ハルが、ずっと私を信頼してくれていたように。

 

――――これからは、・・・・・私、も。

 

 

 

灰色の夢

 

 

 

「え・・・・?ハル、ひとりで・・・って」

「勿論屋上までは送り届けるわ。でもその後は、別行動にしましょうってこと」

 

 

 

私は改めてハルに向き直った。今この瞬間からは、私達は対等の位置に立っていなければならない。

彼女に出来ることは全て―――彼女自身で、片付けて貰う。それは私も同じこと。能力の差異など、関係なかった。

 

お互いの顔さえはっきりとは見えない程薄暗い場所で、私は真っ直ぐハルを見据える。

 

 

そして彼女の両肩に、ぽんっ、と手を置いた。

 

 

 

「ボスへの説明はハルに任せるから。よろしくね?」

「はひっ!?よ、よよよろしくとかそんな軽く言われてもっ困りますよ!」

「そんな難しく考えない考えない」

 

 

 

ぽすぽすと宥めるように肩を叩きつつ、さてどうやって説明しようかと思いを巡らす。彼相手にどうすればいいものか。

リボーンとかが居なければまだ何とかなりそうな気がする。説明に多少の穴があっても。

 

いや、その辺りはもうハルの頭脳に任せてみようか――――そう結論付けた私は軽さを装って言葉を続ける。

 

 

 

「簡単よ。その目で見た事実を、そのまま言えばいいだけ」

 

 

 

パーティーの途中で何故か殺し合いが始まり、カルロ達はハルを庇って死に、そして会場が爆発。

ハルは私に連れられて間一髪で脱出し生き残った。・・・・・・何というか、単純で分かりやすい図式ではある。

 

 

 

「ボンゴレが知りたいのは、まず“何が起こったか”だと思う。“何故”とか理由はその後でいい」

さん・・・」

「ま、何をどう話すかは―――ハルの判断に任せるわ。私のことは気にしないで」

 

 

(それがどんなものであろうと私は受け入れるから)

 

 

 

出来るだけ優しく笑ってそう告げると、少し考えるような素振りを見せてハルは暫く黙り込んだ。

 

そして数十秒後。ふと顔を上げた彼女は、・・・・・・超胡乱気な目付きでぎろりと私を睨み付けてきたのである。

 

 

 

「あのそれ、丸投げって言いませんか」

「あら。のし上がる為の試練だと思って欲しいわね」

「もうっ全然簡単じゃないです!・・・・・・うぅ、ハル達の立場を考えると迂闊に・・・・・・でもツナさんには・・・」

 

 

 

ハルはぶつぶつ言いながらも次第に深く考えていく。その様を見ながら、私はそっと息を吐いた。

そう、これでいい。ハルだって馬鹿じゃない。足りない部分は、お互いが補足していけばいいだけだから。

 

(これからどう鍛え上げていくかも・・・見極めなくちゃならないし。ね?)

 

 

ボンゴレに到着するまではまだ時間がある。暫く考えさせておこうと、私は声を掛けないまま歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私を追って来ていたのはほぼ無意識だったらしい。そこまで集中できるとは大したものである。

 

考えに耽っていたハルは、地下道の出口で一度立ち止まった私の背中に顔面からぶつかった。

 

 

 

「は、はひっ?壁?・・・・っ、すみませんさん!」

「いや大丈夫だから。ハルこそ、鼻・・・」

「ぜ、全然全然平気ですっ」

 

 

 

鼻を押さえて勢い良く首を振る様が何とも言えずおかしい。笑える状況じゃないのは分かってるけど、ふと心が和む。

とにかくここまで無事に来れて良かった。もう、ボンゴレファミリー本部とは目と鼻の先なのだ。

 

私は周辺の気配を探り、人が居ないのを確かめてから素早く地上に出る。真夜中さえ過ぎている為、辺りは静かだ。

そのまま動かずもう一度念入りに調べ上げてから、下で大人しく待っているハルに、手を、伸ばした。

 

 

彼女は何の躊躇いもなくその手を取る。そのことに救われてきた人間は、他にも確かに居るはずだ。

 

 

私は視界に映る見慣れた大きな建物を見上げ、そこに居るであろう人物に向かってそっと呟いた。

 

 

 

(あと少しだから、絶対に動かないで―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからボンゴレ本部付近のビル屋上へと侵入した私達。あとはハルを抱えてどうにか飛び移ればいい。

とはいえ今の段階で私もかなり身体を酷使しており、スタミナが切れ、おまけに背中の疼きも消える様子はない。

 

失った体力を少しでも回復しようと一人だけ床に座り込んで休憩を取っていた、その時だった。

 

 

 

さん。ひとつだけ、聞いてもいいですか」

「・・・どうぞ?別に、幾らでも構わないけど」

 

 

 

静かで落ち着いた声。どう報告するかの結論は出たのだろうか。

色々言いたい事はあったけれど抑えてきたのだ。今なら何を聞かれてもちゃんと答えてあげる用意はある。

 

私はそんな風に、思っていた。

 

 

――――だから、と言うべきなのだろう。

 

 

 

「この事件。・・・・さんは、どう見てますか」

「・・・・・・どう、とは」

「可能性で構いません。さんがどう考えてるのかを、知りたいんです」

 

 

 

傲慢にも“分からないなら教えてあげよう”―――等と思っていた私は、だから少し不意を突かれた。

 

 

ハルは既に事件の根本へと思考を巡らせていたのだ。つまりそれは質問ではなく、ただの確認でしかない。

彼女の出した答えと、私が持つ答え。二つがそう違っていないということの、確認。

 

 

私は降参、と両手を挙げたい気持ちで一杯になりながら、彼女の求める答えをそっと口にした。

 

 

 

「・・・・ボンゴレ情報部が、取り敢えず何らかの形で関ってる可能性が高いと思う」

「そう、ですか。・・・・・・いえ、そうですよね・・・」

「第三者の可能性も無い訳ではないけど―――」

 

 

 

ハッカーから『情報部』に関する情報を持ち出したと聞かされなければ、きっとそうは思わなかった。

今や無視できないほどに疑惑は大きくなっている。だからこそ身の安全を図らなければならないのだ。

 

彼らの関り方如何によっては――――情報部所属の私達にとって、身近に敵が居るということになりかねない。

 

 

 

「わかりました。・・・それだけ聞けたら、十分です」

「もういいの?」

「はい。・・・えっと・・・だからツナさんへは、会場で起こった事を・・・見たままに報告します」

 

 

 

ハルはあの惨状を思い出したかのように眉を顰める。だがそれは一瞬で、直ぐ強い光を目に宿して私を見た。

 

そしてこちらが驚くような台詞を。可愛らしく小首を傾げて、ばっさりと宣ってくれたのである。

 

 

 

「あとハッカーさんが生きてることは、言わないんですよね?」

 

 

「―――――――、え?」

 

 

 

 

 

「ああっ何ですかさんその驚いた顔は!幾らハルでも、それ位分かりますよ!」

「や、だって私そんなの一言も・・・・」

 

 

 

目を見開く私の正面で、腰に手を当ててハルは仁王立ちしている。訳の分からない迫力がそこにはあった。

 

 

 

「態々あんな所に行くなんて誰でも変に思います。医者なんて近くに沢山ありましたし」

「あ―・・・まあ、ね?」

 

「その上情報部が信用出来ないっていうなら、答えはひとつです。・・・ハッカーさんが生きてたら困る人が居るってことですよね」

 

「・・・あくまで可能性の話、だけどね。無視は出来なかった」

「今報告することが危険に繋がるなら、秘密にしておきます。・・・・や、ですけど」

「うん、ごめん。・・・・ボスには状況を整理してから、ちゃんと報告するから」

「うう。・・・・とにかく、ハルなりに頑張ってみます」

 

 

 

 

――――そう。・・・・全ては、カルロ達を殺した元凶を突き止める為なんだから。

 

 

 

←Back  Next→