思考回路が似ているのだ、と。

 

……私は笑うべきだったのかもしれない。

 

 

 

灰色の夢

 

 

 

ハルを置いてボンゴレファミリーを離れてから直ぐに、足につけた機械を使うのを止め地面へと降り立つ。

体力と気力がもう限界だった。時間が経てば経つほど疲労を感じ、思わずその場に座り込みたくなる。

 

 

(それでも―――今、確かめなければ)

 

 

静まり返った薄暗い路地裏。熱を持った背中を冷たいビルの壁に押し付け、私は深い溜息を吐いた。

 

 

 

ボンゴレ本部屋上に残してきた彼女の事はもう心配ないだろう。ボスの傍なら世界中の何処よりも安全だ。

ハッカーに関してもあの分なら上手く誤魔化せるような気がする。リボーンの気配は感じられなかったし。

 

さて問題はこちら側の方だ。今、この非常事態の混乱時でなければ出来ない事がひとつある。

 

 

 

「黒か白か。・・・ボンゴレが状況を把握する前に、確かめるべきよ」

 

 

 

自分に言い聞かせるように呟く。私が自由に動けるのは、多分、今しかないから。

 

重い身体を叱咤して決意も新たに向かった先――――それは。

 

 

 

 

 

 

 

少し前、ハルには“ボンゴレ情報部が、取り敢えず何らかの形で関ってる可能性が高い”と告げた。

 

しかし情報屋『Xi』としての勘から言えば…情報部は限りなく黒に近い灰色。私は本気で彼らを疑っている。

何らかの……そう、“最悪”の形で関っているのではないかと、疑っているのだ。

 

勿論第三者の可能性も否定は出来ないけれど。今の段階で、情報部が主犯だと決め付けるつもりはない。

 

 

(だったら、簡単なところから潰していけばいいだけ)

 

 

情報屋の本領発揮、まず情報を集めることから始めよう。相手ファミリーも混乱している今が最大のチャンスだ。

単純に相手ファミリーが捨て身でボンゴレに打撃を・・・なんて陳腐なストーリーだったとしても構わない。

 

 

 

――――寧ろ、そうであればいいと、思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やけに静かね・・・?状況からしてもっと騒いでてもいい筈なのに」

 

 

 

目的地への道程は頭に入っていた。ボンゴレ本部からもそう遠くなく、多少なりとも体力温存した状態で到着出来た。

人数もそう多くはない弱小ファミリーだし、適当に忍び込んでお偉いさんを脅そうか―――等と考えつつ。

 

見た目だけは立派なその建物に近づく。・・・・と、入り口の頑丈そうな扉が薄っすらと開いている事に気付いた。

 

 

(・・・・・・・・・・・・。何か、嫌な感じ)

 

 

意識を集中して中を探ってみる。人の気配―――は、微かに感じられるが―――

 

 

 

「・・・・・・っ!」

 

 

 

ぐらり、と眩暈がした。集中が途切れ咄嗟に門に手をついて身体を支える。・・・・・駄目だ、まだ倒れるには早い。

そんな焦りも手伝ってか、私は碌に中の様子を確かめることなくその扉に手を掛けていた。

 

どうせ大した危険はないだろう。そもそも殺気が感じられないから別にどうということは――――

 

 

 

言い訳がましく心の中でぶつぶつと呟いていた私の目に、信じられない光景が映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど・・・・・・どういう?」

 

 

 

無意識に零れた言葉。それもその筈、私はこの状況を全く予想していなかった。完全に予想外。

入った直ぐの玄関、ホテルのロビーのような広い空間に折り重なって倒れる人間達。辛うじて息はあるようだ。

 

時折呻き声を上げつつ苦しむ男達。女もちらほら混じって――――全員、身体のあちこちから出血している。

警戒しながら近づいてみるが、皆昏睡状態らしく話を聞くことが出来ない。

 

 

・・・・・否、それ以前の問題だった。

 

 

 

(この傷・・・・ものすっごく見覚えがあるんですけど)

 

 

そう、まるで、何か硬い棒状のようなもので殴られた、ような―――――?

わざわざ記憶を探るまでもない。思い当たる答えは、悲しい事にひとつしか見つからなかった。

 

ちょっと待った。じゃあ何か?『奴』が此処に来て、このファミリーに襲撃かけていったって?

 

おまけに彼らの出血状況から見ても、つい最近――――多分三十分も経ってないような気がする。

 

 

 

「まさか、まだ・・・・?」

 

 

 

その出来れば否定したい考えを裏付けるように、建物の奥から微かに悲鳴やら何やらが聞こえてくる。

違うそれは幻聴だ、と逃げるのは無理そうだった。そもそもここに来た目的を果たさなくてはならないのに。

 

 

――――というか、何故私はこんなに彼に会うのを嫌がっているのだろう?

 

 

私がここに来たことに関しては幾らでも言い訳が立つ。ハッカー云々は関係ないから後ろ暗い事もない。

爆発から生き残った以上相手ファミリーの動向を調べるのは当然のこと。ただ少し先を越されてしまっただけ。

 

 

ああ、それとも知られるのが怖いのか?全てを見捨てて逃げてきた、生に執着した醜い自分のエゴを。

 

 

 

「・・・・・・は、馬鹿みたい」

 

 

 

何を今更、自虐的な。久々に疲れているからか。後悔はしないと自ら誓ったくせに。

自分自身を責めて。その痛みに酔っている間は自分を憐れんでいられるし、その悲しみに浸ることが出来るけれど。

 

 

(でも、だからこそ、そんなものは――――全てが終わってからでいい)

 

 

深呼吸の後、一度軽く頭を振って思考を切り替える。今は今しか出来ないことをやる他ないのだ。どう足掻いても。

 

私は真っ直ぐ前を見据え、その騒音の元へと力を振り絞って走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――で?」

「ほ、ほほほ本当に、し、知らな、・・・ひぃっ!」

「へえ、その程度で全部なわけ?それでも君本当にボス?全く、世も末だね」

「たす、助けてくださ、お願いします本当なんです・・・・!」

「五月蝿い。死にたいの?」

 

 

(うわあ・・・やってるやってる)

 

 

幼馴染の気配を感じた瞬間、私は出来得る限り気配を消して走るのを止め、ゆっくりと近づいた。

唯一明かりが洩れている部屋は扉が無残にも粉砕されていて、中で何が起こっているかを如実に表している。

 

周りにはやはり殴られて気絶しているマフィア達。珍しく一人も死んでない所を見ると、これは沢田綱吉の差し金か。

 

 

(先手を打たれたってわけね。ま、暴走されるよりはマシだっただろうけど)

 

 

ボス、と呼ばれた初老の男は恭弥に軽々と吊り上げられ、壁に押し付けられた状態でぼろぼろに泣いている。

確かにあの顔じゃ何も知らなさそうだ。あんな凄まじい惨劇を計画・実行出来るような人間ではない。

 

―――――どうやら二人の雰囲気から察するに、このファミリーは白、らしかった。

 

 

やはり、という思いと更に濃くなった情報部への疑惑との間で嫌な焦りと苛立ちが生まれる。

 

 

 

もし本当に情報部が主犯だったとしたら。

ボス側に立つ私達は、誰よりも危険な場所に居ることになる。日本組のハルは特に注意が必要になるだろう。

 

姿の見えない、敵。何と厄介極まりないことか。

 

どうやって立ち向かえば良いのだろう。儚く命を散らしていった彼らの為にも、絶対に勝たなくてはならないのに。

 

 

(情報が全然足りない。ありとあらゆる情報が欲しい)

 

 

相手ファミリーはボンゴレと同じ、被害者だった。今回手に入れた情報はたったそれだけだ。

恭弥が見境なく襲撃しまくった所為でそれ以上のことはわからない。ならば少なくともそのボスから何か・・・・・!

 

 

私は不機嫌そうな顔で今にもトンファーを振り下ろそうとしている幼馴染を止める為、一歩部屋の中へと足を踏み出す。

 

 

 

――――何故かちくりと痛む心を、苦笑で隠しながら。

 

 

 

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