一体どんな顔で買ったんだ、これ。
灰色の夢
自分のあられもない姿に一瞬意識を奪われたものの、己の状況を思い出して我に返った。
別に医者に診られたくらいで減るものじゃないし―――とぶつぶつ呟きながらその場に座りなおして息を吐く。
と、そこではっと気付いた。
(・・・・・下着に入れてたメモリースティック・・・!)
瞬時に頭が冷える。天才ハッカーから手に入れた、多分全ての元凶かと思われる取引材料。
あのデータを、治療の為か今は身から剥がされている下着の中に潜ませていたのだ。
あれを失ってしまえば―――もしくは他の人間の手に渡れば、私達が独自に動けるだけの手札はもうない。
私達にとっては唯一にして最大の情報源であり、そして如何様にも使える『カード』でもある貴重なもの。
「一瞬見られた程度じゃ分からない筈だわ・・・」
狭い部屋、そのどこかにあると信じて。治療して貰っておいて悪いとは思いつつ―――私は早速家捜しを開始した。
「・・・・ゴミ箱ってどうよ」
しかし喜ばしいことに、それは杞憂に終わった。探し始めると結構簡単に見つかったからだ。
背中の部分が多少焼け焦げているベージュ色の下着は、何とむき出しのまま無造作にゴミ箱の中に突っ込まれていた。
カップの部分から目的のブツを取り出し電灯の光に翳して検めた。何処にも目立った傷はなくホッとはしたが・・・・・
何となく微妙な気持ちになって、傍にあったボロ布で見えないように包んでから、そっとゴミ箱の中に戻した。
(このデリカシーのなさ加減は・・・・・・いや、まさか・・・・・ね)
私は周辺に散在しているモノを遠慮なく踏みつけつつ、少しだるさを覚えてベッドに戻る。
データが無事ならば、目が覚めた以上何時までも此処に居る必要はない。恭弥も気に掛かるがまずは医者の方だ。
取り敢えずこの格好を何とかしなければ。何でもいいから身体に巻きつけられるような布はあるだろうか?
ぐるりと部屋を見渡した私の目に留まったのは、今自分が座っているベッドのシーツだった。
医療用だからだろう、シンプルな鉄製のベッドに白い布が掛けられている。・・・・私はもう迷わなかった。
部屋の汚さに比べ驚く程しっかりメイキングされたそれから布を剥ぎ取る為、ナイフ片手に身を屈めた―――
――――その時だった。
がちゃり、と背後で音がした。次いで息を呑む気配がふたつ。
「・・・・・・・」
「おいおい嘘だろぉ?・・・・もう意識が戻ったのか・・・」
狭い部屋に男が二人。片手に大きな紙袋をぶら下げながら私のかつての名を呼ぶのは、勿論幼馴染の雲雀恭弥。
そして、今回の仕事の依頼主であるDr.シャマル。寝癖が酷い頭をがしがしと掻きながら驚いたように私を見ている。
私自身弱っていたのに加え、不意を突かれたのもあって、部屋に入ってきた二人を呆然と見上げることしかできない。
しかし男達はこちらに全く注意を払うことなく、自分達だけでよく分からない会話を続けていた。
「最低一時間は起きないとか言ったの誰?」
「普通は、そうなんだよ!あの量じゃこんな直ぐには起きない筈・・・」
「藪医者」
「・・・・ほーお。このトライデント・シャマルをつかまえてよく言うもんだ」
いい歳した男が何を子供みたいに。用があってここに来たはずだろうに全く訳が分からない。
中々会話に入り込む隙がない為黙っていたが、少々険悪な空気が流れ始めたので私はそっと声を上げてみた。
「・・・・ど、Dr.シャマル・・・に、恭弥?どうして・・・」
「おっと、こりゃ失礼。俺としたことがレディを放っておいて野郎と喋るなんざ―――」
「。何でもいいから早くこれ着なよ」
話しかけた途端、相好を崩して機嫌よく喋り始めたシャマル。が、その言葉は最後まで続かず恭弥に遮られた。
恭弥はそのままベッドに座る私の前へと歩いてきて、手に持っていた紙袋を強引に押し付けてくる。
その迫力に押され恐る恐る受け取り、そっと中を覗いた。―――入っていたのは言葉通り、私の着替え一式。
(・・・・きっちり下着まで入ってるんですけど。恭弥が用意したの?・・・コレ、を?)
どうしよう、ぜんっぜん想像できない。
こんな時間まで開いている店など『表側』には存在しないだろうけど―――あ、いや、今はそんな事考えてる場合じゃないか。
「ちょっと待って。取り敢えずここはどこ?」
「だから、そういう説明は後で――」
「説明が先。じゃなきゃ着替えないから」
私達はシャマルそっちのけで睨みあう。遠くの方から「無視かよ・・」と微かに呟きが聞こえた気がした。
そうして数十秒、もしくは数分が経ち・・・・・・・先に折れたのは恭弥の方だった。何と珍しい。
怪我人を気遣うような繊細な神経は絶対持ち合わせていないはずなのに。暴れたばかりだから機嫌がいいのか?
嫌味たらしく深い溜息を吐いてから、恭弥は渋々といった感じで口を開いた。
「・・・・ここは」
「俺の診療所だ。ここ数ヶ月限定のな」
がしかし、先程の仕返しとばかりにシャマルが口を挟んでくる。子供か?あんたら。片方は中年の癖に。
再び言い合いになるのはどうしても避けたかったので、私は改まった口調で話題を変えた。
「Dr.シャマル・・・が、治療してくださったんですか?わざわざそんな」
「そりゃコイツに言え。全く・・・こんな夜中にいきなり挨拶もなくドア蹴破って侵入して、超イイ気分で寝てた俺を
トンファーで叩き起こした挙句『治療しろ』と来たもんだ。もう何事かと思ったぜ」
で、見たらあんたが背中に火傷して倒れてる。今日が例の日だったんだろ?焦った焦った。
まあ、完治するまで時間は掛かるが傷は残らないだろう―――シャマルはそう言って、医者の顔で笑う。
いやはや、それにしても恭弥がそんな暴挙に出たとは。今日だけで驚きの連続だ。
私の為・・・?まさかね。事実そうじゃなかったとしても、そう思うだけで何だか不可思議な気持ちになる。
―――――色んなものを失ったばかりの今は、特に。
「どうも有難うございました。この御礼は必ず、」
「そりゃ勿論体で払――、・・・・・・・冗談だっつーの。それ降ろせ」
「・・・・・藪医者が」
「まだ言うかお前、一度俺様の素晴らしさってやつを――」
(だ か ら 鬱陶しいんだって!)
「あの!Dr,シャマル、ボンゴレに私のこと、連絡とかは」
「お?いや、まだ何も。コイツが殴りこんで来てからまだ一時間程度しか経ってない」
「君の状態が落ち着いたら、ボスに連絡するつもりだったけど?」
「――しなくていい。っていうかするな頼むから」
良かった・・・。あのまま目覚めなかったらボンゴレに連絡されていたところだったのか。
十年前から麻酔系の薬品が効きにくい体質になったのが幸いした。それだけは、感謝してもいいかもしれない。
(それだけ、だけど・・・ね)
「今頃はハルが事情を説明し始めてる。私のことも。だから絶対連絡しないで欲しいんです」
どんな小さな危険も、冒すことは、出来ない。