の失態だった・・・」
何とか励まそうとしてくれるハルの声が、頭に響く。
私は抱えた膝に額を押し付けて、人生において数えるほどしかない深い自己嫌悪に陥っていた。
心が疼く様に痛む。こんな気持ちは何年ぶりだろう。
「潜入捜査の初歩の初歩・・・・退路の確保が、全然出来てなかったのよ・・・」
悪い偶然だとか、相手が多すぎたとか、予想外だとか力不足とか。
あの惨劇を止めるのは出来なかったことはわかる。今更蒸し返す気も無い。
だけど、私の中に、それ以前の問題があったことに気が付いてしまった。
「退路、って・・・ビル飛び移ることじゃないんですか?」
「・・・・それは、『私』の退路であって、皆の退路じゃない」
私、だけなら。
ビルが爆発しようと何だろうと、無傷で生き残ることが出来た。
道具を使える私の、私の為だけの退路だった。
ハルとハッカーを助ける事ができたのは、多大なる偶然の力によるものが殆ど。
三人を使うと決めた時点で、そんな事頭で組み立てていて当然だったはずなのに。
情報屋『Xi』、失格だ。
「切り替え、してたつもりだったんだけど・・・・」
「・・・?何ですか、それ」
「んー・・・私、ね。誰かと共同戦線張ることはあっても、最初から協力体勢で一緒に、っていうの、なかったのよ」
「一人で仕事してた、って事ですか?」
「そういうこと」
情報屋の世界は競争が厳しい。どいつもこいつもあわよくば相手を蹴落とそうとする人間ばかり。
私は特に恨みを買っていた為、それが顕著だった。だからずっと気を張っていた。
誰にも心を許したりはしなかった。
「こいつら全員犠牲にしてでも、私は必ず生き残る―――ってね」
自分さえ生きていればそれで良かった。
自分さえ仕事を遂行できれば、それで良かった。
だけど。
そんな私が、ボンゴレと一緒に協力して、ディーノからの依頼を受けて。
ハルと、一緒に。何日も朝から晩までずっと。
「恭弥が居たから、安心したのかもしれないけど・・・私にとって、それは快挙だったのよ」
「それは単に、ハルが何の害もない存在って事じゃ・・・・・」
「あらわからないわよ、そんな事。世の中には天使のような顔をしたえげつないボスだって居るんだし」
「・・・誰の事ですか」
「さあねぇ」
とにかく。
私がハルとの仕事を成功させたから、最後まで彼女を気遣っている事が出来たから。
・・・・ちゃんと、私にもそういう事が出来るんじゃないかって思ってしまった。
「ま、いざ蓋を開けてみればこの体たらく。結局自分の事しか考えてなかったって事ね」
仲間、なんて。
その重ささえ知らないままに。死なせてしまった。
―――私も覚悟を決めなければ。
「ハルには色々酷い事を言ったし、酷い事も、させたし・・・・・・辛い思いをさせて御免なさい」
「っいいえ・・・!」
私は改めてハルに謝った。
だが、彼女は決して私を責めないだろう。私が彼女の立場なら、一発二発殴ってやってもいいと思うのだが。
それはハルの優しさであり、克服すべき弱さでもある。
私が変わらなければならないように、彼女も変わらなくてはならない。
今が、その最大のチャンスだ。
決意を改めた私は、あらゆる自覚を持って、口を開く。
「ハル、って結構・・・・・優しいわよね。というか、優しすぎるっていうの?」
「・・・・・え・・・な、何ですかいきなり?」
「戦えないのは、怖いから?人を殺したくないから?」
「・・・・・・・・・・」
ハルは戸惑うように瞳を揺らして、そのしばらく後、ほんの小さく頷いた。
私はそのまま続けて言葉を紡ぐ。
「マフィアやるのって、結構、辛いんじゃない?」
「・・・・・・・はい・・・・」
今日受けた衝撃は、私達の中で何時までも響くだろう。
ハルは普段なら絶対口にしない弱音を吐いて。私は、出来るだけ優しく笑って。
「多分・・・ハルってマフィアには一番向いてないタイプだと思う」
「さん・・・?」
「だったら」
そして。
「―――逃げようか。このまま」
優しく、残酷な、言葉、を。