選ぶ答えなどひとつしかない。

 

・・・・・自分らしく、生き抜く為には。

 

 

灰色の夢

 

 

 

張り詰めた空気の中、一人私だけが笑顔を浮かべている。

正面に向かい合ったハルは、大きく動揺の色を見せた後私から目を逸らした。

 

葛藤しているのだろうか。

 

一方ハッカーは、自分が口出す事ではないというように静かに成り行きを見守っている。

 

 

そして。これから先の人生全てが懸かった質問に、ハルは。

 

 

 

―――ふ、と。微かな笑い声で応えた。

 

 

 

「・・・・ハル・・・?」

 

 

 

まさか笑われるとは思っていなかった。

私だけでなく、ハッカーも目を見開いてハルを見つめた。

 

だが勿論そこに嘲笑や侮蔑の色は全く無く、また、心底可笑しげに笑っているわけでもなさそうだった。

 

 

 

「・・・・・嫌ですねえ、さん」

 

 

 

その顔は伏せられたまま。声も震えてはいない。口調は明るく、戯けたような調子さえ垣間見れる。

 

・・・それでも、ハルの両手は、赤く染まったドレスを痛いほどに握り締めていた。

 

 

 

「またハルを試してるんですね?もうその手には乗りませんよっ」

「・・・・。あら、半分は本気なんだけど」

「、余計性質が悪いです!」

 

 

 

即答、というわけではなかったが。

こんなにもあっさりと否定の意思を顕わにするとは思っていなかった。

 

確かに断るだろうと根拠の無い確信はあった。でも泣くだろう、と思っていた。傷つくだろう、とも。

 

 

でも今のハルは顔を伏せたままにしろ、そんな気配も無い・・・・

 

 

 

「ハルは、決めてました。イタリアに来るときに、決めてたんです。絶対逃げたりなんかしないって」

「・・・・・・何があっても?」

「何があってもです!」

 

 

 

私の静かな問い掛けに、ハルは激しい口調で切り返してきた。

 

 

 

「あれだけツナさんに泣きついたんです、リボーンちゃんに迷惑かけたんです!獄寺さんの大反対押し切って山本さんに心配掛けて

雲雀さんにはものすっっっっごい目で睨まれながらやっとここまで来たんです!!今更こんな所で退いたら、

 

 

―――女が廃ります!!!」

 

 

 

ハルは時々掠れた声になりながらも一気にそこまで言い切った。

 

これは・・・・・ある意味男前かもしれない。常には無いその迫力に、私達は思わず圧された。

気付いているのかいないのか。ハルは更に畳み掛けるように詰め寄ってくる。

 

 

 

さん!今のままじゃ駄目で、それでもまだ間に合うって言うなら!―――教えてください!!

経験だって積みますから!血反吐はいたってやりますから!だからっ」

 

「―――っ・・・・」

 

 

 

縋り付いてくる手は、死に掛けのカルロを見つけた時と同じもの。

 

でも、確かに何かが違っていた。

 

 

 

さん・・・・!!」

 

 

 

ハルのこの叫びは、衝動的なものなのかもしれない。勢いに任せて突っ走っているだけの一時的なものかも。

 

だけど。

 

私は必死に訴えかけるハルの目を真正面から見据えた。

迷いのない、澄んだ瞳。

 

 

――私は、それを信じよう。

 

 

 

「・・・別に、人殺しに慣れろなんて言ってないわよ」

「・・・・・・・・・・・・・・はい?」

「戦闘関連は男共に任せておけばいいわ。どう足掻いたってあの人達の実力には到底追いつけないしね。

それにそういう任務って元々貴女向いてないんだから」

「っでも、だって先刻」

「貴女がのし上がる為に必要なのは、たったひとつだけだって言っても過言じゃない。実際能力は鍛えれば充分いけそうだし――

ねえハル、ボスが私をボンゴレに引き入れた時に言った台詞、思い出せる?」

「・・・・?どれの事ですか?」

「えぇと・・・・一緒に戦ってくれる仲間を探してる、の後」

 

 

 

 

『俺は今、一人でも多く、信頼できる仲間が欲しい。一緒に戦ってくれる仲間を探してる』

 

 

――そしてその仲間は。

 

 

 

 

「『簡単に死んでもらっては困る』、だったでしょう?・・・・・ハル、ボスの近くに行きたいのならそれこそが“最低条件”なのよ」

「・・・・・・・・・!」

 

 

 

今のハルは、本当に簡単に死んでしまうだろう。

たとえ相手が素人だったとしても。赤子の手を捻るよりも、簡単かもしれない。

 

だからこそ、今。

 

 

 

「その為の武器、その為の技術、その為の経験、その為の強さ、その為の戦い方―――なら、私は幾らでも教えてあげられる」

「・・、さん・・っ」

「血反吐はいて覚えてもらうわよ?」

「・・・・・・はい!」

 

 

 

最も、言うは易し、行なうは難し。

本当の最低条件を満たすまで、どれだけの血を流せばいいのだろうか。

 

でも帰ると決めた以上、後戻りは出来ない。

 

 

ハルも、・・・・・私、も。

 

 

 

「じゃ、話が纏まったところで。休憩終了、さっさと出ましょうかこんな所」

「そうですね!」

「お、・・・俺もかよ」

「何言ってるんですか今更。この事件の解決には貴方が必要不可欠なんです――しゃきしゃき働いて下さい?」

「よろしくお願いしますね、ハッカーさん!!」

 

 

 

一方は、『断るとどうなるかお分かりでしょう』な脅し笑顔。

もう一方は、『物凄く期待してます』なキラキラ笑顔。

 

結果的に双方から詰め寄られたハッカーは、引き攣った笑顔で快く承ってくれた。

 

 

・・・・・本当に、今は、こいつだけが頼りだから。

 

 

そして、もう誰も死なせたりはしない。

 

 

 

「ボンゴレに帰りましょう、さん!ハッカーさんも!!」

「ええ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・おー・・・」

 

 

 

 

――――――さあ、反撃開始だ。

 

 

 

 

←Back  Next第五章へ→