泣きそうに歪んだ瞳を見て初めて――――

 

死んではいけないという言葉の意味が、本当に分かった気がした。

 

 

灰色の夢

 

 

「・・・・・・そう。また何か分かったら、直ぐに知らせて」

 

 

 

綱吉はそう言って通話を終え、暗い表情のまま携帯を机に置く。現場に向かった獄寺からの報告だったが―――

 

目を背け続けていた“最悪の事態”を、そろそろ覚悟しなければならないようだった。

 

 

 

「ツナ・・・?」

「会場のあった最上階と、その下の階が完全に爆破されてる。かなりの爆薬が仕掛けてあったみたいだね」

 

 

 

その所為で、死体の判別もままならない。黒焦げになった死体全てを検分していくには時間が掛かる。

・・・・彼女達が含まれているかどうかさえ、直ぐには分からない・・・・だけど。

 

自分と同じく執務室で少ない情報を捌いている山本へ向かって、固い口調でそっと告げた。

 

 

 

「ビル側の話だと、爆発の後に降りてきた人間は居ないらしい。―――これで益々状況は悪くなった」

「っ、そいつぁ・・・・」

「どこの誰だか知らないけど・・・・ホント、してやられたってわけだ。天下のボンゴレが聞いて呆れるよ」

 

 

 

自嘲気味に呟いた後、疲れたように深い深い溜息を吐いて綱吉はソファへと身を沈めた。

希望は全くないのか。もしかしてと期待する事は罪なのか。突きつけられた現実を認め、潔く諦めるしかないのか。

 

 

(――――諦める?―――彼女達を?)

 

 

それは違うと心の中で何かが叫ぶ。無視できる程小さいものではあったけれど。

あの衝撃的な知らせを受けてから、この自問自答を何度も繰り返した。だがその都度ここで引っ掛かるのだ。

 

心のどこかで、まだ信じている自分が居る。生きていると―――信じている部分が、僅かながらも、ある。

 

 

もしもそれが・・・・・・ボンゴレの血に伝わる超直感と呼ばれる能力に拠るものだとすれば、まだ・・・?

 

 

 

「まだ、わかんねーだろ?ツナ」

「山本・・・」

「雲雀だって信じてなさそうだったしな。まだ可能性はあるぜ」

 

 

 

そうだ。まだ、決まったわけじゃない。死体を見つけたわけではないのだ。

 

(可能性がある限り、それがどんなに絶望的でも・・・・どんなに馬鹿らしくても、俺はそれに縋り付いてみせる)

 

 

 

「ああ・・・俺は信じない。この手で、この目で、ちゃんと確かめるまでは――――!」

 

 

 

失いたくない、と。

 

・・・・その強い想いがどこから来るのか、この時の自分は本当に理解してはいなかったように思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし。じゃ、もうひと頑張りしような!」

「ごめん山本。それに・・・・ありがとう」

「ははっ、気にすんなって。俺もこう見えて結構動揺してるんだぜ?」

「・・・・・・・ん。分かるよ」

 

 

 

希望を持って、何が悪い。最後の最後まで諦めないこと、それが一番大事だったじゃないか。

ボンゴレ十代目の癖に動揺しすぎだ。最も―――この状況で動揺するなという方が酷な気もするけど。

 

それでも意志の力で以って暗い考えを隅に追いやり、得た情報を纏め状況を整理しようと机に向かった・・・・その時。

 

 

 

「「っ!?」」

 

 

 

突如部屋に警告音が鳴り響いた。綱吉と山本は思わず、といった感じで立ち上がる。

 

―――――聞き慣れぬそれは、屋上の異常を知らせるものであった。

 

 

 

「うわ、何だこんな時に…屋上って……まさか、敵か!?」

「――――――――」

 

 

 

警戒を強める山本とは対照的に、綱吉は屋上の方角を見つめたまま全く動けずにいた。

異常事態を知らせる音が鳴った瞬間、今にも消えそうだった心の中の叫びがいきなり大きくなったからだ。

 

(あれは・・・・・あの、気配、は)

 

今ならはっきりと分かる。超直感がそれを告げる。間違いないと、心が叫ぶ。

 

どうか生きていてほしいと強く願っていたその存在を認識した瞬間、綱吉は無意識のうちに走り出していた。

 

 

 

「、おいツナ!」

 

 

 

制止する声など、当然耳には入らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで風のようだ、と。

が颯爽と消えていった方向を見ながら、ふとそんな言葉が浮かぶ。

 

何をするにも素早いし、掴めたと思った途端直ぐこの両手をすり抜けていってしまうような所が、良く似ていた。

 

 

(でも。・・・すごいひと、です)

 

 

あの爆発は本当に酷いものだった。あの瓦礫の山を思い返すだけでまた泣きそうになる。

それなのに彼女は二人も助けた。彼女自身を入れたら三人だ。多分それは、他の誰にも出来なかったことだと思う。

 

 

(だったら、私は?)

 

 

ただ守られて、泣いて。喚いて、縋って、助けられた。

 

自分を守って死んでいった彼らに申し訳ないし、不謹慎だと分かり切っていたので口にはしなかったけれど。

ここに来るまでの間、……代わりに私が死ねばよかったのに、と思っていた。そう思わずにはいられなかった。

 

能力的にも、彼らの方が上だったのだから。ボスの役に立てるのは―――きっと彼らの方に違いなかった。

 

 

(生き残ったから、には。ちゃんと生きていく、けど、でも)

 

 

思考がどんどん沈んでいくのに気付いて、はっと我に返ったハルは首を強く振った。

 

 

 

「っ違います・・・・ハルは、上に行くんです。だから強くならなくちゃ、」

 

 

 

(大事な仲間を犠牲にしてまで?)

 

仕方の無い犠牲だったのだと――――自分を、周りを誤魔化して。その屍の上を歩いていくの?

 

 

 

「・・・・・・・、さん」

 

 

 

思い知らされる。こうやって独りになって、初めて、気付く。如何に自分が彼女に依存していたのかということを。

爆破されたビルを見ながらあれだけ啖呵を切ったくせに――――ひとりになった途端、これだ。

 

(なんて、弱い)

 

どす黒く染まった服をぎゅっと握り締めると、もう泣きたくもないのに、じわりと視界が滲む。

 

 

 

、さ・・・・・っ!」

 

 

 

 

―――その時だった。背後で、乱暴且つ大きな音を立てて屋上の扉が開いたのは。

 

ハルは心臓が飛び上がりそうなほど驚いて反射的に振り返った。揺らぐ視界に、人影が映る。

 

 

 

「・・・・・ぁ、・・・・」

 

 

 

喉が張り付いて声が出なかった。彼は彼で、扉を開けたまま硬直したように動かない。

だがそれは一瞬の事で、ハルの姿を確認するや否や直ぐに駆けてくる。まさか、というような表情で。

 

手を伸ばせば届く距離まで来て沢田綱吉は足を止めた。期待と不安が浮かぶ、そんな表情。

 

 

そしてその瞳に安堵はなかった。ただ、痛みと、悲しみと、苦しいまでの切なさが溢れていた。

そんな瞳は見たくない、と思った。でも彼にこんな瞳をさせたのは、他でもない、ハル自身。

 

 

(ああ、私は――――死んじゃ、駄目なんです、ね)

 

 

彼の、為にも。

 

 

 

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