不可抗力とはいえ、休んでしまったことに変わりはない。

信じてないわけではないが―――立場的に一人残してきた彼女が気懸かりだ。

 

(ボスが暴走してたらマズイし、ね)

 

 

灰色の夢

 

 

新品の白い綿シャツを羽織り、ゆっくりと袖を通す。その動きに痛みを感じなくて私は安堵の溜息を吐いた。

 

部屋には私以外誰も居ない。とはいえ、薄いドアを挟んだ向こうに二つの気配が留まっていることは知っている。

 

 

 

『ボンゴレには、絶対、連絡しないで下さい』

『・・・・わ、わかったわかった。わかったから、ちょい離れてくれると嬉しいんだが・・・・』

『・・・・・・・・・・五秒以内に離れないと咬み殺す』

 

 

 

あの後、私は形振り構わずシャマルの胸倉をがっと掴んで迫った。自らの格好などはっきり言ってどうでも良かった。

そして数秒も経たない内に、私の鬼気迫る表情に圧されたのか彼はボンゴレに連絡しない事を確約してくれた。

 

―――シャマルの後ろで何やら恭弥がトンファーを構えていたような気がしたが、多分気の所為だろう。

 

 

 

「これで・・・よし、と」

 

 

 

シャマルが処方した薬はよく効いた。これなら多少動き回っても痛くはないし、着替えるのも苦ではなかった。

 

最後に上着を腕に掛けて、これまた新しい靴を履いた。乱れた髪の毛はそのまま背中に流すことにする。

必要なものは全部服の下に隠した。もう万全だ。これで外を歩いても、誰かに見咎められる事はない。

 

 

 

「あのすみません、お待たせして。一通り用意出来ま」

「入るよ」

 

 

 

扉の外に声を掛けると、言い切る前に恭弥がノックもなしに入ってきた。・・・・女性の着替えを何だと思ってる。

彼はベッドの傍に立っている私を見て微かに息を吐く。変な所でもあるのかと視線で問うたが、ふと目を逸らされた。

 

多少引っ掛かるものを覚えたものの、直後に掛けられたシャマルの声に私はすっと視線を移した。

 

 

 

「ボスへの報告が終わったら――それが何時でも良い。ここに直行しろ。いいな?」

 

「・・・・・?どうして、ですか?」

「再検査だ。その傷、爆風に煽られたんだろ?気付かない内に他にも何かを傷付けてる可能性がある」

「それは、そうですけど・・・・何もそこまで」

「何の物質が爆発に使われてたかさえ未だ分かってないと来た。あんたも裏の人間だ、後遺症なんざ御免だろう?」

 

 

 

突然畳み込まれて私は黙り込む。彼の言っている事は正しい・・・・そして私は反論することができなかった。

 

―――怪我をした瞬間には全く意識がなかったので、何処をどう怪我したと確信を持って言えないからだ。

 

 

その道のプロに、治療を断るなどというのも無理な話。何度言い募っても、結局は丸め込まれるだけ。

それでなくても元々右目が見えないのに、これ以上何かしらのハンデを背負うのは得策ではない―――か。

 

 

 

「・・・それじゃ、その、お世話になります」

「ああ、このシャマルに任せな。隅から隅まできっちりお世話してや・・・・」

 

 

 

だらけ切った顔でにやにやと笑いながら頷いていたシャマルは、瞬間、ぴしりと固まった。

 

 

 

「・・・Dr.シャマル・・・?」

「い、いや勿論医者としてだぞ。ん?だから勘違いするなよ?な?」

「どうだか。その根性、一度叩きなおした方がいいんじゃない」

 

 

 

そしてまたもや始まる子供みたいな口論。置いてきぼりにされた私は少々の疎外感を覚えて目を眇めた。

どちらかと言えば、恭弥が一方的に突っかかってそれを宥めるシャマルの図、という感じなのだが・・・

 

 

 

「えーと・・・随分仲が良いんですね、二人共」

「「・・・どこが」だ!」

「だから息ぴったりじゃないですか」

 

 

 

そういえば、前にもこんな事があったような・・・?そう、確かあれは、獄寺とハルの――――

 

 

(ハル・・・ってそうだった、こんなので時間喰ってる場合じゃない!)

 

 

一刻も早くボンゴレへ戻ると決心したばかりなのに、私は何をぼさっとしていたのか。急がなければ。

背中の痛みは消えたが幾分だるさの残る身体を叱咤し、未だ続く喧しい言い合いも無視して声を上げる。

 

 

 

「それではまた後ほどお会いしましょう、Dr.シャマル。治療、本当に有難うございました」

「だあっ!うるせ・・・・、お?・・ああ、もう行くのか」

「ええ、急ぎますので。・・・・恭弥は帰るの帰らないの、どっち」

「・・・・・・・・。帰るよ」

「車?」

 

 

 

間髪を入れずに尋ねると恭弥は無言で頷く。よく分からない言い合いを目の前でされるのは少々気分が悪かった。

 

まあ、これでアシは確保した。帰りが歩きとかだったらどうしようかと思ったが、どうもその心配はなさそうだ。

 

 

 

「じゃ、運転宜しく。怪我人放置したりしないわよね?大事な証人なんだし」

「・・・・・・素直に頼めば?」

「素直にお願いを聞いてくれる人間にならそうするわよ」

 

 

 

恭弥に軽口を叩きつつ私は歩き出す。

シャマルの手前、床に散らばる物を踏み付けていく訳にもいかないので、慎重に。

 

 

 

 

多分、今日一番でかいヤマがこの先に私を待ち受けているのだろう。ボスをどう誤魔化すかというその作業が。

 

 

(敵を騙すにはまず味方から、って言うけど)

 

 

虚しくも死なせてしまった彼らの為に、何よりも自分自身の為に、この事件を解決しようと決めた時。

私には、ボス及びその幹部達と協力して―――という考えは、更々なかった。

 

勿論情報部を疑っているから表立っては協力出来ない、のもある。私達の身の安全を図る事が最重要、でもある。

 

だがそれ以前に、“私達だけ”でこの事件を解決したい、という強い想いが心の中で燻っていた。

 

 

 

 

今、あの惨劇を前にして。大切なものを失って。

ハルは―――今、重要な転換期に来ている。彼女がこれから這い上がっていけるかどうか、それが今にかかっている。

 

そう、そして、だからこそ。

 

今、ハルが立たされているその場所に――――ボス達の存在は邪魔なだけだ。彼らに居てもらっては、困るのだ。

 

 

(彼らは彼らで動けば良い。・・・・私達は、独自に動く)

 

 

ボンゴレ情報部があくまでも盗まれた情報を『分からない』と隠蔽し続けたなら、まだこちらに利はある。

 

 

 

(絶対―――勝ってみせるから)

 

 

 

だから、安心して眠っていて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャマルののんびりした声に見送られて私達は外に出た。と、その風景に見覚えがあって私は驚く。

ここは・・・つい最近引っ越してきたばかりの街だったからだ。この場所からならハルの家が一番近いだろう。

 

(報告終わってシャマルの所に寄った後は、ハルの所で休憩させてもらおうかな・・・)

 

恭弥に促されるまま車の後部座席に軽く腰を下ろす。治療したとはいえ、深く腰掛けて背中が擦れるのもいただけない。

 

 

 

「なら横になってれば。うつ伏せで」

「はぁ?あのね、それじゃ窒息するっての」

「大丈夫。行きはそれでも君生きてたよ」

「え。・・・・・・・っておい!」

 

 

 

火傷を庇ったのは分かるけど、意識ない人間にそんな事しないで下さい雲雀恭弥さん!?

 

 

 

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